第1話 〜問題発生〜
あらすじ
人気バンドグループのフロントマンであるOmr。
着実で丁寧な人柄が人気だった。
しかしある日、タイアップソングが契約違反に引っかかってしまう。
クライアントに多大な迷惑をかけてしまったOmrは自ら謝罪の場を設けるのだが…
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なんで、こんな事に
そう思うのは、今日で何度目だろう。
大森の頬を涙が伝う。
息が苦しい。
どう抑えても、身体の震えが止まらない。
「ここも硬いね」
目の前の大男が、大森の顔を覗き込む。
イカつい顔には到底似合わない、にっこり顔を貼り付ける。
「ちゃんと解さないとね?」
大森は首を大きく振った。
「もう…、」
声が震える。
「やめて…くださ、い」
「なんでさ」
うっすら無精髭を生やした大男の口元が動く。
「マッサージ店でマッサージしないで帰るの?」
「こんなの…」
「マッサージじゃない」
大森は、まるで子犬のように震えながら反論した。
「で? 」
「だから何?」
大男が低い声で返答する。
「帰りたいなら帰りな」
「クライアントさんに 先帰りますーって言いなさいよ」
大森は堪らずに、下唇を噛む。
そんな事が出来たら今ここに居ない。
くそ、何でこんな事に
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〜 一週間前 〜
大森はスマホの着信音で起こされた。
「ん゛…うぅ…」
とてつもなく煩く感じる。
「…な、に」
大森は薄目を開けると、スマホを取る。
文字盤を確認すると、マネージャーの名前が写っている。
あまりにも眠気が強い。
つい、苛立って舌打ちをする。
大森はボタンをスワイプすると、通話を開始した。
「はい、」
『元貴、落ち着いて聞いて』
なんだ、緊急事態か?
大森のモヤかがっていた頭が、少し晴れる。
「…なに?」
『○○会社とのタイアップソング、作り直しになった』
「え゛!!」
大森は飛び起きる。
「なんで!?」
『…』
相手が言い淀んだ雰囲気がした。
大森の心臓の速度は、どくどく加速する。
何が原因だ?
『他の曲に…』
『類似してる箇所があった』
「どれくらい?」
大森は間髪入れずに聞く。
「長さは四小節くらい」
大森は胸を撫で下ろす。
そんなもんなら今すぐ、作り直せる。
「そういう…」
『まって、聞いて』
「…」
大森は口を閉じる。
『…』
『実は楽曲作り直せばいいって問題じゃないんだ』
「…え、なんで?」
『CM撮っただろ?』
「うん、撮った」
『曲作り直すならそれ、取り直しになんだ』
「…」
大森は一瞬、頭が停止した。
そして、再び動き出すと猛スピードで回転する。
「い、いや」
「曲のタイミングなら、もう上がってる映像に合わせられるし」
「口元とか撮って無いし」
『元貴が出演しただろ』
『それがまずいんだよ』
「…」
大森は再び口を閉じる。
何がまずいのか、全くピンと来ない。
「…説明して」
大森は心が凍りそうになりながらも、話しを投げる。
『いい?落ち着いて聞いてな?』
「いいから早く」
大森は、焦りが高ぶって相手を急かした。
『今のタイアップソング、 CMに使えない』
『それは分かるな?』
「分かる」
大森は再び即答する。
『そうなるとどうなるか、別の曲を書くだろ?』
「…別の曲」
大森が復唱する。
『分かってる…』
『元貴からすれば直すだけ、同じ曲だ』
『でも契約上は、そうはいかない』
大森は徐々に、背筋が凍ってくる。
何を、言おうとしているんだ。
『このまま、曲だけ直してCMに使う』
『そしたら、何が起こるって』
『元貴が他人の曲を使ってる事になるんだよ』
『契約上な』
「…」
大森は言われた事を一生懸命、咀嚼した。
しかし、意味がわからない。
「なに、え…?」
「契約上…?」
『これから元貴は曲を直すだろ』
『そしたら、もう使えない』
『同じCMでは、使ったら行けないんだよ』
「もしかして…契約破棄?」
『そういう事になる』
「なんで!?」
大森は文字通り、頭を抱えた。
「どういう仕組み!?」
マネージャーはもう一度、細かく説明した。
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アーティスト本人がCMに出演する場合
「タイアップソング(A)+アーティスト本人(B)」 という一括りの契約である
「タイアップソング(A)」を作り直す
すると「タイアップソング(A”) 」 となり別物になる。
その場合、CM撮影時の映像は一切使用できない
必然的に取り直しが必要になる。
さらに、再撮影の際には
「タイアップソング(A”)+アーティスト本人(B)」
という契約が再度、必要になる。
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「なんで…そうなるの?」
「俺の曲なのに」
『クライアントが元貴の曲を私物化出来ないように』
『そうなってるんだよ』
「俺の首が締まってんじゃん!!」
「意味わからんって!!」
大森は耐えられず、叫んだ。
『…』
「…」
しばらく沈黙が流れる。
思った以上にまずい状況だ。
「CM取り直し?」
『…確実にな』
「やばいじゃんか!」
「それ!!」
大森は再び頭を、抱える。
脳裏に他の出演者が浮かぶ。
よりによって、契約費が高そうな俳優ばかりだ。
そうだ、セットや照明も相当力を入れていたはずだ。
取り直し、いくらかかるんだ?
「ごめんなさい」
「本当に」
大森は泣きそうになりながら、謝罪する。
『…』
流石にマネージャーも、掛ける言葉がない。
大森はあまりの申し訳なさで、吐き気を催した。
だが、大森はそんな弱気な自分を叩きのめす。
それより今は、やるべき事があるだろ。
「…」
「相手方には?伝えた?」
『まだ…』
「絶対、早い方がいい」
大森はスマホで時間を確認する。
朝の4時だ。
「飯田さんには伝えた?」
飯田とは MGA project の総括者だ。
今後の方向性を、まとめないと行けない。
『まだ…』
『とりあえず元貴にって』
大森は頭の中にある付箋を、一気に放出する。
「飯田さんには俺が伝える」
「相手方には6時にくらいに連絡しよう」
「まずは、飯田さんと今後の方向性まとめる」
「謝罪はそれから」
「だから、まだ待っておいて」
『分かった』
『…元貴』
マネージャーが心配そうな声で名前を呼ぶ。
「ん?」
『あんま自分責めんなよ』
大森は胸がぎゅっとなった。
泣きそうになるのを堪える。
「…」
「…俺以外に誰が悪いの?これ、」
『…だって』
マネージャーが涙声になる。
『あの時期』
『元貴、寝る暇だって…なかったし』
『曲の制作期間も』
「そんなの言い訳だから」
大森は、すぱっと切る。
「とにかく電話よろしくね」
「俺は俺で、やることやるから」
大森は返事を待たず電話を切った。
「…」
しんっとした静寂が広がると、とてつもない速さで闇が襲ってくる。
あぁ、やってしまった。
どうすればいいんだ。
許して貰えるだろうか。
「…ぅ」
大森の喉から嗚咽が漏れる。
自分を抱きしめるように、膝を抱える。
「ぅうう゛…」
疲れた。
もう何もしたくない。
謝罪だって、本当は怖い。
許されるのなら逃げ出したい。
クライアントが許してくれなかったらどうしよう。
大森が何よりも恐れているのは、 適当にタイアップソングを作ったのだろうと
そう思われて、罵倒される事だ。
命を削った事を信じて貰えなかったら。
そしたら、もう立ち直れないかもしれない。
コメント
7件
やばい、一話目から面白いんだけど?(( どうなっちゃうの、、、?
わ、どうなるんだ… 一話目からもうドキドキしてます!笑

ぴりさんの新作!今回も楽しんで読ませていただききますっ