第2話 〜責任〜
あらすじ
大森が制作した楽曲が原因でCMの取り直しが決定した。
大森は責任を持って、クライアント先に謝罪に向かう。
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大森はしばらく、虚ろな瞳で空を見つめていた。
もう、そろそろタイムリミットだ。
さっさと覚悟を決めなければ
しかし、身体が動かない。
大森は 葛藤しながら、指先をぼんやり眺める。
ふっと今、この手で自分の首を絞めたらどうなるんだろうと思った。
少しは、気が晴れるだろうか。
破壊的な衝動が内から湧き出てくる。
やめておけ、止まれなかったらどうする。
でも それが出来たら、どれほど
大森は、首を振った。
だめだ。
大森はありもしない向こう側より、若井や藤澤の顔を想像する。
そうだ、僕が死んだら哀しむ人が沢山いる。
大森は俯きながら、スマホを手を取る。
電話帳を開くと飯田の名前を探す。
見つけると、電話をかけた。
『… … … 』
呼出音が何度かなると、飯田が通話に出る。
『…おつかれ』
『どうした?』
飯田の声も眠そうだ。
大森と同じように寝ていたのかもしれない。
「ごめん、急遽話したい事がある」
大森はそれを皮切りにして、今回の概要を全部話した。
そして、最後に付け加える。
「CM取り直しの費用、こっちで持ちたい…です」
しばらく飯田は何も言わない。
沈黙が流れる。
『…』
大森はひやひやとしながら、返事を待つ。
飯田の舌打ちが聞こえてきた。
大森の背筋が一気に伸びる。
『はぁ゛ー』
飯田が苦悩を体現するように、ため息を吐く。
『費用こっちで持ちたいね?』
『はは、』
『それ以外無いよ、この場合さ』
『クライアントに盗作曲ぶつけたんだから』
盗作曲
大森は目の前が真っ暗になった。
やっぱりそう思われるのか。
「…ごめんなさい」
『どうする?真面目に二、三億かかるよ』
『お前出せんの?』
「1億八千万までなら出せます」
『お前の前財金?』
「はい」
『お前にお金出させたら、うちが叩かれるだろうが』
「こっそり返します」
『こっそりって』
飯田が電話口で大爆笑する。
『個人口座で1億動いてみろ、どうなるよ?』
「…」
大森は俯く。
ただのアーティストじゃ、責任すら取れないのかもしれない。
『まぁいいや』
『とりあえずCM放送前に発覚したのは運が良かった』
『当たり前に全国放送だもんな?』
『うち潰れる所だったよ』
飯田が再び電話口で笑う。
『お前、曲の直しはどれくらいでできる』
突然の問いかけに大森は、飛び跳ねる。
30分…いや
「15分頂ければ」
『10分でやれ』
『訂正曲も類似箇所が無いか徹底的に調べる』
『時間はない、いいな?』
「はい」
『出来たらすぐ送れ』
「はい」
答えると電話が切れる。
「…」
「はーっ!!」
大森は、まるで息を止めていたように勢いよく吐き出した。
どうにかなった、はずだ。
後は、この下らないプライドを捨てればいい。
大森は胸が焼けるような怒りや、虚しさを心の底に閉じ込めた。
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それからは、目が回る忙しさだった。
楽曲の直しを終わらせ、権利チェックが済むと すぐにクライアントに連絡。
大森と飯田で直接、クライアント先に出向いて謝罪をした。
CM制作費の全額負担、そして直した曲を提示すると相手方も納得をしてくれた。
そして数日後、クライアントからCMの再撮影が決定したという旨の連絡がくる。
大森はひとまず、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし、一息つく間もなく問題が発生する。
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大森はその日、ライブ演出の打ち合わせがあった。
会社の会議室で、社員と話し合う。
「そうなると、ここが…邪魔に」
大森は眉間に皺を寄せながら話す。
「でも、このラインは絶対に使いたい」
「何よりインパクトがあるし、ここも使うんだ!!って」
「そう思って欲しい」
大森が資料を睨みつけるように読み込んでいると、会議室の扉がガチャと開いた。
「おつかれ」
後ろから飯田の声がする。
大森は顔を上げると、振り返る。
「おつかれ…」
大森は、どうしたのだろうと飯田の様子を見る。
「ライブの会議?」
「うん」
大森が頷く。
「お前ら一旦外せ」
飯田が、周りの社員に向かって退出を求める。
社員は顔を見合わせながら それぞれ荷物を、まとめ始める。
「再開時刻…いつにしますか?」
社員の1人が飯田に聞く。
「未定」
飯田が、すぱっと言い放つ。
「了解です…」
会議室の空気が若干、ひりつく。
社員達は、そそくさと荷物をまとめると会議室から退室した。
「…」
大森は椅子に座りながら、飯田が何を言いに来たのか。
そればかりを、考えていた。
「精が出るね」
飯田が、ぎしっと椅子に座りながら言う。
いいから早く本題を言ってくれ、と大森は思う。
「飯田さん」
「なに?」
大森から仕掛ける。
「うーん、」
「まぁ、CM撮影」
「ちょっと問題発生してね」
「…」
やっぱりかと大森は思った。
飯田の次の言葉を待つ。
「日程的にさ」
「1人、女優が出れなくなったんだよ」
大森はつい、下唇を噛む。
なるほど、確かにそれは面倒だ。
飯田が話を続ける。
「うちの責任って事で、代役立てたんだけど」
「しょぼいの渡すわけにも行かないでしょ」
「まぁまぁいいの、無償で渡したわけよ」
「金欠だ、困っちゃった」
そう言うと飯田は椅子を、すっーと近づける。
そして、大森の肩を抱えるように掴んだ。
大森は飯田の目を見れずに、俯く。
「うちは慈善事業じゃないわけ」
「足りないお金はどうすると思う?」
これはどういう流れだ
何を俺に言わせたい?
大森は嫌な予感がした。
「…さぁ」
「困りましたね」
大森はまるで他人事のように言うが、飯田も調子を崩さない。
飯田は、立ち上がると淡々と話す。
「簡単だよ」
「権力のない駒にタダ働きしてもらえばいいだけ」
大森は目を見開いて、飯田を見る。
「何にもできない癖に夢を持ってる奴が、そこら中にいるからな」
「あいつらは身体でもなんでも差し出す」
「言葉通りな?」
飯田は大森の肩を、ぽんと叩く。
「だからお前は、なーんも気にしなくていいんだ」
大森は頭の中が、ぐらっと傾く。
吐いた息が震える。
「それだけだ」
「邪魔してごめんな」
飯田はもう一度、肩を叩くとあっさりと言う。
「ライブの打ち合わせ、頑張れよ」
大森は、その言葉で虚しさが堰を切ったように溢れ出した。
飯田は、くるっと振り返ると扉に向かって歩き出す。
大森は呼び止めようと、飯田の後ろ姿を見つめる。
だが もう一人の自分が、それを止めた。
やめておけ
この世界は、弱肉強食で成り立ってる
そんなの今更じゃないか
そいつらだって分かって、ここにいるはずだろ
飯田がドアノブに手をかける。
「まって!!」
大森は勢いよく立ち上がる。
「俺がやります!!」
大森が叫ぶと、 飯田は振り返る。
そして、口角を上げた。
「…お前じゃ無理だな」
「何やるか、分かってんの?」
飯田は大森の方に歩きながら、問いかける。
大森が小さく顔を横に振る。
「接待」
「聞いた事あんだろ」
飯田は椅子に座ると、足を組む。
見透かすような冷めた瞳が、大森を見る。
「ただの接待じゃない」
「”はい”しか許されない接待だ」
「分かるか?」
大森の肩が強ばる。
想像以上に嫌な予感しかしない。
「お前に、できるか?」
「犬に成れって言われたら成るんだよ」
「わんわん言いながら、四つん這いで回れ」
大森は息を飲んで、 椅子ごと後ろに下がった。
なんだ、そのめちゃくちゃな世界は
「根っこが腐ったジジイに棒、出されても咥えろ」
「ありがたいって感謝しながらな?」
大森はぞわっと身の毛がよだつ。
つい、耐えられず首を振った。
「な、やだ」
「だろうな、お前が1番軽蔑してる奴らだ」
飯田は、すっと椅子から立ち上がる。
「お前には無理だ」
「出来ない」
「そうだろ、勝ち組くん?」
飯田の手のひらが、ぽんぽんと頭を撫でる。
「お前には未来がある」
「あいつらにはない、それだけだ」
飯田は、言い放つとすたすたと会議室から出ていった。
大森は、心が泥のように沈む。
自分が、やってしまったミス。
その罰は誰が受けるのか。
気がついてしまえば、簡単な話。
小さい頃、十分体験して来たじゃないか。
本当に悪い人が受けるんじゃない。
そういうのは、弱いものに向かうんだ。
コメント
7件
やばい、好きすぎて😭 ぴりちゃと出逢えて良かったっ😣
好きです。ストーリーも人物像も全部好きです!! 今回も楽しませていただきます…!
うわぁぁやばい好きすぎて一気見しました!もうめちゃ最高です…!!💘💘💘 いやまじこんなのよく思いつきますね? がち尊敬です…🥹🥹💕 ストーリーが面白すぎて大好き! 続き楽しみにしてまーす!