テラーノベル
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その日の夜。
緋八マナはベッドの上で天井を見つめていた。
「……眠れない」
時計を見る。
夜の十一時。
普段ならとっくに寝ている時間だった。
けれど今日はなぜか目が冴えていた。
昼間のことを思い出してしまうからだ。
紅茶を一緒に淹れたこと。
ライが笑ったこと。
そして――。
『……マナの前だと、わりと笑ってる気がするけど』
あの言葉。
思い出すだけで少し落ち着かなくなる。
「なんなんだろ……」
自分でもよく分からない。
だから余計に眠れなかった。
しばらくごろごろしたあと、マナは諦めてベッドから降りる。
どうせ眠れないなら本でも読もう。
そう思い、部屋を抜け出した。
夜の屋敷は静かだった。
昼間とは別世界みたいだ。
使用人たちもほとんど休んでいる。
廊下を歩きながら、マナは図書室へ向かう。
屋敷自慢の大図書室。
高い本棚が並び、何千冊もの本が保管されている場所だ。
「何読もうかなぁ」
扉を開く。
すると。
「……マナ様?」
聞き慣れた声がした。
「うわっ!?」
思わず声が出る。
ソファに座っていたライが驚いた顔をしていた。
「ライ!?なんでいるの!?」
「それはこちらの台詞です」
「いや、僕は眠れなくて……」
言いながら気付く。
ライの膝にも本が置かれていた。
「ライも?」
「眠れなかったので」
「執事なのに?」
「執事も眠れない日はあります」
「へえ」
なんだか少し面白い。
二人とも同じ理由でここへ来たらしい。
マナはライの隣へ腰掛けた。
するとライが眉をひそめる。
「近くないですか」
「広いんだから別にいいじゃん」
「もっと向こうが空いておりますが」
「嫌」
即答だった。
ライはため息をつく。
けれど本気で嫌そうではない。
「何読んでるの?」
マナが覗き込む。
「歴史書です」
「真面目」
「マナ様は?」
「恋愛小説」
「意外ですね」
「失礼」
「意外です」
「二回言った」
ライは少し笑う。
最近よく笑うようになった気がする。
いや。
正確には、自分の前でだけかもしれない。
そんなことを考えていると。
「読むのではなかったのですか」
「読む」
と言ったものの。
数ページ読んでも頭に入らない。
隣にライがいるせいだ。
普段なら気にならないのに。
今日は妙に意識してしまう。
「……」
「……」
静かだ。
本をめくる音だけが響く。
けれど不思議と嫌な沈黙ではない。
むしろ落ち着く。
そうして三十分ほど経った頃。
マナの瞼が重くなり始めた。
「ん……」
眠い。
急に眠くなってきた。
きっと安心したからだろう。
隣にライがいるから。
そのまま本を抱えたままうとうとし始める。
そして。
こつん。
頭がライの肩に当たった。
「……っ」
ライの動きが止まる。
マナも一瞬目を開ける。
「……あ」
気付いた。
けれど離れるのが面倒だった。
眠気の方が強い。
「ごめん」
「いえ……」
「ちょっとだけ」
「はい」
「このまま」
ライは何も言わなかった。
普段なら注意するかもしれない。
主人らしくしてくださいとか。
距離が近いですとか。
でも今日は違った。
静かな図書室。
月明かり。
眠そうなマナ。
そんな姿を見ていると何も言えなくなる。
しばらくして。
規則正しい寝息が聞こえた。
「……寝たのか」
ライは苦笑する。
本当に無防備だ。
自分だからいいものの。
もし他の人間だったらどうするつもりなのか。
そう思いながらも、肩に寄りかかる重みは不思議と嫌ではなかった。
むしろ。
心地いい。
「……俺も大概だな」
誰にも聞こえない声で呟く。
そしてそっとマナの髪を整えた。
柔らかい。
幼い頃と変わらない。
少しだけ名残惜しかったが、このままでは風邪をひく。
ライは静かに立ち上がった。
そして。
眠るマナを抱き上げる。
「ん……」
「起きるなよ」
自然とタメ語になる。
幸いマナは起きない。
ライは小さく笑った。
軽い。
昔はもっと小さかった。
転びそうになれば抱き上げて。
泣けば慰めて。
気付けばこんなに大きくなった。
それなのに。
自分の中では今でも大切な存在のままだ。
「……困った坊ちゃん」
優しく呟く。
部屋へ向かう廊下は静かだった。
月明かりが二人を照らしている。
マナは無意識なのか、ライの服をぎゅっと掴んだ。
「……ライ」
寝言だった。
ライの心臓が少し跳ねる。
「……何」
返事が返ってくるはずもない。
それでも答えてしまう。
するとマナは安心したように小さく笑った。
その顔を見て。
ライは思わず目を細めた。
そして誰も見ていないことを確認すると。
そっと額にかかった髪を払う。
「おやすみ、マナ」
二人きりだから許される声。
執事ではなく。
昔から隣にいた一人の人間としての声だった。
翌朝。
マナは自分がどうやって部屋に戻ったのか覚えていなかった。
けれど。
枕元に置かれていた本と、きれいに掛け直された毛布を見て。
誰が運んだのかだけはすぐに分かった。
そしてなぜだか。
少しだけ嬉しくなったのだった。
コメント
1件
うわ、第3話も良かった……!夜の図書室で二人とも眠れなくて偶然会うとか、運命感じちゃうわ。無防備に寄りかかって寝ちゃうマナと、優しく髪を整えるライの距離感が絶妙で、胸がギュッとした。寝言で「ライ」って呼ぶとことか、朝の「少しだけ嬉しい」って気持ちにこっちまでほっこりしたよ。良いエピソードだった!