「エミリアさん。そろそろかと思うんですよ」
「そろそろですか……!」
夕食後、そんな風に話をエミリアさんに切り出してみる。
とりあえず返事はしたものの、エミリアさんは何の話かよく分かっていないようだ。
まぁ、察しろというのも無理な流れだったんだけど。
「えーっと、神器作成の素材を調べるアレです」
周囲を見回して、メイドさんがいないことを確認してから、改めて伝える。
「ああ、そうですね。やりたいことがあるなら、しっかりやらないと。
……わたしとしては、やっぱり心配ですが」
先日作った『皮膚再構成の軟膏』のときは、反動で丸一日も寝込んでしまい、エミリアさんには心配を掛けてしまった。
恐らく、それも念頭に心配してくれているのだろう。
でも、今はようやく依頼がひと段落ついたところだし、大きな問題を抱えているわけでも無い。
全てが解決済みというわけでは無いけど、それでも今が、ちょうど良い頃合いに感じられる。
それにレオノーラさんから聞いたオティーリエさんの話も気になるし、彼女が王都にいない間に、さっさと済ませておいた方が良い気もするのだ。
「ご心配ありがとうございます。
でもここまで来たんで、やらせてください!」
「もちろん、否定するつもりは無いです。
んー……。でも、分かりました。寝ている間のことは、わたしにお任せください!」
「本当に、何だかいつもすいません」
「あはは、もう慣れっこですよ♪」
思い返せばガルーナ村の疫病騒ぎのときも、先日の反動のときも、エミリアさんには寝込むたびに看病をしてもらっている。
「いつもお世話になっているので、たまにはお礼をさせてください!」
「いえいえ。わたしはこのお屋敷にお世話になっている身ですから。
お気遣いは要りませんよ」
「ある意味、私が強引に引き留めているところもありますけどね……」
「いやいや。
毎月お金も頂いてますし、あとは『エコー』付きのイヤリングなんかももらっていますし?」
「それはそれとして、ですね!」
「うーん……。
それでは、神器作成が終わったときにでも考えてみましょう」
「おっと、そのタイミングですか。何だか怖いですね」
「ふふふ、覚悟しておいてください♪」
神器を作った直後は、きっと私もハイテンションになっているだろう。
そんなときに何かをお願いをされたら……何でも受けてしまいそうだ。いや、怖い怖い。
「わ、分かりました。
具体的にはまたしばらく寝込むと思うんですが、最近知り合いも増えてきたので、上手いことお願いします」
「どれくらい寝込むことになりそうですか?」
「それは分からないんですよ。
……さすがに1年とかは無いと思いますけど」
「そんなに寝込まれたら、わたし寂しくて死んじゃいますよ!」
……ウサギかな?
「うーん、そうですね。
数日から1週間、もしくは2週間から3週間、あるいは1か月から12か月の可能性も……」
「それってつまり、『1年以内』と同じことですよね!?」
「う、|聡《さと》い」
「でも、1年以上になっても待ちますよ。大丈夫です、安心してください。
ただそうすると、流石にわたしも大聖堂に戻らないといけないので――」
「ああ、そうですよね……」
「そしたらアイナさんをルーンセラフィス教の治療院に入れて、わたしが面倒をみることにしましょう」
「ええ、何ですかそれ」
「わたしのお仕事中に、アイナさんの面倒がみれて、一石二鳥というやつです!」
「むむ、できるだけ早く起きることにします。
いや、1日くらいで目が覚めるということも普通にあり得ますし」
「それならそれに越したことは無いですよ!
……それで、具体的にはいつからやる予定ですか?」
「さすがに今日これからっていうのはアレなので、明日か明後日の夜あたり……とか?」
「なるほど。
それじゃ、わたしもいろいろ準備しておきますね」
「準備?」
「折角なので、アイナさんの部屋で何か勉強でもしていようかな、と。
新しい魔法も良いですし、まだまだ教義について勉強しなければいけないところもありますし」
……魔法の勉強、かぁ。
目が覚めたとき、エミリアさんが新しい魔法を10個も20個も覚えていたら申し訳ないなぁ。
エミリアさんの準備を無駄にするためにも、私も早く目覚めなければ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、エミリアさんは朝から出掛けていった。
何でも、大聖堂と図書館に行ってくるとのことだ。
私はと言えば、ひとまずクラリスさんに事情を話しておくことにした。
神器云々はもちろん伏せておいたけど、しばらく寝込む旨を、良い感じで伝えることができた。
「……かしこまりました。
私は存じませんが、そういうスキルもあるのですね」
「うん。死にはしないし、心配しないで大丈夫だから。
エミリアさんにも負担を掛けちゃうから、できるだけフォローをお願いしても良いかな」
「もちろんです。
……あの、こういうときに申し訳ないのですが」
「え? うん、何でも言って」
「アイナ様が長期間お目覚めになりませんと、お屋敷の運営資金が枯渇してしまうので……。
あらかじめ、ご検討をお願い出来ますか?」
……あ、そうだよね。
1年分くらいのお金なら私のアイテムボックスに入っているけど、さすがに先に渡すにしては大金すぎるから……。
私の部屋にお金を隠しておいて、エミリアさんにそれを渡してもらう……っていうのも、なかなか不用心か。
「お金の手持ちはあるんだけど、どうするかはちょっと考えておくね」
「申し訳ありません、よろしくお願いします。
それ以外のことは、私共がしっかり対応しますのでご安心ください」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――お、アイナさん! 今日は依頼の受注かな?」
お金を渡す方法を探して錬金術師ギルドに行ってみると、今日は最初からダグラスさんに会うことができた。
テレーゼさんは、他のところで別作業をしているらしい。
「今日はちょっと、相談事がありまして」
「それは珍しいな。それじゃ、俺が聞こうか」
「あ、よろしいですか?」
「もちろんさ。俺はアイナさんの担当だからな!」
私の担当……! それは何とも心強い響きだ。
私は応接室に通してもらって、そこでフェイクを入れながらダグラスさんに説明をした。
スキルの説明をするとややこしくなりそうだから、事情があって王都を離れる、ということにして……。
離れる期間は現状は不明、ということにして……。
その上で、お屋敷の運営資金は確保しているものの、全額はさすがに置いていけない……という風にまとめて聞いてみた。
「……何か、良い方法はありますか?」
「うーん、アイナさんはしばらくいなくなるのか……。
依頼がまた滞る……のは置いておいて、寂しくなっちまうなぁ」
「いえいえ、そんな」
「テレーゼも、毎日そわそわしてるからな。
さて、相談の件だが……方法としては、とりあえず3つ思い当たるぞ」
「おお、そんなに!」
「まぁ、どれもそんなに変わらないけどな。
銀行に預けるか、冒険者ギルドに貸し付けるか、錬金術師ギルドに貸し付けるか……だ」
……あれ、銀行ってこの世界にもあるんだ?
それなら銀行が一番イメージしやすいけど、残りの2つはどんな感じなんだろう?
「冒険者ギルドや錬金術師ギルドに貸し付けるって、何ですか?」
「いや、そのままだぞ?
ギルドは商業活動もしているわけだから、手持ちのお金が多ければ多いほど良いんだ。
基本的にはいつでも受け付けているし、貸し出し期間も設定できる。
だからこう……毎月返済日が来るように設定しておけば、毎月お金を受け取れるってわけだ。それに、少しだけ利息が付くしな」
「おぉ……。それは良いですね!」
「ちなみに利息は残念ながら、錬金術師ギルドよりも冒険者ギルドの方が少し高いぞ。
うちよりも大きな金額が動いていて、安定感もあるしな」
「いやいや、さすがに私は錬金術師ギルドにしますよ」
『もしそうするのであれば』――
……そう言い始める前に、ダグラスさんは身を乗り出してきた。
「ほ、本当か!? さすがアイナさんだ!
よし、そうしよう! 書類を用意するから待っていてくれ!」
「えぇっ!? 何でそんなに喜ぶんですか?
もしかして、貸し付けにもノルマとかが――」
私の問いに、ダグラスさんは満面の笑みで頷いた。
……ああ、やっぱりあるんだ。
仕事って大変だよね……。うん、分かる分かる……。
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