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錬金術師ギルドへの貸し付けの手続きが終わると、12枚の証書を受け取った。
期日を迎えた順にこれを渡せば、貸し付けたお金と利息を一緒にもらえるそうだ。
これは、あとでエミリアさんに渡しておこうかな。
クラリスさんに渡すのでも良いんだけど、彼女はあくまでも使用人だから、そこまで責任を負わせたくない……というか。
エミリアさんには責任を持ってもらうというよりも、信頼してるからこそのお願い――って感じになるのかな。
「……さて。
錬金術師ギルドでの用事も終わったし、これからどうしよう」
しばらく来られないのであれば、テレーゼさんにも挨拶をしておかないと、後で何を言われるか分からない。
それなら、しっかり挨拶をしていくことにしよう。
ダグラスさんに案内してもらうと、テレーゼさんは倉庫のような場所にいた。
「――おおぉ、アイナさん!
こんなところに、どうしたんですか!?」
「しばらく錬金術師ギルドに来られないかもしれないので、挨拶をしておこうかな、と思いまして」
「えぇ!? ど、どこかに行っちゃうんですか!?」
「はい。そんな感じなんですけど、どれくらい掛かるか分からなくて……。
数日かもしれませんし、数か月になるかもしれませんし」
「む、むむむ……!
それでは餞別に、ここにあるものを何か持っていってください!!」
「え?」
テレーゼさんは両手で、彼女の足元の荷物を私に示した。
「おい、テレーゼ……。それ、錬金術師ギルドの資産だぞ……」
後ろに控えていたダグラスさんの、冷静なツッコミが入る。
「……ですよね?
それにテレーゼさん、何かをもらっても、数日で戻ってくることができたら気まずいので……」
「それはそれで、私は嬉しいから大丈夫ですよ!」
「いや、だからな?
倉庫のものは全部、錬金術師ギルドの資産なんだが……?」
再度、ダグラスさんのツッコミが入る。
テレーゼさんはそれを聞いて、むむむ……といった感じの表情を浮かべた。
「ところでテレーゼさんは、ここで何をしているんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!
ご覧の通り、『錬金術師ギルドが誇る誰も滅多に開けない倉庫』の整理をしているんです!!」
「はぁ……。
でもテレーゼさんって、受付カウンターの担当ですよね? 何で倉庫整理なんかを?」
私の言葉にヒクッと反応したテレーゼさんは、ダグラスさんの方に視線をちらっと向けた。
……ああ、また何かやらかしたのね。
「良かったな、テレーゼ。
賢明なアイナさんは、今の視線だけで察してくれたようだぞ」
「あ、ありがてぇ……」
口調まで変わるテレーゼさん。
一体、何をしでかしたのだろう……。
それにしても、足元に広がるたくさんの箱は古ぼけているし、とてもホコリっぽい。
かなり昔のものであることは、容易に見当が付く。
「うーん……。
ちょっと興味があるので、ここら辺のものを見ても良いですか?」
「どうぞー!」
「何か欲しいものがあったら、持っていっても構わないぞ。
相場程度の代金は頂くけどな」
「あはは、もちろんですよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全部ください」
「はぁ!?」
「えっ!?」
一通り確認したあと、そこにあるものが全部欲しくなった。
何せ、初めて見るような素材がたくさんあるし、中には時間が経ったが故の素材もあるし。
「う、うーん……、そうきたか……。
全部となると、俺も少し怖くなるな……」
「え、怖い?」
「ほら、中には相場が無いようなものもあるだろう?
1つや2つなら間違って売っても……まぁ問題にはならないだろうが、そんなものが大量にあった日にゃ……」
「主任! そんな保守的な考えではダメです!
この際、全部アイナさんに持っていってもらいましょう!」
「お前は、倉庫整理を早く終わらせたいだけだろう……」
「そこに気付くとは……!」
……ごめんなさい、私もそう思いました。
うーん、全部はやっぱりダメかぁ……。
「それじゃ一通り覚えていくので、必要になったときに相談させてください。
それで、今回はこれを1つだけ売ってもらえると……!」
「うん? それは……球根?」
ダグラスさんは、『それ』を不思議そうに眺めた。
球根のような、玉ねぎのような、茶色の干からびた……植物の丸っこい部位。
「えぇっと、鑑定しますねー」
──────────────────
【生命の実】
生命の力が封じられた実
──────────────────
「……これはまた、何だか凄い感じの名前だな。
見た目はみすぼらしいのに……」
「往々にして、こういうものが希少だったりするんですよ」
……多分!
でもこれ、絶対にそういう関係で使う素材だよね。
これから作る神器には『HP・疲労回復』の効果を付ける予定だし、こんな感じのものが必要になりそうだし!
私がいない間に売られてしまったら目も当てられないから、これだけは確保したくなったのだ。
「ふぅむ……。
今までの取引履歴を確認してくるから、ちょっと待っていてくれないか?」
「はい、分かりました!」
「それじゃアイナさん、食堂にでも行ってお話をしましょう!」
「おぉい、テレーゼ! お前は倉庫整理!!」
……ですよね!
とは言っても、私も待っている間はやることが無いわけで。
「それじゃ、私も手伝いますよ。手持無沙汰ですし」
「わぁ、アイナさんマジ女神様!」
「すまないな。それじゃ、急いで調べてくるから!」
「主任! ゆっくりで大丈夫ですよー!」
「……速攻で調べてくるからな!」
そう言うと、ダグラスさんは走ってこの場を去っていった。
何だかんだで、ダグラスさんとテレーゼさんのやり取りを見ているのは楽しいなぁ。
……本人たちの中では、いろいろあるんだろうけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダグラスさんは本当に急いだようで、15分ほどで戻ってきた。
倉庫整理はあまり進んでおらず、ダグラスさんの姿を見たテレーゼさんは、何やら渋い顔をしていた。
……まぁ、気持ちは分からないでもないけど。
「『生命の実』は30年くらい前に、金貨100枚での取引があったくらいだったよ」
「金貨100枚、ですか」
ずいぶん昔の話だし、金額もなかなかのものだ。
王都の錬金術師ギルドでも滅多に取引されないものなのだから、これは実際に希少な代物なのだろう。
「はぁ……、こんな茶色いものが金貨100枚ですかぁ……。
私のお給料の(ごにょごにょ)か月分ですねぇ……」
『生命の実』の値段を聞いて、テレーゼさんがごにょごにょと言っている。
残念ながらちょうどよく、何か月分かを聞き取ることは出来なかった。
「それじゃ、それで買い取りますね」
「おお、やっぱり買うのか……。
そうだな、今回は金貨90枚で良いぞ」
「え、本当ですか? ありがとうございます!」
「いつも世話になっているしな。偶然出てきたものだし、それくらいの融通は利くだろう。
それに、貸し付けの方でもノルマを達成できたしな!」
……あ、そっちが本音ですか。
っていうか、錬金術師ギルドじゃなくて冒険者ギルドに貸し付けをすれば、利息で金貨10枚以上の差が出たんだよね。
そう考えると、そんなにお得でも無い? いや、でもこれは厚意だからなぁ。
……うん、ありがたいありがたい。
ありがたい、はず……。いや、ありがたい!