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「神無月、お前の妹さんのことで話がある。 あとで職員室に来い。 俺だって面倒臭いんだが、教頭からの目があるんだ仕方ないだろう、さっさと来るんだぞ」
転入した2ーDの担任、霧山一途先生に呼び出されたオレは、職員室の真ん中で出席簿を見せつけられていた。
ひとつ下の学年、1ーCの生徒リスト。
先生が指さすのは、あいうえお順の上から四列目に位置する「神無月 理紗」の名前だった。
「この通り、お前の妹さんは転入してから一日しか登校してきてない。 1ーCの担任から教頭に相談が入ってな、お前に話を聞けってお鉢が回ってきやがった。 で、どうして妹は学校に来ない。 前の学校でもそうだったのか?」
「まあ、はい……。 あの子は引きこもり体質でして。 あんまり新しいクラスに馴染めないのかも……」
「でも一日は来たんだろう?」
「オレがちょっと強引めに引っ張って来たんですよ。 でもそれが逆効果だったのか、意地張って更に出てこなくなっちゃって……」
前の学校にやっと慣れてきたって頃に転入となったことで、理紗の引きこもり脱却への道、その進捗はリセットされてしまった。
原因の一因はあの日の朝の、理紗の手を少し強引に引いたオレにある。だが、引きこもり脱却へ向けて妹をいつも非情に扱っているわけではない。
前の学校に慣れるまで、専門医の助言とネットに転がる知識を基に、かなりの復帰練習、段階を踏んだ。
先ずは制服を着て、家の周りの散歩から始めた。
こんなことが本当にひきこもり脱却に繋がるのかと疑ったが、今思えばその面倒さこそが大切だったのだと分かる。
家の区画周りの次は、学校付近の商店街まで。
商店街の次は、実際に校門が見える位置まで。
その次は、許可を貰って日曜の空っぽの校舎の中を歩き、教室の、自分の席まで行ってみた。
家の外に出る成功経験の蓄積と、登下校というルーティンに付いて回る「面倒さ」の想起。
精神を通常の、あるべき日常に慣らし、近付けていく施工。
結果、登下校はオレがお付きにさえなれば、一週間に二日は学校に行けるようになったのだ。
それだというのに……、夏休みと転入のダブルパンチが理紗の精神を不安定にさせてしまった。
調律し始めていたルーティンが、再び狂った。
そこへ、彼女の頑張りを無駄にする訳にはいかないと、オレがお節介を焼いたのがトドメになった。
恐らく理紗は……、再び時間をかけて登下校に慣れるか、何か心変わりが起きなければ引きこもりを脱することはない。
でも、希望が全くないわけではない。
「妹は……、理紗は、少しづつ外に慣れている最中です。 今、オレの友人たちが理紗の復学に向けてリハビリを手伝ってくれています。 あの子が笑って学校生活を送れるように。 いつまで、なんて期限は言い張れませんけど、必ずオレが理紗の手を握って学校に登校します。 ですから、まだもう少し時間を貰えませんか」
夏休みのイベントを共にしたことで……、理紗は『いつもの場所』の一員になった。
学校に行かない日だって、最近はオレのいない日にだって顔を出すようになったって聞いた。
『いつもの場所』は、位置ではない。
オレ達の集合、そのものなんだ。
場所に人が集まるのではなく、
人が集まって場所になっているのだ。
だから、その場所にいる限り、周囲の人々の影響を相互で受け続けることになる。
制服の面々。
手には学生鞄、足にはスニーカーやローファ。
雑談の内容も毎日の学生生活の物事が中心。
予定は学校時間や行事に縛られ、その場にいる限りは間接的に、理紗もその影響を受けることになる。
それが、練習になっているはずだ。
あまり専門医からは推奨されない治療方法かもしれないが……、それでも今、あの子が自主的に外へ出るようになり始めたんだ。
尊重するべきだ。強引や勝手なお節介じゃあ意味がないと分かった今、尊重してあげたいと心から思うんだ。
「……そうか。 じゃあ各所にはそう伝えておく。 ただこれ以上長引くと1ーCの担任も何か対応せざるを得なくなる。 親御さんと面談とか、家庭訪問だとか、そういう面倒事は覚悟しておけよ」
「はい、分かりました」
「……いい兄妹だな。 お前みたいなのは嫌いじゃない」
霧山先生は無精髭の顎から手を離し、白衣のままギリリッ、と椅子から立ち上がった。
「……何処かに行くんですか?」
「ああ、休憩だ。 話は終わり、もう帰っていいぞ。 面倒だったが、お前がゴマつかずスラスラ話してくれて助かった」
そう言って、一足先に教員室から出ていってしまった。
この問題はあくまで、オレの妹と1ーCの担任がどうにかするって話だ。霧山先生は兄であるオレの担任ってだけで、間接的にしか関係はない。
しかもあの面倒臭がりの霧山先生のことだ。
本当ならギリギリまで問題放置して、より大きな面倒事に昇華してしまいそうになったら対応する、そうやって後回しにしたがるはずだ。
それなのに……、わざわざ放課後に時間を取ってオレと対話した。
理紗は勿論、オレまで参ってしまっていないかどうかとか、そういうのまで確認しようとしたのだろう。
案外に……、あの人は良い先生なのかもしれない。
朝のHRは生徒任せにして仮眠を取るし、授業だって生徒の理解度を咀嚼しない難解な説明が多い。
タバコ臭いし、白衣も汚れてて……、なんかこうやって印象と特徴を並べていくと碌でもないように思えるが、生徒想いなところもあったんだな。
オレもあんな宣言をしたんだ。
妹と必ず、また前みたいに、普通に学校へ登校してみせる。
先生の気遣いに、答えるためにも。
#デスゲーム
ベン・ジョンソン
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コメント
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うわあ、このエピソード沁みました……。霧山先生、あの面倒臭そうな態度の裏でちゃんと兄である主人公の心情まで気にかけてたんですね。「嫌いじゃない」の一言が先生らしくてグッときた。「場所じゃなく人が集まって場所になる」って考え方、すごく腑に落ちます。理紗ちゃんのリハビリ工程の具体性も説得力があって、地道な積み重ねの尊さを感じました。兄妹の絆がじんわり伝わる良い話でした!