ファーディナンドさんの缶詰の件が終わったあとは、平和な日常が訪れた。
「あれから4日かぁ……。
ファーディナンドさんの方はどうなったかな……」
自分の部屋で、外を眺めながら一人呟く。
ジェラードから缶詰を届け終わったとの報告は受けていたものの、それ以降は何も進んでいない。
そもそもグランベル公爵があのお屋敷にいなければ何も進まないわけだし、何かが進んでも、連絡が自由に取れないから分かるわけもない。
「……はぁ。一旦、他のことに集中するかな……」
今後の予定としては、『浄化の結界石』を作る儀式が3日後に控えている。
その儀式は依頼者も参加できるとのことで、実は結構楽しみにしているのだ。
実際のところは本当に見るだけで終わりそうだけど、それでも自分がたくさんの人々を動員するのは壮観なものだろう。
それまでは平常心を保つべく、別の大きなイベントはあまり入れたくないのが本音だった。
「さて、それはそれとして……今日は何をしよう」
エミリアさんはいつも通り、大聖堂の自分の部屋を片付けに行っている。
これがあるから暇なタイミングが出来てしまうというか……って、エミリアさんに依存し過ぎかな、さすがに。
錬金術師ギルドは昨日一昨日で依頼をこなしてきたばかりだし、近場のお店も結構まわってしまったし――
やっぱりお店を開いて、私の生活も基盤作りをする頃合いになったのだろうか。
いや、でも王様が私のユニークスキルを狙っているって話もあったし……。
そもそも、このまま王都にいても良いのかな。
……それはこの数日、何回も考えたことだ。
しかし私はこのお屋敷を中心に、しがらみを結構な範囲で作り始めている。
ルークはいないけど、エミリアさんやジェラード、使用人のみんなや王都で知り合ったみんな……。
「……あっさりと、捨てられは出来ないからなぁ……」
それなら、王様の我がままに付き合ってしまう?
ユニークスキル持ちと知られてしまえば、無理難題を振ってこられるだろう。しかしそれまでは――
……戦争の道具を作る。
この言葉に、どうも強い拒否感を覚えてしまう。
そういえば元の世界でダイナマイトを発明したノーベルさんも、ここら辺の葛藤が色々とあったような気がする。
ダイナマイトは確かに土木の分野で活躍したけど、戦争でも活躍することになってしまったから。
その後ノーベルさんは『死の商人』などと呼ばれて、その人生を深く後悔したそうな。
最終的にはダイナマイトで築いた資産をもとに、彼の有名なノーベル賞が生み出された……と、記憶している。
そんな偉人と比べるのは申し訳ない気持ちになるけど、王様に付き合っていたら、私の進む道もそんな感じになってしまうだろう。
……さすがに、それは嫌だな。
それにしても、要は一線をどこに引くか、だ。
考え始めてしまえばポーションだって、『傷を治した兵士が誰かを殺した。だから誰かが死んだ』……というこじつけも考えられる。
それなら、ポーションも『人殺しの道具』になるのだろうか。
しかしそんなことを考えていたら、もう何もできないわけで。
だからどこかに、自分なりの線を引かなくてはいけない。
『直接相手を傷付けないもの』という線が一番分かりやすいけど、爆弾だって使いようによっては魔物討伐の道具になるし、そこから転じて命を救う道具にも成り得る。
……ここら辺は、本当に使い方次第なんだよね。
使い方を誤れば、傘なんかだって人殺しの道具になるんだから……。
ちなみに私は、既に何回かは爆弾を作っている。
この爆弾も、私が知らないところで誰かの命を奪っているかもしれない。あるいは、誰かの命を救っているかもしれない。
でも、それは私の作でなくても、きっと問題は無かっただろう。
私が作らなかったところで、その人は他の誰かから買うことになるのだから。
……品質の程度は、少し置いておくとして。
「――となれば、規格外のものを作らなければ良いのかな……?」
ため息をつきながら、頭を軽く振りながら難しい考えを振り払う。
錬金術は便利なものだけど、便利さが高じて、ここまで悩ましいものになってしまうとは……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コンコンコン
「――……むにゃ? はーい」
椅子に座って居眠りをしていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
ドアを開けると、キャスリーンさんが立っていた。
「アイナ様、お客様がお見えです」
「うん? 今日は特に約束は無いけど、どちら様?」
「王国軍の第二装備調達局、アルヴィン様です」
第二装備調達局には以前、爆弾を作って納めたことがある。
あれこれと考えている中でのこの来訪は、何となく気持ちがざわついてしまう。
「うん、分かった。ちょっと支度してからいくね」
……はて、それにしても突然にどうしたのだろう。
また、爆弾の依頼かな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
客室に入ると、アルヴィンさんが挨拶をしてきた。
「お久し振りです、アイナさん。
先日来たときは、錬金術の修行で不在だったそうで」
錬金術の修行……?
一瞬疑問に思ったものの、エミリアさんが私の寝込んだ理由――
……神器の素材を調べて寝込んだときの言い訳として、そう伝えてくれていたんだっけ。
「はい、その節は失礼しました」
「いえいえ、その後のご活躍は聞き及んでおりますよ。
今日はまた依頼を持ってきたのですが、受けて頂けますでしょうか」
「えーっと、爆弾でしたらこの前くらいのものになりますけど……。
……というか、『その後の活躍』って何ですか?」
「ははは、ご謙遜を!
調達局では第一から第三まで、アイナさんの話で持ち切りですからね」
「え? 軍の依頼は、以前の爆弾以来は受けていませんけど……?」
「ああ、そうですね。しかしグランベル公爵の長年の悩みを解決したという話が広まっているのです。
最高品質の増幅石を用意したということで」
「そんな話まで伝わっているんですか?」
「はい。軍の|伝手《つて》でも、調達先を探していましたからね。
突然それを終了するということで、アイナさんの話が出てきたのです」
「そうだったんですか……」
「他にも、ルーンセラフィスの大聖堂に『浄化の結界石』の儀式を依頼したとか。
これには国王陛下も、大変興味を持たれているそうですよ」
「え? 何で王様が?」
「『浄化の結界石』は『賢者の石』を作成する過程で必要な素材。
増幅石を作ってグランベル公爵を喜ばせたのだから、その次は『賢者の石』を作って私を喜ばせてくれるのだろう、とのことです」
……あ、そうなの?
『賢者の石』の素材には『浄化の結界石』は入っていなかったけど、そこに行きつくまでのどこかで、『浄化の結界石』が必要になるということか。
これは正直、初めて知ったことだ。
「そんなつもりはなかったんですけど……」
「分かっていますとも、まだ秘密なんですよね。
ともあれ国王陛下も期待しておられますので、是非ともよろしくお願いします。
何せ、『賢者の石』は国王陛下の悲願なのですから」
「そうなんですか。
ちなみに王様は、『賢者の石』をどうするおつもりなんですか?」
「さぁ……? そこまでは聞き及んでおりませんが、きっと王国のために使ってくださることでしょう」
うーん……?
例えばオリハルコンを作って、そこから強力な武器を作る……とか?
神器では無いにしろ、オリハルコンを使えばかなり強い武器が作れてしまうだろうし……。
「そうですか……。
ところで今日は、どういったご用件で?」
「はい、先日作って頂いた爆弾が無くなってしまったので、それの追加依頼になります」
「え? もう?」
……とは言っても、前回の納品日からは3週間ほどが経っている。
王都の中だけで使うわけでも無いだろうし、あれくらいの量ならすぐに無くなってしまうのかな。
「それと、アイナさんは爆弾が好きでは無いようでしたので、それ以外の備品の依頼も持ってきました」
「備品?」
「はい。武具の手入れをするための消耗品や、野営道具、丈夫なロープなどですね。
おっと、ロープといってもただのロープではありませんよ。切断しにくいものなど、一癖も二癖もあるものばかりを揃えました」
そう言えばザフラさん……ポーションが変な味になる錬金術師の女の子のお店でも、燃料とかロープとかを売っていたっけ。
さすがに私のところにくる依頼なのだから、それなりの品質は求められるとは思うけど……。
「なるほど。私は爆弾より、そっちの方が良いですね!」
「何ぶんにも大量にありますので、優先順位の方はこちらで付けさせて頂きました。
『浄化の結界石』の儀式を控えているところ申し訳ありませんが、1週間で対応できるところまでをお願い出来れば、と」
1週間! これはまた、あまり時間が無いなぁ……。
でも素材さえあればガンガン作れるし、出来るだけは受けることにしよう。
早く作りすぎると要らぬ疑いを掛けられそうだから、そこだけは注意して、雑に見積もりを出していこうかな。