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大聖堂の地下にある、大きな空間。
その中央には大きな祭壇が築かれていた。
祭壇の上には2人の男性が立っていて、祭壇の下には大勢の聖職者たちが、それを囲むように並んでいる。
見える景色は薄暗く、蝋燭の炎が一定の規則を持って綺麗に並んでいた。
今日は待ちに待った、『浄化の結界石』の儀式。
私はその様子を、中二階のようなスペースから眺めていた。
「いかがですか? 私も初めてなのですが、とても壮観ですね……!」
私の横から、賢そうな小さな信徒さんが話し掛けてきた。
今日はたくさんの聖職者が儀式に参加するということで、案内役として、子供の信徒のリビーちゃんがあてがわれたのだ。
ちなみにエミリアさんも、レオノーラさんも、大司祭様も、この儀式には参加するとのこと。
さすが金貨1000枚を投じた儀式、動員する|面子《めんつ》もしっかりしている。
「うん、綺麗だね。
それに何だか、凄い不思議な空気っていうか、匂いがするっていうか――」
儀式のために香が焚かれているようで、独特の匂いが鼻を刺激する。
元の世界でも仏教のお寺に行ったことがあるけど、ああいうところのお線香の匂い……みたいな感じかな。
「このお香は、集中力と魔力を高めてくれます。
これから聖職者たちが一斉に祈りを捧げますので、それに必要なものなんです」
リビーちゃんは、一生懸命に説明をしてくれる。
今日は私がスポンサーなのだから、その説明はきちんと聞いておくことにしよう。
「なるほどね……。
ところでたくさんの人がいるけど、どれくらいいるのかな?」
「はい、この儀式は1002人で行います。祭壇の上に2人、祭壇の下に1000人です」
「ああ……やっぱりそれくらい、いるよね。
こんなにたくさん人を集めるなら、やっぱりお金も掛かっちゃうか。
……ってごめん、これはリビーちゃんにする話じゃないね」
「いえ、大丈夫です!
それと勘違いをされているようですが、参加者には昼食代しか出ないんです」
「え、そうなの?」
「はい。これは聖職者たちの善意によって成り立つ儀式ですので」
「へぇ……。でもその善意だけで、こんなに集まるものなんだね」
「はい!」
……とは言っても、事前にエミリアさんから『参加した特典』については聞いていた。
何でもルーンセラフィス教には独自の善行ポイントがあるらしく、聖職者たちは日々これを貯めているそうだ。
聖職者としての位を上げるためにはその善行ポイントが前提条件になっているため、こういう儀式はお金が出なくても参加したいとのこと。
だから私の出したお金は、昼食代と儀式の実費以外は全部、大聖堂の方に入っていく……というわけだ。
私は『浄化の結界石』が手に入る。
聖職者たちは善行ポイントが手に入る。
大聖堂はお金が手に入る。
これぞまさに、win-win-winの関係。
そんなに素晴らしいイベントなら、準備期間が短くても、みんな乗り気でやってくれちゃうよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間になると、祭壇の上の聖職者が儀式の開始を宣言した。
数人の聖職者たちがゆっくりと歩きながら、祭壇を清めるような動きをする。
歌のような祈りが周囲に響き、地下の空気を震わせていく。
目に耳に鼻に、そして肌に、たくさんの感覚が徐々に研ぎ澄まされていくのを感じた。
さすがに口は、味覚要素が無いからあまり研ぎ澄まされないけど――そういえばエミリアさんも、ここのどこかにいるんだよね。
……って、しまった。
味覚からエミリアさんを連想するだなんて、さすがに失礼か。
でも味覚といえば、先日食べた……ププピップの特製ステーキ。
あれは凄く美味しかったなぁ。エミリアさんなんて、涙を流して食べていたくらいだし。
神聖なこの場において、そんな俗世的なことを考えている間に、儀式はどんどん進んでいった。
そして最後の場面では、祭壇が強く光り輝き、残像を残しながら消えていく――
「……アイナ様、儀式はこれで終了になります。
あとは『浄化の結界石』が何個できたか……ですね!」
「そうだね。最大9個、平均だと5個くらい……なんだっけ?
ふふふ。リビーちゃんには私のラッキーガールっぷりを見せてあげよう!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさん、『浄化の結界石』は5個作ることができました」
大司祭様の部屋で綺麗な箱を受け取ると、中には白く淡く光を照らす、5つの石が入っていた。
ちなみに大司祭様は私と面識があるため、今回は私の応対を全面的にしてくれているのだ。
「ありがとうございます。
5個……は、平均的ですよね」
「はい。つつがなく終わり、アイナさんも安心されたことでしょう」
……さよなら、私のラッキーガール説。
私の運なんて、しょせん世間一般的なものよ。
しかしリビーちゃんは既にそんな話も忘れているようで、横から『浄化の結界石』をうっとりと眺めていた。
キラキラと綺麗なものだから、夢中になってしまうのは無理もないだろう。
「そうですね。ひとまず使う分は作ることができたので、本当に助かりました。
でも、あんなに大勢の方を動員しないと作れないものなんですね……」
「かなりの魔力を使うので、仕方が無いのです。
しかし今回は最初から最後まで、スムーズに進められたと思いますよ」
確かに、1週間で全てを終わらせることが出来たからね。
突然の依頼にも関わらず、今回の迅速な対応はとてもありがたかった。
そんな感謝を込めながら大司祭様と話をしたあと、丁寧に挨拶をしてから別れることにした。
大聖堂の入口までは他の聖職者の人に見送ってもらったけど、その人ともそこでお別れ。
――さて、と。
終わったあとは、エミリアさんとここで待ち合わせをしているんだけど……まだ来ていないのかな?
それならしばらく、何も無い時間を満喫することにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――すいません、お待たせしました!」
しばらくのんびり待っていると、エミリアさんが走って現れた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それにしても待っている間に……大勢出てきましたね」
大聖堂からは先ほどから、たくさんの人が外に出てきている。
儀式に参加した1000人の聖職者がいるだろうし、裏方の人を含めればもっといるだろう。
ちなみに大聖堂の外にはその人数を見込んだように、食べ物の露店がたくさん並んでいた。
「昼食代を頂けるのですが、今日この場でしか受け取れなくて。
だから列になって並ぶ必要があったんです。わたしとしては、受け取らないでさっさと出てきたかったんですけど……」
「それはちょっと、もったいないですね」
「銀貨1枚なので、まぁ良いかなって……。
そうしたらレオノーラ様に捕まえられて、強引に列に並ばせられたんです。
『銀貨1枚でも無駄にしちゃダメよ!』って……」
「あ、そうだったんですか。
でも今、レオノーラさんの株が私の中で上昇中ですよ」
レオノーラさんは王族でお金もあるだろうし、実際に高級なものを持っていたり、プレゼントをくれたりもする。
しかし銀貨1枚というお金であっても、しっかり大切にしてくれるのは何だか嬉しい。いや、私が嬉しがるものでも無いんだけど。
「――さて、それではアイナさん。
わたしはもうフリーなので、昼食に行きましょう!」
「そうですね。えーっと、どうします?
結構露店も出ているみたいですけど――」
「錬金術師ギルドの食堂に行きましょう!」
「え? ここから結構、遠いですよ?
これ以上お腹を減らしても大丈夫なんですか?」
「そこは何とか我慢します! でも今日は……ププピップ腹なんです!」
「あ、はい……。そうですか……」
エミリアさんは、先日食べた特製ステーキがやはり忘れられないようだ。
食堂に行ったところで、あのレベルには到底及ばないとは思うんだけど……『ププピップを食べた』という実績がきっと欲しいのだろう。
強く断る理由も無いので、目を輝かせるエミリアさんと一緒に、錬金術師ギルドに向かうことにした。
でも完全に、支給された昼食代……銀貨1枚以上は食べる気だよね。