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「はぁ、はぁ、まだまだあ⋯⋯」
私は今、ハンスと剣術の稽古をしている。
彼はとても強い、でも武器というのは剣以外にも存在する。
私は彼に対して微笑んだ。
彼は私の突然の微笑みに驚いて、一瞬隙が生まれる。
私は彼の剣を思いっきり叩き、振り落とした。
「なんか、今のずるくないですか? エレノア侯爵令嬢」
ハンスが呆然しながら尋ねてくる。
確かに彼が私の惚れていると知った上で繰り出した技だ。
「不測の事態に対処してこその剣術。ハンスは剣術の演舞でもしていたら。あなたの剣術は確かに美しいわ」
私が言うとハンスは膨れっ面をした。
こんな表情を次期公爵になる彼がしたら、帝国では問題になる。
帝国の貴族は表情を管理し常に無表情で感情を読まれないことを大事にする。
それに比べてサム国の貴族は爵位こそあり権威は持っているけれど平民と変わらない自由を持っているように私には見えた。
「私、サム国が好き。守りたいわ。協力してくれるわよね、ハンス」
自分が発した甘い声色に思わずぞっとした。
4歳までにカルマン公爵邸で身につけさせられた、男を誑かすような声色を私は自然に使ってしまっている。
目的の為なら何でもしそうな自分が卑しく気持ち悪く感じて吐き気がした。
「エレノア、次の騎士試験一緒に受けような。アカデミーも楽しみだな。俺、勉強はあまり得意じゃないからお前が助けろよ」
ハンスがいつもよりも強めに私の髪の毛をガシガシとしてくる。
少し痛くて思わず屈んでしまい、彼の表情は見えなかった。
12歳になり、私とハンスはアカデミーに入学した。
入学式に私たちがお言葉を承るのは最高学年の主席ではなくフィリップ王子だった。
当然のことだろう、王族はいつだって中心にいなければならない存在だ。
壇上に上がった美しいプラチナブロンドの王子に釘付けになりそうになるのを私はハンスに話しかけることで防いだ。
「フィリップ王子は取り込んだ方が良いわ。あなたの立場なら大丈夫よ」
私は自分がささやいた言葉と甘い声に寒気がした。
どうして私は一途に自分を想ってくれる相手さえ、目的のために利用しようとするようなことをしてしまうのだろう。
無意識に使ってしまう砂糖菓子のような甘い声が大嫌いだ。
ハンスの好意を利用しようとしているのだとしたら、私は最低だ。
「エレノア、具合が悪いのか? 会場を出ようか?」
ハンスが私に小声で言ってくる言葉に私は静かに頷いた。
会場に響くフィリップ王子の声が耳に残った。
私が皇族を誑かすために生まれたカルマン公爵家の女だからだろうか。
いつの間にか目の前の男を利用するような行動をしてしまっている。
目を背けず自分の特性と落ち着いて向き合わねばならない。
ハンスは私に一途な思いをむけてくれた大切な人で、私が利用して良い相手ではない。
私は4歳でサム国の孤児院での暮らしを選んだのに、1年後にはアゼンタイン侯爵家に引き取られた。
冗談じゃない、帝国から逃げてきているのに高位貴族の令嬢などと目立った立場にはなりたくない。
パン屋になりたかったのにどうしてこうなってしまったのかと自分の運命を嘆いた。
私はアゼンタイン侯爵家の一員になるのを徹底的に拒むことにした。
そもそも慈善事業に来た偶然のようなタイミングで出会った孤児を養子にしようなどという貴族が現れるとは思ってもみなかった。
「侯爵のご想像どおりですよ。私の正体は帝国の公女エレノア・カルマンです。」
私はアゼンタイン侯爵家で生活しはじめてすぐに、自分の身元が疑われているのに気がついた。
帝国の公女エレノア・カルマンと私の風貌が似ていたことが原因だ。
それは私が逃げた後、カルマン公爵家が私にそっくりの偽物を用意したので当然のことだった。
アゼンタイン侯爵家に引き取られてしばらくは、余りに善良に見える侯爵夫妻が怖くていつも喧嘩腰に話していた。
彼らに好かれたいと願って、裏切られた時の自分を想像するだけでゾッとした。
ならば最初から憎まれるように振る舞えば、捨てられても傷つかないという私の決断だった。
「エレノア、君が誰であろうとどうでも良い。君は私の全てだ⋯⋯」
私を強く抱きしめてくるアゼンタイン侯爵は本当に親切で素敵な方だ。
茶髪に影を落としたような藍色の瞳。
彼は戸籍上で言う、私の養父、つまり現在の私の父親だ。
「そんなことを言って、隣のあなたの妻はどう思うのでしょう? 私を自分好みに育てて自分の女にしたいのですか?だったら、養子にするという選択は間違いだったのではありませんか?」
この男の目的はなんだろう、私を引き取って利用する気に違いない。
必死に隠していたけれど男を操作できる魅了の力の存在はバレていたのかもしれない。
たくさんの悪い可能性を考え続けて、相手に期待をしないようにした。
アゼンタイン侯爵が男性である以上、私が好かれたいと願えば魅了の力がかかってしまうというリスクがあり怖かった。
「私はあなたを本当に愛しているわ。お願いだから、信じて」
私は貴族にしては純粋すぎる侯爵夫人に抱きしめられた。
戸籍上、私は彼女の娘ということになっている。
「君は5歳の女の子だ。自分より20歳も年上の私が君を自分の女にしたいだって?相変わらず、出会った時から変わらない面白い娘だ」
侯爵が私の顎を引き上げて、私の顔を覗き見る。
サム国は一夫多妻制の帝国とは異なり、妻は一人しか選べない一夫一妻制だ。
彼は美しい妻に飽きた後、私との養子関係を解消し自分の女にする予定ではないのだろうか。
「ふふ、若ければ若いほど、お好きでしょ。男の人は⋯⋯」
私は現在私の戸籍上の父であるアゼンタイン侯爵を嘲笑った。
あの頃の私は誰にも期待したくなく、未来を考えることを恐れておかしな言動をすることで自分を慰めた。
アゼンタイン侯爵は的外れでおかしな言動をする私を微笑ましそうに見守ってくれた。
狂気の家で生まれ育ち孤児院に逃げ延びて辿り着いた場所。
隣にいる侯爵夫人も私のことを微笑ましそうに見ている。
「なんだかこのやり取りもバカらしくなってきました。お父様、お母様、私の正体を知りながら受け入れてくれてありがとうございます」
私はそう言って、彼らを愛することを恐れないことに決めた。
その後、アゼンタイン侯爵夫人が私の友人になればと紹介してきたのが、ハンス・リード公子だった。
友達まで斡旋してくれようとする侯爵夫人の過保護っぷりに心が温かくなった。
「ハンス・リードです。初めましてアゼンタイン侯爵令嬢」
ハンスの硬い挨拶に、無理やり彼が連れてこられて私と友人となることなど望んでいなかったことを悟った。
「エレノア。同じ年だから名前で呼び合おうぜ。俺のことはハンスと呼んでも、適当にハンとか、スとか呼んでもご自由に!」
私が遠慮をして縮こまったことを悟るように軽い感じで手を差し伸べてくれた彼を今でも忘れない。