テラーノベル
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初
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ホームに次の電車を告げる電子音が鳴る。
さっきまで気にならなかったはずの時間が、急に輪郭を持ち始める。
あと数分。
その数分で何を話すんだ、と自分でも思う。
一年分なんて、そんなもので埋まるはずがない。
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彼もそれは分かっているらしかった。
すぐには口を開かない。
ただ、少しだけ肩の力が抜けている。
さっきまで張り詰めていた空気が、ほんの少し変わっていた。
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「一年分って言ったな」
俺が先に言う。
彼は小さく頷く。
「はい」
「長いぞ」
「知ってます」
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その返事に、少しだけ笑いそうになる。
知ってるなら言うなよ、と。
でも言わない。
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しばらく沈黙が落ちる。
人の流れは続いている。
誰も俺たちのことなんか見ていない。
なのに、このホームだけ世界から切り離されているみたいだった。
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「……最初に謝ります」
彼が言った。
俺は眉を上げる。
「何を」
「全部です」
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またその言い方だ。
大雑把で、不器用で。
ずるい。
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「全部じゃ分かんねえよ」
「分からなくてもいいです」
「さっきからそればっかだな」
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そう言うと、彼は少しだけ口元を緩めた。
本当に少しだけ。
初めて見るような表情だった。
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「じゃあ訂正します」
「何を」
「分かってもらえなくてもいいです」
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そこで一度言葉を切る。
それから。
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「でも、知ってほしい」
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その言葉だけは、妙に静かだった。
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俺は何も返さない。
返せない。
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彼は視線を落とし、ホームの床を見る。
白線の少し手前。
自分がさっき越えた場所を見ているみたいだった。
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「逃げました」
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ぽつりと言う。
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「一年前」
「……」
「あなたからも」
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胸の奥が少しだけ重くなる。
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「妹のこともあったし」
彼は続ける。
「家のこともありました」
「だから消えたのか」
「はい」
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あまりにもあっさり認めるから、逆に言葉が出ない。
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「連絡くらいできただろ」
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言った瞬間、自分でも子供みたいだと思った。
でも止まらなかった。
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「一言くらい」
「……できました」
「じゃあ何で」
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彼は少しだけ目を閉じる。
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「期待されたくなかったからです」
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ホームのアナウンスが遠くで流れる。
次の電車が接近しています。
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「戻るかもしれないって思わせたくなかった」
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彼の声は静かだ。
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「中途半端なのが一番嫌だったので」
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その言葉を聞いた瞬間。
腹が立つより先に、妙に納得してしまった。
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ああ。
そういうやつだった。
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昔から。
優しいくせに残酷で。
残酷なくせに、変なところで誠実だった。
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「最低だな」
俺は言う。
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彼は少しだけ笑った。
「はい」
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否定しない。
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「自覚あるのかよ」
「あります」
「救えねえな」
「よく言われます」
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また同じ返し。
今度は本当に少しだけ笑ってしまった。
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それを見た瞬間。
彼の目がほんの少しだけ見開かれる。
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まるで。
一年ぶりに見るものを見たみたいに。
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その顔に気づいて、俺は笑うのをやめる。
なんとなく照れくさくて。
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「見るな」
「見ます」
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即答だった。
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「お前な」
「一年見てなかったので」
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言われて、言葉が詰まる。
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電車のライトが遠くに見える。
次の便だ。
本当に時間がなくなっていく。
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彼もそれに気づいていた。
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「一個だけ」
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静かな声。
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「聞いてもいいですか」
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俺は頷かない。
否定もしない。
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彼はそれを許可だと受け取った。
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「一年前」
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少しだけ息を吸う。
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「僕がいなくなった時」
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そして。
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「探しましたか」
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その質問で。
時間が止まったみたいになる。
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ホームの音も。
近づく電車も。
流れる人影も。
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全部遠くなる。
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彼だけが、答えを待っている。
逃げ道を塞ぐみたいに。
でも今度は、自分自身にも逃げ道を作らない顔で。
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俺はしばらく何も言えなかった。
言えば、きっと。
一年間、見ないふりをしていたものまで全部認めることになる気がしたからだ。
ruruha
201
#闇
コメント
3件
ああ、これ…すごく静かなのに、胸にグッとくる話だわ。一瞬で引き込まれた。1年ぶりに会った二人の、言葉の一つ一つが重くて、でもどこか優しくて。「探しましたか」って最後の問いかけ、あれは反則だよな…答えを聞くのが怖い気持ちと、聞きたい気持ちが混ざる感じがめちゃくちゃ伝わってきた。続きが気になりすぎる🔥