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目を開けた時
目の前には焚き火が揺らめいていた。
暗闇の中
橙色の光がゆらゆらと揺れ
炎の影が地面に揺蕩っている。
焚き火の赤い光が
まるで生き物のように
俺の指先に温もりを伝えていた。
重たい瞼を、ゆっくりと押し上げる。
身体が鉛のように重く
指一本動かすのも億劫だった。
ふと
肩に掛けられた
小さな上着に気付く。
青龍のものだ。
俺が倒れている間に
奴が掛けてくれたのだろう。
「⋯⋯ちっ!」
舌打ちと共に
俺は無理やり上体を起こす。
全身が痛む。
身体の芯まで
疲労が染み込んでいて
関節がぎしぎしと軋むようだった。
そして
視界に映る光景に
思わず息を呑んだ。
⸻
桜の幹に寄り掛かるように
彼女を抱きしめたまま眠る時也。
その隣に
まるで護るように座る青龍。
俺は
その光景をしばらく黙って見つめた。
(⋯⋯この女、本当に目覚めるのか?)
俺は
重たい身体を引き摺るようにして
ゆっくりと時也達に近付いた。
そして、その瞬間。
金色の睫毛が、微かに震えた。
「⋯⋯おい。おいっ!起きろよ、時也!」
俺は、時也の肩を力任せに揺さぶる。
「⋯⋯ん
⋯⋯ぁ、⋯⋯アリアさんっ!」
時也の声が震えていた。
同時に、それは現れた。
深紅の双眸。
閉じられていた瞼が
ゆっくりと持ち上がり
闇の中で、まるで花が開くように
その鮮烈な色が浮かび上がった。
それは、
の中で燦然と輝く紅の光。
炎のように鮮やかで
それでいて
冷たい月光のように静かな瞳。
俺は、その美しさに
ただ目を奪われた。
(あぁ⋯⋯
お慕いしております⋯アリア様)
まただ。
俺の脳内で
あの〝上品な言葉〟が流れた。
一体、誰の記憶なんだ?
これは、俺の想いじゃねぇ。
なのに
〝俺の声〟で〝俺の心〟の中に響く。
そして、その瞬間
時也の瞳が驚いたように見開かれ
俺を見つめていた。
何かに気付いたような
そんな眼差しだった。
だが、それはほんの一瞬のこと。
直ぐに俺から視線は外れ
時也はゆっくりと
目覚めたアリアを抱きしめ
その黄金の髪を撫で
頬を摩った。
その仕草は
どこまでも優しく
慈しむもので⋯⋯
俺には、ただ
それを見ている事しかできなかった。
「⋯⋯⋯時也?
本当に⋯⋯お前、か?」
澄んだ声が響く。
それは
思っていたよりも静かな声だった。
でも、決して冷たい訳じゃない。
無機質なようでいて
しかし、想いが溢れそうなそれは
まるで⋯⋯
硝子の中の炎のような声。
「⋯⋯はい。はい!
アリアさん⋯⋯良かったっ!
もう⋯⋯もう二度と!
貴女のお傍を⋯⋯⋯離れませんから」
時也の声が震えた。
彼の鳶色の瞳から
また涙が溢れ出る。
そして—
「本当に⋯⋯良かった⋯⋯⋯⋯」
彼は、力尽きたように
アリアの胸元へ倒れ込んだ。
それは まるで
〝使命を果たした〟かのような
安堵に満ちた倒れ方だった。
⸻
俺は、それを見ながら
ぽつりと呟いた。
「⋯⋯やれやれ。
こんなのが俺達のご主人様、かよ?」
情けねぇ。
ボロボロと涙を零しながら
女の胸に倒れ込む男。
でもー⋯。
俺は、無意識に口元を緩めていた。
涙を流しながら
それでも何処か
嬉しそうに微笑むその寝顔に
⋯⋯悪くねぇなって
想っちまったんだ。