テラーノベル
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通路の奥から近づいてくる足音は、さっきまでの魔物とは明らかに違っていた。
一歩ごとに重い。
ただ巨体なだけじゃない。
周囲の空気ごと押しのけるような圧があるのが分かる。
広くもない通路の向こうで、何か大きなものがこちらを値踏みするように近づいてきていた。
「理央、前……」
「ああ、分かってる」
「透花、花宮は下がれ。壁から離れすぎるな」
三人とも、もう反論しなかった。
理央は武器を構えたまま前へ出る。
けれど、さっきまでみたいな勢い任せではない。
透花は青い顔のまま呼吸を整え、花宮は端末を胸元へ抱えながら必死に足を止めていた。
暗がりの向こうで、二つの光が開く。
目だ。
低い唸り声と共に姿を現したのは、甲殻と獣骨が無理やり混ざったような異形だった。
脚は六本、だが動きは蜘蛛というより獣に近く、前面に突き出た顎の奥には鉤のような牙が何重にも並んでいる。
背からは棘状の魔力結晶が生え、動くたびに床へ不快な音を立てた。
中級どころじゃない。
少なくとも、さっきの二体より一段階上だ。
「なんだよ、あれ……」
「理央、正面から受けるなよ」
「あ、ああ……」
「そんでもって左の柱へ寄れ。真正面を切るな」
「え、お前は!?」
「中央を見る」
魔物が一気に距離を詰める。
速い。図体の割に速すぎる。
「下がれ!」
叫ぶと同時に、理央が横へ跳んだ。
前肢の一撃が柱を砕き、石片が散る。
広間に激しい破砕音が響き、花宮が思わず身を竦めた。
「花宮、ライトだ!目じゃない、足元!」
「え、あ、うん!」
端末の光が床を走る。
その照り返しで、魔物の腹下にわずかな魔力の揺れが見えた――そこだ。
俺は急いで術式を走らせる。
床下へ潜るように魔力を送り、前脚の接地だけを一瞬遅らせ、だが完全に止めるには足りない。
しかし、理央へ呼吸ひとつ分の隙を渡すには十分だ。
「理央、下!」
理央が半歩潜り込む。
横薙ぎの一撃が魔物の腹を掠め、硬質な手応えの音が返る。
浅い――だが、効いていないわけじゃない。
魔物が怒りに似た唸りを漏らした瞬間、背の棘が発光した。
嫌な予感が走る。
「全員伏せろ!」
#成り上がり
aohana
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#ざまぁ
寺町朱穂
256
和泉
577
理央は間に合った。
透花も咄嗟にしゃがむ。
だが花宮が、一瞬遅れた。
棘から放たれた魔力の針が、扇状に広がる。
花宮は端末を抱えたまま固まり、回避の初動が止まっていた。
考えるより先に身体が動く。
花宮の肩を掴み、無理やり地面へ引き倒す。
同時に自分の身体をその上へ被せるようにずらすと同時、背中を焼くような衝撃がはしった。
「っ……!」
息が詰まる。
完全には食らっていない。
だが数本、掠めてしまった。
制服の布が裂け、皮膚に熱が走る。
「久城くん!?」
花宮の声が真下から上がる。
「無事か」
「いや、それあたしの台詞なんだけど!」
理央が怒鳴る。
「お前、なんでそこまでして庇うんだよ!」
「うるさい!前見ろ!」
怒鳴り返した瞬間、自分でも分かった。
一瞬も迷わなかった。
花宮がどういう人間かとか、信用に値するかとか、そういう理屈は何も通っていない。
ただ、間に合う位置にいたから身体が動いた。
切り捨てるという判断が、最初から頭になかった。
(……ああ、俺はやっぱり、まだ人間を切り捨てきれてないな)
その事実が、嫌になるほどはっきりした。
「……っ」
花宮が息を呑んだまま、俺を見ている。
その目には恐怖ではなく、心配している顔だ。
透花も青い顔のまま、こっちを見ていた。
あの顔は多分、何かを昔の乃亜と重ねている。
「くじょ……乃亜っ!」
理央の声で意識を戻す。
魔物が再び踏み込んでくる。
今度は真正面じゃない。
右へ回り込んで、こちらの陣形を崩しにきている。
「理央、右を切れ!花宮、ライト固定!透花は下がるな、そこで見てろ!」
俺の言葉に三人が動く。
理央の斬撃で魔物の進路がわずかに逸れ、花宮の光が壁面の影を消す。
透花は震えながらも逃げずに立ち、俺の声を追っている。
それで十分だった。
指先にもう一度、簡易召喚の術式を走らせる。
「――穿て」
今度は白銀の爪ではなく、槍のように収束した光だけを一瞬だけ呼ぶ。
契約の向こう側から伸びたそれが、魔物の棘の根元を貫いた。
嫌な音と共に結晶が砕ける。
理央がそこへ踏み込み、今度は首元へ深く刃を通した。
魔物が痙攣し、重い体を揺らして崩れ落ちる。
広間が揺れ、静寂が戻った。同時に誰もしばらく動かなかった。
荒い息だけが、妙に大きく聞こえる。
「久城くん!……無茶しすぎだよ、もう!」
花宮が、まだ床に座り込んだまま言った。
そして泣きそうな顔で俺を見ている。
「庇うとか、そういうレベルじゃなかったんだけど!」
「間に合っただけだ」
「それ、答えになってないよぉ!!」
透花が、震える声で小さく言う。
「でも……無事でよかった……」
同じように泣きそうな顔で、彼女は言った。
理央は俺を見たまま、低く吐く。
「意味分かんねえよ。信用してないくせに、なんでそこまでして庇うんだ」
「目の前で死なれる方が面倒だって言っただろう?」
「だからって……」
「……今はそれでいい」
言い切ったところで、空気が変わった。
――奥だ。
さっきまでの魔物とは比べものにならない圧が、通路のさらに深いところから流れてくる。
濃い。重い。まるで空気そのものが、何か巨大な存在を前にして縮こまるみたいに冷えていく。
理央が顔を上げる。
透花の肩が震える。
花宮も、さすがにもう冗談を言う顔ではなかった。
俺はわずかに息を乱しながら、暗がりの奥を見た。
今までとは明らかに違う。
――来る。
コメント
1件
第54話、読み終えました……! 乃亜が花宮をかばった場面、一瞬も迷わずに身体が動いたところ、すごく印象に残りました。「まだ人間を切り捨てきれてない」って自分で気づくところ、重かったです。信用してないのに庇うって言うけど、そこがもう彼の本質なんだろうなって。 理央や透花の反応も含めて、仲間の空気が少しずつ変わっていく感じが伝わってきました。 ラストの「来る」っていう締め、次が気になりすぎます……!😭