テラーノベル
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目を焼き殺すように眩い陽光
心身を癒すように柔い月光
人々の雑踏に負けない螺旋階段の軋む音
静寂を切り裂くように響く猫の鳴き声
ふよふよと漂う煙草の匂い
ぷか、と空に浮かぶアルコール度数
それが綺麗だなんて思わなかった。
ただ日常に静かに干渉してくる
感情を持たないものだと思っていた。
趣味なんてなかった。
楽しいなんて思わなかった。
いつまでも、心の中だけが本心で
いつまでも、それを打ち明けられないままで
ずっと、隠し続けてきた。
『 …はは、 』
のに。
「 ど、ええ感じやお 」
君が僕の全てを暴いて
『 楽しー… 』
「 そおそお、笑っちょれ 」
君が僕の思い出全てに
「 お前はやっぱ 」
魔法を、かけていくから。
「 笑顔が、よお似おうちゅう 」
だから、僕はダメになったんだ。
『 笑って 』
「 ん? 」
君と同じように
『 ほら、笑って 』
「 笑おちょるよ、見いね 」
嘘を見破れるようになってしまったから
『 …もっと、こう 』
『 僕は分かる、君は笑ってない 』
「 んや?どおかねぇ 」
君の本当の姿を見たいと望んでしまうから
「 俺にゃ分かるんよ、お前の姿が 」
そう微笑みかけたあの時は
『 君は、どんな顔してた? 』
「 忘れてしもたなぁ 」
「 お前の顔は覚えちょるけ、 」
夜の静寂に君の衣擦れ音が響く。
巫女装束を纏い、白髪を揺らす君の
綺麗に結ばれた腹元のリボン結びが解けた。
「 ど… 」
話途中に胸ぐらを掴んだのだから
恐らく、この表情は当然の反応だろう。
今までに見た事ないくらいの
恐怖と吃驚を含んだ少し揺れる君の瞳孔は
夜空にぽっかりと穴を開ける蒼い月を
空に点々と浮かぶ黄色い星を
黒い塊として風に靡く木の葉が
そして、僕の姿が
ちゃんと、映っていた。
僕らは、ちゃんと生きている。
『 嘘は嫌いやねんて… 』
『 言ってたじゃんか、君が 』
「 …あんなぁ… 」
君は少しなにかを考えた後に
「 そや 」
「 俺の昔話、聞かしたろか 」
いつもと変わらない 優しく穏やかな瞳で
僕の視線と君の瞳を絡めたのち
「 下ろしてぇや、浮いとるねんて 」
そう僕の胸をとん、と叩いて
けほ、と小さな咳払いを落とした。
「 えぇと…あ、蔵入ろか 」
『 なんで? 』
「 ならどこで話したいのん 」
『 疑問形で返さないでよ… 』
君の癖のある方言も
いつの間にか慣れてしまっていた。
それが、ただひたすらに
「 行こか、ほら手ぇ 」
悲しいとか、寂しいとか
『 …うん 』
思いたくなかったんだ、僕。
君の少し血管の浮いた白い手を掴むと
ぎゅ、と僕より強く握り返してきた。
「 んふ、嬉しいが 」
『 まあ、普通に 』
『 君の手好きなんだ、僕 』
「 素直は珍しいの、俺も好きっちゃ 」
それが、好きだった。
「 …入るん、大丈夫そ 」
『 趣があるね 』
「 いちいち言う事おもろいなぁ 」
『 手繋いでて 』
「 ん、おいでや 」
真っ暗でなにも見えない建物の中に
ひとつだけ光るもの。
「 蝋燭、立てといたが 」
そこにはひとつだけの座布団と
古びた絵巻物、飲みかけの水と人形。
『 …ここ、僕以外にも誰か 』
「 や、お前だけ 」
「 初めてやん、人入れんの 」
『 ふーん… 』
言葉を被せるように喋る君は
なにか焦っているようで
互いの名前も知らない僕と君の
夜だけの、お話。
「 俺な、アクマの子ぉなんよ 」
『 悪魔…? 』
「 正確には、魂を売ったやけどな 」
淡々と話し始める君は
手元にある絵巻物をくるくると開いて
「 ほら、ここ 」
細い指が指した先には
国語の教科書で習った文字が並ぶ。
「 読めるが 」
『 …ううん、忘れた 』
「 ん、こっからな 」
悪魔を呼ぶ儀式はとても困難なこと
特別な実、花、陣が必要だということ
悪魔との儀式によって望む何かを得る事
代償として寿命の三分の二を捧げる事
「 …な、だから俺はすぐ死ぬねん 」
望む何か、とは人によって違うこと
「 だから俺は人里に降りれんが 」
君の望むものに対しての代償が
君の寿命だけじゃ 足りなかったこと
「 でな、俺は捧げたき 」
「 こうやって好きに生きちょる 」
だから 君の美しかった髪や目の色素と
片目の視力、その他色々を捧げた事
『 望んだものってなんなの 』
その悪魔は優しくて可哀想に思って
君が死ぬ時
とある示しがつくようにした。
「 んん…何て言うんやろか、 」
それが何かは分からないけれど
その示しから 一刻以内に死ぬという事。
「 好きなように動けるんよ、俺 」
正確には
好きな時に好きな場所に移動できる、事
今ここにいるのは
ここが一番落ち着くから、だと言う事。
「 お前と出会うてからな 」
「 俺、幸せなんよ 」
『 …僕も、幸せだよ 』
たまたま入った山の中で
君が僕を見つけてくれたときから。
『 髪の毛は何色だったの 』
真っ白な髪の毛を撫で付ける。
「 んー…たしか、乳白とか 」
「 目は赤かってん、アルビノやったき 」
ああ、そうか。
『 契約は何年前? 』
「 5年、くらい前やったかなぁ 」
君は僕と同じだと思ってたけど
『 君はどのくらい生きられるの 』
「 さぁ、でも元々身体弱いねんて 」
「 やから 人より寿命も短こうよ 」
僕とは真反対の
『 なんで、契約を結んだの 』
「 君と出会うため、かなぁ 」
強くて、優しくて、芯がちゃんとあって
自分のために生きてる人。
「 なぁ 」
だから、同じにしちゃいけなかった。
「 もし君が契約を結べる時 」
「 君は、何を望む? 」
同じにしちゃいけなかったんだ。
『 …好きな人と自分の、不老不死 』
同じにしたから、君は弱くなる。
「 ふは、なんそれ 」
「 何捧げても足りんわ、そんなん 」
僕と一緒にいると、君は
『 どうしてその力が欲しかったの 』
きみは、きっと
「 身体弱い言うたやんか 」
「 入院しててん、ひとりでな 」
きっと、無自覚に弱くなってしまう。
ひとりで生きないから
僕がいるから、何かして君を助けるから
「 そのうち おっかぁも来んでな、 」
「 寂しかったが 」
君はひとりで生きる方法を忘れてしまう。
「 行きたいとこにも行けん 」
「 ただひとりで 苦い薬飲むだけや 」
でも
「 やけ、俺は好きなとこに行くん 」
「 昔やりたかった事をやりよるだけよ 」
君がそれでいいと望むなら
『 …君は、僕と居ていいの、? 』
「 …うん 」
「 それを望んでこの山におるんやけ 」
僕は、いつまでも君と居たい。
『 何歳なの? 』
「 17よ、まだ高校生やが 」
『 その割にはおじいちゃんみたいだね 』
「 よおけ田舎の方行ったきな 」
「 住んじゅうとこも山ばっかりなが 」
『 君らしい 』
「 この蔵もな、たまたま見つけてん 」
「 頑張ってその巻物読んだんよ 」
『 出会いが普通だったら 』
『 一緒に学校通ってたのかな 』
「 お前はいくつなん 」
『 17だよ、君と同じ 』
「 誕生日は 」
『 6月8日、君は? 』
君とずっと一緒にいたい。
「 2月29日やわ 」
紫の菊を君に渡して
そのまま ふたりで溶けてしまいたい。
『 実質4歳じゃん 』
「 うるさいのう、毎年祝いゆうわ 」
小さな君に出会って
『 …きみの、名前は? 』
寂しいと嘆く君に
君は好きな場所で好きな事してるよ、と
教えてあげたい。
君の夢は叶っているよ、とも。
「 …██ 」
『 まって、聞こえない 』
君は見た事ない事で微笑んで
「 お前の、名前は 」
『 …水紋 』
『 柊木、水紋 』
「 奇遇やんな、俺も██ 」
「 ミナモ、漢字は 」
『 水に紋章の紋で水紋 』
『 ね、君の名前だけ聞こえない 』
「 …そろそろ潮時よ 」
しゅる、と絵巻物の紐を結ぶ。
その手が 小さく震えていた。
『 なんで 』
「 アクマさんの示しよ 」
「 もう時期俺は死ぬんやて 」
『 嘘でしょ、いつもの 』
「 どうかなぁ 」
ふと、蝋燭を見つめながら
「 俺が元気に生まれちょって 」
「 普通に学校も行けとって 」
『 …君は、普通じゃないの 』
「 普通じゃないわ 」
「 すぐ逃げてすぐ死ぬがの 」
『 でも 』
「 ずっこい奴やが、俺は 」
『 君が普通じゃないなら 』
『 僕が普通にしてあげるから 』
「 …そうしてくれるんやったら 」
「 きっと、幸せで死んでまうわ 」
『 だから、生きて 』
「 …前、くれたショートケーキ 」
「 あれ、美味しかってんなぁ 」
『 ねぇ 』
「 好きて誰にも言うた事ないに 」
「 水紋だけ知っててくれてん 」
『 一刻って、どのくらいなの 』
「 2時間やそこらよ 」
「 もうええ 」
『 良くないから 』
「 死んでもな、死体残らんねん 」
「 アクマが食いにくるけぇ 」
『 じゃあ僕も食べられるから 』
『 ねぇ、お願い 』
ふ、と蝋燭の火が消える。
君の姿が見えなくなる。
目が慣れるまでに
君は消えてしまう気がして
『 ねぇ、君の名前は 』
「 聞こえねんで、どうやっても 」
『 いいよ、それでもいいから 』
『 聞こえるまで聞き続けるから 』
「 飽きんのぉ、水紋も 」
『 なにが一緒なの 』
「 苗字がおそろいや 」
「 下は██ 」
『 分かった、ヒイラギ 』
「 漢字はこう 」
僕の手を握って
掌に漢字をつらつらと書いてゆく。
『 難しい 』
「 割とむずいねん 」
「 木へんに句、木へんに骨 」
『 これで、枸榾… 』
「 えぇ名前やろ 」
『 うん、かっこいい 』
「 おそろいやな 」
『 漢字違うけど 』
「 俺な、水紋のこと好きやねん 」
『 僕も好きだよ 』
「 漢字違おても 音は同じやけ 」
「 もう俺らは夫婦よな 」
『 どっちが奥さんなの 』
「 そりゃ水紋よ 」
「 俺のが名前 男っぽいが 」
『 んふふ…そうなったら幸せだね 』
君はもうすぐ消えてしまうんだと思う。
なんとなく、そんな気がした。
「 なぁ 」
『 なに、枸榾 』
「 水紋は俺と居っても良かったん 」
『 凄い幸せだよ 』
『 ここに来るのが楽しみだった 』
「 そおか、なら良かったわ 」
『 何時間経ったかなぁ 』
君に似た口調を必死に隠し続けて
「 俺の前だけ 」
「 普通に話してええねんで 」
『 なんで全部バレるんかなぁ 』
「 そりゃ、ずっと見ゆうきな 」
『 …もう、会えんのんかな 』
「 アホ 」
「 また会えるわ、いつか 」
『 そうならいいね 』
ぶわ、と吹く風に誘われて
君に連れられて外へ出る。
夜空にはぽっかりと月が浮かんで
それを惹き立てるように星が散らばって
「 虎珀 」
『 え 』
「 俺の名前、██ 」
『 聞こえたよ 』
『 コハク、ねぇ 』
「 水紋 」
『 なに、コハク 』
「 また会おうな 」
『 っ、やだよ 』
『 お願い 行かんといて 』
「 ダメや、俺は契約があるき 」
『 待って 』
『 コハクがいないと、僕 』
「 なぁ、水紋 」
『 生きていけない 』
『 生き方が分からない 』
「 ”次は” 」
「 普通に出逢おうな 」
『 待って、お願い 』
涙で濁る視界のその先に
八重歯を剥き出して笑う君がいた。
涙のせいで詰まった鼻のその奥に
君の、優しい花の匂いがした。
向日葵とカスミソウの、柔い匂い。
はっきりと聞こえる耳のその奥に
君の声がへばりついていた。
「 水紋 」
『 コハク 』
「 普通に出逢えんくてごめんな 」
『 次があるから 』
『 だから、きっと 』
「 愛してる 」
『 僕も愛してる、だから _ 』
ふわ、と咲いてないはずの
桜の花弁が落ちた気がした。
「 桜が、綺麗やわ 」
その意味を知るのは また三刻後。
そちらに目をやると
げほ、と強い咳払いが聞こえて
「 …じゃあな 」
少し粘着質な赤黒い液体が
抱き合っていた僕の服にかかった。
それがなにか、なんて
誰に言われなくともちゃんと分かった。
[ 水紋! ]
『 …んー、 』
[ 起きろ、水紋 ]
『 何… 』
[ 昨日の夜、どこ行ってたんだよ ]
『 え 』
見慣れた寮生、見慣れた光景
枕元に乱雑に置かれた向日葵とカスミソウ
残る頭痛感と破れたズボンの膝
「 虎珀 」
そう嬉しそうに伝える君の声が
「 水紋 」
そう愛しそうに呼ぶ君の声が
『 ごめ、散歩してた 』
[ 別にいーけどさ ]
[ 何、女? ]
『 バカ、そんな訳ないやろ 』
[ 何その喋り方 ]
『 あ 』
[ まさか ほんとに女!? ]
『 忘れろ、違うから 』
君の匂いが
< _ で、あるからして >
< ヒイラギ >
君と同じ名前の音が、響きが
< 柊木? >
『 ぁ、はい 』
< 珍しいな、大丈夫か? >
『 すみません、大丈夫です 』
< じゃあこの解を書きに _ >
辛かった。
もう僕に
本当の居場所なんてなかった。
『 …え、っと 』
あの蔵の絵巻物を
必死にスマホのライトで照らしながら
『 特別な花…は思い出の花、? 』
恐らく君が片し忘れたであろう
白チョークで書かれた陣を使って
『 …悪魔様、おいで下さい。 』
『 僕はどうなってもいいから 』
『 何でも捧げるから 』
『 だから、だから… 』
『 枸榾コハクを、生き返らせて下さい 』
《 その目を失っても? 》
『 失っても 』
《 その喉が潰れても? 》
『 潰れても 』
《 虎珀が貴方の事を忘れていても? 》
『 …また 』
『 また、一から思い出させるから 』
「 …あれ、 」
空高く登る陽光
『 コハク…っ 』
もう終わってしまった静寂
「 …! 」
どうか、この先も君と
「 水紋…!! 」
《 無垢って罪だねぇ… 》
《 またひとり、死んじゃった 》
[ 水紋? ]
[ おーい、連れて来たのお前だろー ]
[ …え ]
[ 何で…首吊って… ]
コメント
8件
神すぎん?! 最後さ死んだから会えたってこと、??? 方言まじってるのリアリティあるね 天才すぎるわ
多分きっと貴方無しじゃ生きては行けない。 か いいね がお~のこういう薄暗くて透き通ってて黒みがかった綺麗な作品大好き
も う 天 才 過 ぎ る お ― が の 作 品 今 回 の も 、 今 ま で の も 全 部 好 き ! ! 関 係 性 大 好 き 過 ぎ る 泣 く よ こ ん な の 最 後 っ て 2 人 と も 死 ん じ ゃ っ た っ て こ と か ? !