家に帰っている途中、自転車を避けた拍子にバケツにぶつかった。
そのバケツが転けた事により吹き始めた俺の春風の話。
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︎ ︎︎︎︎︎ 花
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卒業シーズン間近、俺の家の近くにある花屋は忙しなく働いていた。通勤通路は花屋の前を通るためこのシーズンになると花のいい香りが鼻を掠めた。この匂いがすると卒業・入学シーズンが近づいたと思い過去に思いを馳せつつこれから未来に羽ばたく若人に期待を抱いた。
ちりんちりん、
前から自転車が走ってきた。あからさまに逆そうだしまずまず自転車が歩道を走るな。そしてそれを当たり前と思うな。イライラしたとしても自転車を横から蹴飛ばして車道に転ばせる訳にもいかない。仕方なく横に避けた所、花屋のバケツにぶつかりこかせてしまった。
「あっ、やっべぇ……」
とりあえずバケツを起こしては外にとび出た花をどうしようかとわたわたしていた所、中から長身でスラリとしたスタイルの男の人が出てきた。アルバイト……?
「あぁ、大丈夫ですか!?濡れてないですか!?」
「あ、俺は全然大丈夫なんですけど…お花が…」
「また水を汲めば大丈夫です。態々お花の心配して下さってありがとうございます。」
「あぁ、、えっと…いえ……」
俺は思わず目を逸らした。ふわりと笑う彼の姿が控えめに言ってどタイプだった…。名前を知るために名札を見ようと顔を戻した所、彼はもう俺が倒したバケツの掃除に取り掛かっていて邪魔をする訳にもいかず、そのまま家に帰った。
次の日も花屋の前を通って家に帰った。
彼は今日もいるのだろうか、そんな期待を胸に花屋の前に来ると足を遅くした。
「……あ、」
見付けた。特徴的な赤い襟足に比率の可笑しい身体。腹立つくらい長い足。彼だ。
「ん……あ、昨日の!」
「覚えててくれたんですか、」
何だか照れくさくて目線を花に下ろした。
目線の先にはガーベラが綺麗に咲いていて魅入ってしまった。
「この花、綺麗でしょ?」
彼が声をかけてくれたのでふと顔を上げると前よりも優しく柔らかな笑みで花を見ていた。まるで愛人を見るかのように…。
「ガーベラって言うんですよ。花言葉は希望。卒業式は大体これを送るんです。」
「へぇ…チューリップとか、桜とかのイメージが強かったです。」
「あはは、チューリップを送る方もいらっしゃいますが、そういうのはだいたい植えたものが咲いている、みたいなイメージの方が強いですよ?」
「……確かに、送るってなるとなんか違うな…」
「でも送る方もいらっしゃいますからね?」
「…変なこと言っちゃったかも。」
うぐ、と手で口を抑えた。彼は愉快に笑っては イメージは薄いので誰でもそう思いますよ。 なんて励ましてくれた。
「…あ、、名前。」
「名前、?あぁ、清川って言います。」
彼は名札を指さした。そこにはコスモスの押し花と一緒に挟まったネームプレートがあった。ネームプレートの端っこに不格好な猫の姿が描かれていたが・・・気の所為ということにしよう。
「この猫、可愛らしいでしょ?」
「えっ、えぇ、、?」
「清川の清からキヨ猫って呼ばれてるんです。」
「キヨ猫…(笑)」
「あーーっ!笑ったなぁ!?俺の傑作ぅ!」
「いや、これはぁ…」
この時彼との距離が縮まった気がした。
名前を知れたしなんだか…ラフな言葉遣いで話し合えた気がする。仕事の疲れも吹き飛んでとても幸せだった。
「お客さんは?なんて言うんですか?」
「あぁ……俺は…零飛っていいます。」
「零…飛……、よし、じゃあレトさんだ! 」
「レトさん…… 」
「俺はキヨって呼ばれてるんで、同じ2文字同士で!」
「…ふは、お揃い好きなんですか?」
「うーん、嫌いでは無いです!」
へへ、と頬を掻きながら照れくさそうに呟いた。互いのあだ名が決まったところでこの日は終わった。
その日から数日、帰り道に彼と立ち話をした後に家に帰る、なんてルーティーンが完成していた。その間にあった変化と言えば…タメ語になった、キヨくんが歳下って事が発覚した、花屋はキヨくんのご両親が経営していた、とか…その辺かな?何より、キヨくんについて知れるのがとても嬉しかった。
その中で俺たちの関係をグッと近付ける出来事が起こった。
「~♪」
キヨくんに会える喜びから軽い鼻歌を歌いながら花屋に向かう。するとそこにはキヨくんと思わしき影ともう1つの影があった。
向かいの歩道から じっ、とその姿を眺める。キヨくんはどうやら嫌がっている様子だった。キヨくんよりも体格のいい影が抱きつこうと近付くもキヨくんに押されているのが見えた。なにか怪しい雰囲気を感じ取っては横断歩道を渡った。その途端、彼らの声が聞こえた。
「辞めて、もう俺らは別れたんだから。」
「なぁー、いーじゃん、お前もフリーだろ?」
「あのなぁ、フリーなのには理由があって…!」
「そーやって独身に理由をこじつけんの辞めろって。ほら、すぐ堕としてやっから、ホテル行こうぜ。」
「キモイって、本当にもういいから、近付くなって、」
「お願いだってぇ、1回でいいから、さ!」
「お前の言葉は信用ならねぇの!」
「お前の身体じゃ満足出来ねぇんだってぇ〜」
「っ、きも、」
「お前のほっそい身体といいキスマつけたくなる首筋、んでピンクの可愛い─」
「うるさい!!」
「…んじゃあこっからはホテルで…な?」
「もういいって、ほんとにやめっ!!」
男がキヨくんのお尻に手を持って行った。その瞬間キヨくんは短く小さい悲鳴をあげて男の方に倒れ込む。
「はは、まだ弱いんだ?」
「う、るさ…」
「さぁて、このまま行くかぁ。」
「ちょっと待ちぃや。」
「…あ?誰この黒マスク。」
「その子の新しい彼氏。」
「…はぁ?お前フリーって言ったろ?」
「……、」
「結婚した訳とはまた別やからなぁ?」
「彼氏はいるとでも言えんだろうがよ。」
「その理由も聞かへんままホテル連れ込もうとしたんは誰?」
「ッ……」
「レト、さ…」
「キヨくんおいで。」
怒りに気を取られ力が緩んだ男を振り払いキヨくんは俺の胸に飛び込んだ。
「クソが、覚えてろよくそ***!」
「ヤリ**は帰って結構。」
はぁ、と呆れてため息をついてはキヨくんが擦り寄った。
「ぁ、ごめんキヨくん!勝手に彼氏面しちゃって、! 」
「あーあ…これが現実ならなぁ……」
「…え?」
「レトさんが恋人ならどれだけ楽しいかなぁ?」
「…、」
理解するのには時間が必要だった。しばらく黙りこくった後だんだん顔が熱くなるのを感じた。
「俺も…キヨくんの恋人になってみたいわ。」
「……なら、なってよ。」
「後悔しても知らないからね。」
「いいよ、彼奴よりかは幾分幸せになれる。」
「アイツ…なんだったんだか。」
「あぁー…アイツはねぇ、」
そこからキヨくんがあの男の話をしてくれた。名前はT橋と言って、キヨくんの大学のサークル仲間だったそう。絡みという絡みは無かったそうだが、お互いゲームが好きという共通点から意気投合、偶に互いの家に遊びに行って新作や旧作のゲームを楽しんでいたらしい。とある日にT橋の家に遊びに行った時、突然唇を奪われ告白を受けたと言う。キヨくんも所謂ゲイと言うやつでその告白を快諾して3年間付き合った過去があった。その間に何度も身体を重ねたが彼のやり方は乱暴であまり好きじゃなかったらしい。無理矢理中に出すわもう無理と言っても5回くらい続けるわ挙句の果てには愛とか言って首を絞めるわで散々だったそう。別れると言った日には強姦とも取れる行為をしてきて半分彼の支配下に置かれていたらしい。それに懲りたキヨくんはLINEに 別れよう とだけ送って引越し、彼の前から完全に姿を消した。そして今日…最悪の再会を果たした、と言うのがT橋との出来事だった。
「…ひっど、俺の方が幸せに出来そう。」
「レトさんとの方が幸せになれるよ。」
キヨくんがぎゅー、と俺を抱き締めた。
「まぁ、こんな可愛さやったら愛が歪むのも無理ないけどなぁ。」
キヨくんの頬に手を添えれば眉を下げた。
その瞬間キヨくんはぼっ、と顔を染めた。
「ぁ、あ、、」
口をわなわなと動かした後キヨくんがこう叫んだ。
「レトさんのえっち!!!!!!」
「この花ってここでいい?」
「うん、そこで大丈夫。」
「よーし!じゃあお終い!」
「お疲れさま、レトさん。」
「いやはや、人手が増えたらすぐ終わるねぇ。」
「キヨくん、これ、あげる。」
「…え、これ、俺に?」
「そう。キヨくんのために。」
「……やば、ちょー嬉しい。泣きそう。」
「ちょっとちょっと、泣いちゃダメだからね!?」
「分かってる分かってる。でもそれくらい嬉しい。」
「よかった…喜んでくれて。」
「随分とキザな事するねぇ?ムクゲにプルメリアなんて…。」
「はてさて、どんな意味だったかなぁ?」
「惚けないでよ!?」
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ムクゲ : 一途な愛
プルメリア : 大切な人の幸せを願う
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コメント
1件
レトさんってば意外と可愛いんだからッ あとT橋 そんなにクソだったら生涯孤独だろうからやめた方がいいよ