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#創作
ゆずき
246
160
耀聖(ようせい)
725
#ロマンスファンタジー
花月夜れん
456
【4年後・聖パトリック大聖堂】
。 .:・.。.
ジェニは完璧な仕立てのタキシードを着た竜馬を見つめて、ほぅ・・・とため息をついた
肩幅が広い、竜馬のサイズに合う既製の商品などないとわかっているので、この日のために、ジェニは三着もタキシードを作らせた
サイズをきちんと測り、背丈と広い肩にもしっくり合わせている、最近伸ばしている真っ黒の艶髪を、ワックスで横は耳にかけ、前髪がセクシーに垂れるように、ジェニが渾身のテクニックでセットしたものだ
それが今は天使のように美しい彼が、緊張でカタカタ震えている
「大丈夫よ!竜馬さん!リラックスして」
「無理だよ!」
ジェニは辺りを見回して彼を勇気づけるように愛想笑いを振りまいた、妊娠7か月の割には小さく横に広がっているジェニのおなかが目立たないように、オーガンジーのウエストの切り返しがない、ブラックドレスにボレロを纏っている
髪もすっきりとお団子にし、ビーズのシュシュをつけている、このお腹の広がり具合は覚えがある、三人目はきっと女の子だ
「思ったより観客が多い!観客席と近いじゃないか!」
そう言った竜馬は、冷や汗を流し、一点見つめをしている
―ダメだわ・・・・緊張がピークに来ているみたい―
ジェニがぐるりと目玉を回した時、どやどやと竜馬のいる聖パトリック教会の楽屋のドアがバンと開いた音がした、数人の靴が床を歩く音、そして犬の爪が硬い木の床に、カチカチ当たる音が響く
「お~い!竜馬!なんでそんな隅っこに隠れているんだ?」
タトゥー彫師のロックハウンドが、面白そうに言った、彼はタトゥーショップをシカゴ市内に何件も運営する、経営者になっていた
竜馬がシカゴに帰って来た噂を聞いて、真っ先に会いに来てくれた人だった、彼は自分のご自慢の全身タトゥーを見せびらかしたいので、冬でもタンクトップにカウボーイハットだ
「緊張してるのよ!!」
ジェニは肩をすくめて言った、ロックハウンドの横にセドリックとマミーもいる、セドリックもフォーマルに装っていて、真っ白なシャツに、マミーがあつらえたブラックの蝶ネクタイをしている
セドリックの両腕には、竜馬とジェニの子供が抱っこされ、肩にはセドリックお手製のマザーズバッグをかけている、彼の右腕にはジョージ(丈次 三歳)左腕にはアイラ(愛良 二歳)二人とも、竜馬の豊かな黒髪にジェニの茶色の目を受け継いでいる
この二人にとって、この世で一番恐ろしい存在はママで、何をしても怒らないパパとセドリックは大好きな存在だ
二人はセドリックの首に蔓のように腕をまきつけ、緊張して楽屋を檻の中のクマのようにウロウロしている自分の父親を、面白そうにじっと見つめていた
その横でハナが尻尾を振りながら、ドレッサーに無造作に置かれている、匂いのきついヘアセット用品をフンフンかたっぱしから嗅いでいる、バンッと竜馬がテーブルを叩いた
「・・・っやっぱり・・・僕には無理だよ!!おこがましいよっっ!!」
「そんなことないわよ、竜馬、あれほど練習したじゃない!」
セドリックマミーはスマホに自撮り棒を差して、竜馬を撮りながら元気づけた、マミーも今夜はおしゃれして竜馬の大学の卒業式と同じ、ライムグリーンのスーツで、同じ色の帽子にはモーニングベールが、マミーの顔を半分隠している
「んだ!竜馬のチェロ!素晴らしい」
セドリックも微笑んで言った
「そうよ!あなた!あと5分であなたのチェロコンサートが始まるわよ!補聴器の調子は?大丈夫?」
ジェニが夫に呼びかけた
「補聴器の調子は・・・バッチリだよ、でも・・・緊張して・・・」
竜馬がブルブル震える手を見つめてそう言うと、ずっと自分をスマホで撮っているマミーに神経質に叫んだ
「こんな所を撮ってもしかたがないよ、それにずっと僕を撮るのやめてよ、マミー!」
「あら!録画じゃないわよ」
ジェニもマミーの横で言った
「ライブ配信よ!」
「はぁ?どこに配信してるっていうんだ?」
。 .:・.。. .。.:・
【メビウス本社ビル1階託児所】
「来た来た!配信来た!あははは!竜馬さんタキシードじゃない!」
「楽屋みたいね?竜馬さん緊張してるみたい」
「あー!ジェニだ!ジョージとアイラちゃんもいるわ」
「ちょうどお昼休みでよかったね、こらーー!喧嘩しないのーー」
藤子と真希の後ろのお遊び広場では、藤子の子供の優紀(1歳)が真希の子供の麗華(4歳)と、馬の形のバランスボールを取り合っている
お姉さんの麗華が優紀を押しのけて、自分がバランスボールに座った、そんな麗華に勝てるわけもなく、途端に尻もちをついた藤子の長男優紀が悔しそうに泣き出す
その周りでも、多くのメビウス社員の小さい赤ちゃんが、ハイハイしたり、のたうち回っている
その中で一番お姉さんの麗華は、女王のように振舞っている、するとベビーゲートを長い足でまたいで、お遊び広場に入って来た文也が、泣いている優紀をひょいと抱き上げる、優紀はパパの腕の中でチュパチュパ親指を吸って大人しくなった
「間に合ったかな?竜ちゃんの初のチェロコンサート」
「教会が会場の、少人数の小さなコンサートだと言ってたけど、見てよ!この観客!」
藤子がタブレットを文也に見せて嬉しそうに言う
「やっぱり、あっちはすごいなぁ~日本だと、こうはいかないね」
ほぉ~~「教会のステンドグラス~~めっちゃ綺麗~~~~」
真希もうっとり、タブレットを眺めて言った
「こらっ!ダメよ!レイたん!」
その後ろでまた麗華が他の赤ちゃんを泣かせたので、真希と保育士が麗華に飛んで行った
。 .:・.。. .。.:
シン・・・と静まり返った教会の演壇に、純潔と謙遜の象徴とした白衣を身につけて、正装している牧師が立った
観客席では、ジェニとセドリック・・・そしてセドリックの膝の上には二人の子供(ジェニが抱くと嫌がる)その後ろにはスマホを二台掲げて、ライブ配信している、マミーとロックハウンドが期待に顔を輝かせて、始まるのを待っていた
「今夜は・・・私が知り得る限りで会った、大変珍しい奇跡の男性の、お話をさせてください・・・」
マイケルと言う牧師は厳かに観衆に向かって、説法をはじめた
ジェニは少し緊張を解いて、牧師の話に耳を傾けた、ロックハウンドが誰かに気付いて、椅子を横に一つずれた、するとスーツを着たアンディ・ビームスが遅れて到着した
二人は軽く拳を突き合わせて挨拶した、牧師は大きく息を吸い、静かに話し出した
「その男性は・・・悲惨にも5年前に船の爆破事故に遭遇し、屈指の大手術を試みたにもかかわらず、不幸にも全身の火傷と右耳の聴覚を失いました・・ちょうど・・・その頃私は彼と出会いました・・・」
マイケル牧師は、視線を一列目のジェニ達に向けた、ジェニもニッコリ牧師に微笑んだ
「それまでの彼の人生は・・・長いことひとつの分野に捧げられていました、それは「親友が残した事業拡大」に人生を費やすこと・・・」
牧師は続ける
「彼は信じられないぐらい気真面目な男でした、めったに微笑むことも・・・笑うこともせず、人々からは「堅物」や「鬼の首切り屋」と呼ばれ、ただ、ただ、事業の利益を求め、それを正義とし、生きてきました・・・・」
シ・・・ンとした教会のホールに、牧師の声だけが響く、背筋がすっと伸びていて切り詰めた矢のようだ
「ハクチュンッ」とジョージがくしゃみをした、アイラがじっと兄を見つめ、すかさずセドリックがマザーズバッグから、ガーゼハンカチを取り出して、ジョージの垂れた鼻水を拭いた
「しかし事故後・・・なんと神は聴覚を失った彼に、音楽の才能を授けてくださったのです、ご自身のリハビリで始めたチェロ演奏が、これほど多くの皆さんに支持されるなんて彼は思っても見なかったと言っています、彼は事業を引退し・・・ここシカゴで、小さな不動産業を営みながら、美しい妻とお子さんに恵まれました、そして彼をとり囲む親友たちにも恵まれました」
フンッ・・・「親友とは俺たちのことだな!」
ロックハウンドが腕をくんで反り返った
「俺だな!」
アンディ・ビームスも鼻を鳴らした、牧師が慈しみの目で、ウンウンと観衆を眺める、グリーンの目はこの福音を伝える喜びでキラキラしている
「では、彼は特別な人間だったのでしょうか?映画やドラマに出てくる完璧な人間?恋愛小説になどに登場する誰もが憧れるヒーロー?」
一瞬の沈黙がひろがり、またジョージがしゃっくりをした、それをアイラが凝視する、セドリックが優しくジョージの背中をトントンする
「彼は言うでしょう「僕は奇跡の人ではありません、皆さんと同じ平凡な人間です、ただ物事は何が起こって、どう転ぶかは神のみぞ知るということを、心から実感したひとりに過ぎないと・・・」
教会のあちらこちらで、共感のため息が聞こえた
ヒソヒソ・・・『そこのカバンから充電器を取って!』
『これか?』
『思ったより話が長いわ充電しないと・・・』
『まだ演奏も始まってないぞ』
マミーとロックハウンドが、ゴソゴソやっている、牧師の説法がこんなに長いとは予想していなかったのだろう
「神は人生において・・・一つの扉を閉ざせば、もう一つの扉をお開きになります、ここにいらっしゃる皆様の中で、今は苦しみの渦中の人もいらっしゃるでしょう、そんな方を私は大勢見てきました・・・」
牧師は悲し気に息を吸った、そして凛とした声で教会中に響く声でハッキリと演説した
「しかし・・・そんな状況でも、彼のようにはなれると思います、たとえ今、誰とも何も分かち合うこともなく、孤独な状況でも、仕事や家族に煩わされていても、経済的に苦しい状況でも、体を病に蝕まれていても・・・生きることが辛いと思われていても、望んでいた扉が閉ざされ・・・ガクリと地面に膝をつき・・・「もはやこれまで・・・」と冷たい土に額を擦りつけている・・・その時に、実は神は別の扉を開いて待ってくださっています」
良く聞こえる澄んだ声だった・・・とても説得力があった、誰しもが自分に当てはまる事例を言われ、中には涙する人もいた
「よく周りをご覧下さい、すぐあなたの近くに・・・神の扉は開かれている、それを私達は「希望」と呼びます・・・たとえ「今の私には希望も何もない」とみすぼらしい姿を必死で隠そうとしていても、必ず神は別の扉を開いて待っていてくださいます・・・今はその扉は見えなくても、その時期、相応に気付く時が来るのです」
牧師は両手を宙にかざした、まるでそこに大いなる神がいるかのように
ボソッ・・・『長げぇぞ!』
『シッ』
痺れを切らすロック・ハウンドをマミーが諫める、マイケル牧師が語る
「私は神にこう語ります・・・どうか皆さんがが踏み出す一歩を、神がお守りくださいますように、皆さんの行く道を、神が開いてくださいますように・・・皆さんの行く手の障害物を、神が取り除いてくださいますように・・・そして神が皆さんの傍に寄り添い、より良い人生の案内役になってくださいますように・・・」
ジェニは牧師の言葉にジーンと心を打たれて涙した、日本にいた頃は・・・とにかくがむしゃらに働いて、こういう風に心を虚しくして・・・大いなるものに自分や他人の幸福を願うことなどなかった
それに地域の集まりや、人とのつながりを設けようとも思っていなかった、ただひたすら働いて・・・自分のために生きていた・・・それが当たり前だと思っていたし、みんなそうしていた
この街にやってきて、変わったこととすれば、多くの与えられたものに感謝できる心だ、ジェニは住民のほとんどがキリスト教徒のこの街に来て、物理的に不便だなと思うことがあっても、なによりおおらかで、心が豊かになれたことに感謝した
さらに夫である竜馬が入院中に、隣のベッドで寝ていた、ここの牧師マイケルと偶然仲良くなれたことにも感謝した、歳が近い二人は、手術後のリハビリを受けながら、有り余る入院生活の時間の中で、お互いの事を沢山話した
そして竜馬がリハビリで始めたチェロ演奏をマイケルがとても気に入り、初めてのコンサートを、ぜひうちの聖パトリック教会で開いてほしいと懇願されたのだった
ジェニもセドリックも泣いていた、マミーは配信しながらハンカチを目に当ててボロ泣きだ、横のロックハウンドも目を瞬きながら、マミーのスマホで必死に撮っている、アンディー・ビームスは剥げかけた頭を「まいった」とばかりに撫でつけている、感動に顔を赤くしている
「それでは・・・今宵、希望を見出した素晴らしい奇跡の人をお呼びしましょう・・・そして私達は彼に奇跡を感じるでしょう」
牧師の演説が終わり・・・盛大な拍手と共に竜馬が中央に出て来た
そして、あらかじめ設置している大きなチェロをまたぎ、演奏体制に入った・・・竜馬はピアノの伴奏に合わせて「アベマリア」をゆっくり弾き出した
演奏のほとんど彼は目を閉じ・・・楽器に集中し、指がチェロの弦の上を飛ぶように動き、清らな音を奏でる
艶やかな黒いロングかかった髪が、彼が頭を動かすたびに揺れる・・・教会で彼の弾くそのメロディは、どこか神聖なものに触れた気がし・・・教会中を包んだ
。 .:・.。. .。.:・
【メビウス本社ビル1階 託児所】
ボロボロ文也が、配信の竜馬の弾くチェロ演奏をみて泣いていた
グスッ・・・・「泣き過ぎよぉ~・・・文也君」
藤子がさっとハンカチを渡した、そういう藤子も目が真っ赤だ
グスッ・・「ちょっと・・・・失礼します・・」
真希がスマホを片手に、そしてもう片腕には生まれたての宗一郎と真希の子供(琴美 4か月)を抱いてる、琴美はおっぱいが欲しくて下唇をおっぱいを飲むように、チュバチュバ動かしている
真希は、お遊び広場の奥の授乳室に泣きながら入って行った、その後を麗華が走ってついていく
「・・・この配信・・・・録画してる?家でも見たいんだ」
「もちろんよ」
子供用のテーブルの上にタブレットを掲げて文也が言った、胡坐をかいた膝の上には、親指を加えた優紀が眠っている
「竜馬さん・・・素晴らしいわ・・・」
藤子がそっと文也の肩に頬を寄せて言う
「うん・・・さっきの牧師様の話じゃないけど・・・竜ちゃんはまさに奇跡なんだな」
二人はタブレッドの音量を上げ・遠く海を越えた場所からの竜馬のチェロ演奏を聞き入った
。 .:・.。. .。.:・
【メビウス本社ビル社長室】
宗一郎はそっと眼鏡を社長デスクに置き、片手で目頭を押さえた
デスク横のスタンドに立てかけてあるスマホからは、竜馬の弾く美しいアベマリアが部屋中に響き渡っている
宗一郎は目を瞬き、ハァ・・・とため息をついて立ち上がり、ゆっくりと窓辺に向かって歩いていった
その顔は親友が新たな道を開き、幸福に暮らしている事に安堵している、満足げな顔だった
両ポケットに手を入れ、じっと窓辺に立ち、スマホから流れてくるアベマリアを聞き入り、宗一郎は空を見上げた
空はどこまでもつながっていた
。 .:・.。. .。.:・
竜馬は最後の演奏を弾き終わると、会場はシ・・・ンと静まり返った
そして、アベマリアに続き、荘厳な曲を4曲弾き終えた
すっかり自分の世界に入り込んでいたので、演奏が終わっても、竜馬は暫く額をチェロの淵にのせて余韻を楽しんだ、そして沸き起こった拍手に驚いて目を開けた
みると全員がステンディングオベーションで竜馬に称賛の笑顔を向けていた、竜馬は慌てて照れくさそうににっこり笑って立ち上がり、四方八方にお辞儀をした
「素晴らしいわ!!」
ジェニは涙を流して立ち上がった
「ここに世界最高のチェリスト(チェロ演奏者)が誕生したわ!!」
誰かれなく腕をつかんで、そう叫びまくっていた
。 .:・.。. .。.:・
アハハハ・・・「大袈裟なんだよなぁ~・・・ジェニは、世界最高のチェリストなんてさぁ~」
竜馬は今は、セント・デルダ教会墓地で小高い丘にあるジャスティンの墓に話しかけていた、身振り手振りで嬉しそうに話し込んでいる
「しばらく手足の震えがおさまらなかったよ、もう特にジェニはあの日は興奮しちゃってさ(裏声→竜馬さん!次はワールドツアーよ!ミリオンヒットよ!)って大騒ぎだよ~たった一回知り合いの教会で弾かせてもらっただけなのにさ~」
竜馬はアハハハと一人で笑い出した、先日のコンサートの話をジャスティンにしたくてたまらない、パチンッとカバーからチェロを出して、ジャスティンの墓の横に設置する、補聴器を外してジャスティンに耳をトントンと人指し指で押さえて言う
「僕のコレさ・・・本当はジェニは絶望してたんだよ、でも僕は一回目の手術で悟ってたんだ・・・これはもう治らないなってね・・・なんかわかるだろ?直感でさ・・・ああ・・・これはもういくら治療をしてもむりだなって」
その時、竜馬はジャスティンが闘病中、竜馬に銃で撃ってくれと頼んだ時の事を思い出した、淡々とした口調で竜馬が言う
「僕はすっかり受け入れてるのにさ、ジェニはまだあきらめないんだ、あっちの病院、こっちの病院と探しているよ、この補聴器もすっごく高かったんだけど、気休めだよ」
補聴器をそっと握りしめる
「でも着けてるけどね、これを着けているとジェニが安心するみたいだから・・・でも不思議だね、チェロの音だけこっちの耳は聞こえるんだ、まるでそれ以外聞きたくないって言ってるみたいにさ」
竜馬はジャスティンの墓を見てニッコリ笑った
「牧師様の言う通り・・・僕には違う扉が開いたみたいだな・・・」
竜馬が折り畳みの椅子を設置し、チェロを腕に抱えた
「毎日8時間練習するんだ、今では体の一部なんだよ、なかったら変なんだ・・・せっかくここまで苦労して運んで来たんだ、気が済むまで付き合ってよね」
ジャスティンの墓を前にして、とても穏やかな気持ちだった
ここでは自分とジャスティンだけの素敵な世界だ、胸のつかえがとれて楽に呼吸ができる
それだけで充分だった、日の光が雲間から現れ・・・彼を温めてくれた、ミツバチが袖に止まり・・・黄色い花粉を残して飛び立った、ジャスティンの墓を囲んでいる、アイリスの花の間を、蜜蜂が飛び交っている
「さぁ・・・僕と君のコンサートの開始だ」
。 .:・.。. .。.:・
今、竜馬は緊張を解き、肩の力を抜いていた
彼がチェロを弾こうと構えの姿勢をとると・・・背後の夕日が竜馬のシャツを後光のように黄金に染めた
日は輝き・・・竜馬の揺れる髪が照らされ・・・金色の輪郭を作る
フワッと風が耳元で唸り・・・竜馬の白いシャツの裾を巻き上げる
竜馬はゆったりとフランスの作曲家サン・サーンスの名曲「白鳥」を弾いた
チェロが奏でる音楽は・・・祈りの調べにかわり大気になって・・・空へ舞い上がった
空にはカモメ達が大空を我がもの顔で羽ばたき
まるでチェロに合わせて踊るように
いつまでも啼いた
。 .:・.。.
。 .:
【完】
コメント
1件
読み終わりました……本当に、素敵なエピソードでした。牧師さんの説法が心に沁みましたね。「希望」って、そうやって目の前に開かれているものなんだなって。竜馬さんが補聴器を「ジェニが安心するから」って着けているところも、もう胸がいっぱいです。そしてラスト、ジャスティンの前で「白鳥」を弾く場面……夕日が後光みたいに映えて、空に音楽が溶けていく感じが、読んでいて目に浮かびました。いい回をありがとうございます。