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かんな
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同人誌売り場で、イソトマは愕然としていた。
「凄いですよ、イソトマ様。初日だけで千二百部です!」
「生徒の三分の一は買いに来ましたよ!」
「一人で三冊買っていく猛者もいました!」
売り子の男子たちが興奮気味に教えてくれた。
「そんなに売れたんだ」
嬉しさと怖さが同時に来た。
(前世のイベントですら、千部なんて売れたことないんですけど!)
数字が大きすぎて感覚がバグりそうだ。
「数字が大きすぎて、嬉しいという感覚しかなくなりました。僕はもう大丈夫です」
アルエが淡々と言った。表情が平坦になっている。
イソトマと同じようにバグったらしい。
「ありがとうございます。引き続き、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。売り子たちから歓喜の声が上がった。
「イソトマ様が我々に頭をお下げになったぞ」
「イソトマ様にお礼を言われたぞ」
「運気が上がるんじゃないか?」
皆の呟きがとんでもない。
悪魔イソトマの名残だ。仕方がない。
「おーい、イソトマ。昼飯に行こうぜ」
ノアルがイソトマに向かって手を上げた。
「あ、うん。今日はアルエも……あれ?」
さっきまで後ろにいたのに、どこにもいない。
「アルエは?」
「友人と昼食だそうだ。今日も俺は少し離れて付いていくが、それでいいか」
ディルクの言葉に、胸がチクリと痛んだ。
「うん、よろしく」
イソトマは、ノアルと連れ立って即売会場を出た。
昨日はセインと南側のキャラバンに入った。
今日は北側に来ている。
「北側の店は食べ物屋が多いんだ。好きな物、言えよ。何でも買ってやる」
「自分で買うよぅ」
セインもノアルもすぐに奢るとか言い出す。
子ども扱いされているようで、ちょっとムッとする。
「駄賃だと思えよ。その代わり、俺とは恋人みたいに振舞っとけ」
「え? 何で」
急にノアルの顔が近くなった。
肩を抱いた手が、腰に下りた。ドクリと体が竦む。
「北側はルシアンが目を付ける最有力の危険地帯だ。漫画もよく売れているからな。第二王子とイソトマの婚約説、噂になってもいいだろ」
「そんな、適当な。それもルシアンの作戦?」
「半分くらいな……店主、それくれ」
ノアルがチョコレートたっぷりのミニチュロスを買っている。
「半分て、何……むぐ」
口にチュロスを突っ込まれた。
「美味いか?」
「……美味しい」
「良かったな」
ノアルがにっこりと笑う。
話し方を崩しても、所作や笑い方が上品なあたり、王族だなと思う。
ノアルがイソトマを抱き寄せた。
「体は寄せとけ。大事な話はイチャついている振りして話せ」
ノアルの唇が、触れそうなほど近い。
腰を抱かれて、体がピタリとくっ付く。
「無理……こういうの、僕には無理だよ」
泣きそうな声が出た。
ルシアンとリリーが作戦のために毎日、一緒にいるのは知っている。同じことを、イソトマもしないといけないんだろうか。
(ディルクはずっと、見てるのに)
こんなにノアルとくっ付かないといけないんだろうか。
ノアルの指が伸びて来て、デコピンされた。
「いたい」
「向こうに太陽麺とかいう食べ物があるらしい。行ってみるか?」
ノアルが体を離した。代わりに、イソトマの手を握った。
「手を握るくらいなら、いいだろ」
「……うん」
額を押さえながら歩く。
(何で、変な風に距離、詰めてきたんだろ。作戦だから仕方ないのかな)
ノアルとは小さな時からよく手を繋いだ。年が一つしか違わないから、一緒にいる機会も多かった。
(いつの間に、こんなに大きくなったんだろう。筋肉ムキムキで、僕より大きい)
剣士だからムキムキなのは仕方ないとして、身長差がかなりあるのは解せない。
「ほら、イソトマ」
「え? うわぁ! これ、何?」
ホイップクリームたっぷりの飲み物を渡された。フローズンなカフェラテみたいだ。
「監視がてら、一周歩くぞ。ついでに向こうにも、俺たちを見せるんだけどな」
「うん、わかった」
普通に手を繋いで体が離れているから、文句を言う気はない。
ノアルがくれたドリンクを飲みながら、イソトマは店を眺めた。
硯や筆、壷、掛け軸など、和のテイストを持った物が多い気がする。
「この辺りのお店は、どこの国の商品を並べているの?」
「この辺は、中津公国だな。ユーリィン大陸にはいろんな国があるけど、かなり毛色が変わった国だ」
「そうなんだね」
王族のノアルは外交で関わりがあるだろうから、多くの国を知っているんだろう。そのノアルが変わっているというのだから、変わっているんだろう。
(商品の一つ一つに何となく、日本を感じる。日本から異世界転生した人が作った国なのかも)
イソトマが前世を思い出したくらいだから、同じような境遇の人がいても不思議ではない。
店先の商品を見ているだけで楽しいし、懐かしい。
気が付けば、眺めるだけで北の市を一周していた。
「そろそろ一周したけど、広い……」
流し見た露店に、とんでもないものを見付けて、イソトマは立ち止まった。
「ノアル、待って!」
ノアルの手を掴んで思いっきり引っ張る。
歩いていたノアルの体が、ぐんと後ろに仰け反った。
「おわ! どうした?」
驚くノアルに見向きもせず、イソトマはその店に近付いた。
震える足で立ち止まる。同じように震える指が、商品に伸びた。
「店主……手に取って見ても、いいですか?」
「好きにどうぞ」
愛想のない店主は煙草をくゆらせながら、素気なく答えた。
イソトマの指が、木作りの柄に掛かる。するりと撫でると、鋭い先に触れた。
ペン先は切れそうなほどに鋭い。イソトマは感嘆の溜息を漏らした。
(間違いない、Gペンだ。触るの初めてだけど、前世でネットで見たのと同じだ)
ペン先は二股に分かれて、インクを含むよう工夫されている。
羽ペンと似ているが、作りから違う。
(僕でも使えるかな。慣れるまで大変そうだけど……どうしよう、欲しい)
Gペンの近くにはインクが置いてある。セット売りというわけではないらしい。イソトマは値段を凝視した。
(高い……昨日の紙より、ずっと高い)
桁が二つ違う。イソトマは息を飲んで商品を見詰めた。
「どうした、イソトマ……え?」
微動だにしないイソトマに声を掛けたノアルが、ビクリと肩を揺らした。
イソトマは涙が溜まった目で、ノアルを振り返った。
「泣くほど欲しいのか? だったら買ってやるから」
イソトマはブンブンと首を振った。
「他の店にも、置いてあるかもだし、リサーチする」
もしかしたら、もっと安く置いている店があるかもしれない。
「Gペン扱ってんのは、ウチだけだよ。これを作れる職人と知り合いなのは、俺だけさ」
店主が、ニタリと笑った。
「そ、そんなの、確かめてみないと」
「あー……イソトマ。多分、嘘じゃないぞ。北の市、もう一周しただろ。こういうペンは他で見てないと思う」
頭の中でゴーンと重厚な鐘がなった。
目敏いノアルが言うなら本当だ。ショックすぎて立ち直れない。
(買えないわけじゃないよ。でも……Gペン、百万ジェンもするの? 異世界価格なの?)
単純に、異世界に日本の技術を持ち込んでいるから高いのだろうか。
日本のGペンの倍どころではない価格だ。桁から違う。
これをこの値段で買うのは悔しい。
(でも欲しい。ここで逃したら、二度と手に入らないかもしれない。でも悔しい。でも欲しい)
目に涙を溜めたまま悩む。
「もう買おうぜ、イソトマ」
簡単に財布を出そうとするノアルを、ビシっと止めた。
「店主、Gペンとインクセットで割引は?」
「ないね」
店主が、ツンと顔を背ける。
「インク二個なら?」
「据え置き」
愛想のない返答に、ぐぬぬと唇を噛む。
「Gペン……二本と、インク三個では!」
「……一割、引いてもいいかな」
店主が突然、デレた。
イソトマの心が、ぱぁっと晴れた。
「この値段の珍妙なペンを何本も買っていく変り者はいないからね。少しくらい、引いてやるよ」
どうやら、イソトマが可哀想になったらしい。愛想がなく見えるのに、優しい所もあるようだ。
支払いをして、商品を受け取る。
「はわわ……Gペン。僕の、宝物だ」
Gペンの入った袋を抱きしめた。
「そこまで喜んでくれりゃ、職人も冥利に尽きるだろうさ。儂も店先に並べた甲斐があったってもんだ。良い客引きになったよ」
「え?」
店主の声に弾かれて後ろを振り返る。
軽く人だかりができていた。
「イソトマ様が変わった高級ペンをお買いになったわ」
「ノアル様とお買い物かしら」
「イソトマ様、泣いていらっしゃるわ」
こそこそと聞こえてきた声に、顔が熱くなった。
隣のノアルは、涼しい顔をして人ごみに手を振っている。
「きゃー! ノアル様が手を振ってくださったわ」
「今日も麗しくていらっしゃる」
女子も男子も、ノアルのスマイルのサービスに夢中だ。
「そのペンを作った変わり者の職人の名刺、渡しておくよ。中津公国は遠いだろうが、機会があったら行ってみな。修理くらいはしてくれるよ」
店主がGペン職人の名刺をくれた。
「ありがとう……店主」
これで漫画を描くペンに困らずに済む。
感極まって泣きそうだ。
イソトマは感動を胸に店主に手を振って、店を後にした。
「良い品が買えて、良かったな」
ノアルが、イソトマの頭を撫でる。
イソトマは、ニコニコで何度も頷いた。
「最高の収穫! すごく嬉しいから、ノアルに御馳走するよ!」
ぴょんぴょん跳ねるイソトマの手を握って、ノアルが歩き出した。
「高い買い物した後だろ。俺が、奢ってやる。何が食べたい?」
「中津公国っぽい食べ物、食べよう」
「まぁ、そうだな。そういや、寿司っていうのが、向こうに出ていたな」
「うふふ、楽しいね。学園祭、楽しい」
昨日も今日も収穫があった。
日本に似た国も知れた。最高の学園祭だ。
「俺はイソトマを見ているのが、何より面白いよ」
ノアルがクスクスと笑う。
子供でも眺めるような仕草だ。ちょっと気に入らないけど、今日は気分がいいので怒らない。
「じゃ、寿司を食べに行こう」
この世界の寿司がどんなものか、見てみたい。
イソトマにとっては興味だし、ノアルにとっては珍味だろう。
「行ってみるか」
ノアルと手を繋いで北の市を廻る。
屋台で買い食いしているうちに、心もお腹も満たされた。
コメント
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うわあ、今回も楽しかったです!同人誌が千二百部も売れたの、すごいですね。イソトマ様の感覚バグる気持ち、めっちゃ分かります(笑)ノアルとのデートっぽいやり取りも、作戦とはいえドキドキしました。ディルクが見てるのにって悩むイソトマの心情、切ない……。そしてGペン!あの値段で交渉して割引引き出すの、イソトマの執念が光ってました。中津公国の存在も気になるし、次の展開が待ち遠しいです!