テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後、思っていたより空が暗かった。
帰ろうと昇降口を出た瞬間、
肌に触れたのは冷たい湿気と、視界を包む霧。
「……濃いな」
誰に言うでもない言葉が、白い息になって消える。
街灯の光も、道の先も、輪郭がぼやけている。
足元に気をつけながら、歩道をゆっくりと進む。
誰かの足音も、車の音も聞こえない。
すべてが、やわらかく遮られていた。
この静けさが、嫌いじゃなかった。
むしろ、少し落ち着いた。
今日一日の喧騒や、曖昧な気持ちを全部、
この霧がやさしく包んでくれているような気がした。
信号も、店の看板も、いつもより遠く感じる。
まるで、夢の中を歩いているようだった。
(この感じ……)
ふと、夢で見た風景が重なる。
白くかすんだ空気。
ぼんやりと浮かぶ菫の花。
揺れて、揺れて――何も言わずに、そこにいた“あの子”。
もう、顔も思い出せない。
名前すら、最初から知らなかった気がする。
でも、この霧の中にその気配がいる気がして、
つい、立ち止まってしまった。
誰もいないはずの交差点。
ゆらり、と空気が揺れた気がした。
まるで、誰かがすぐ背後を通ったような――そんな錯覚。
「……いるわけ、ないか」
声がまた、霧に溶ける。
何も起きない。
でも、何かが近くを通りすぎたような気がした。
それだけで、少しだけ息が深くなった。
また一歩、ゆっくりと前に出る。
歩くたびに、靴の音が霧の中へ吸い込まれていく。
そのまま、帰り道を歩き続けた。
ずっと、静かで、何もなかった。
けれど――確かに、何かを感じていた。