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第一章 殺人契約

「今日はみんなに大事な話がある」

憂鬱な月曜日。事件というものは、大抵なんでもないそんな日に起こる。チャイムが鳴ってロングホームルームが始まるのほとんど同時に、担任の上薗俊平はだるそうに言った。何かめんどくさいことでもあるのだろうか。俺のその予想は的中してしまった。上薗が教師らしくしている日は、ろくなことがない。

「入ってきなさい」

 戸が開く。みんなの注目が一点に集まっていることがわかる。凛とした雰囲気の女が、俺たちの前に現れた。いかにも金持ちそうなお嬢様に見える。教室はうるさくなった。上薗は「静かに」と俺らを一喝すると、女の方を見て頷いた。それを見た女の口が開いた。

「初めまして。私、天野沙華っていいます!父の仕事の都合で双葉女子学院から転校して来ました。私、卒業までに山村和磨くんを殺します!よろしくお願いします!」

 俺を殺す?教室はより一層騒然とした。上薗も唖然としている。みんなの目線は、一瞬にして俺に集まった。咲口が俺を嘲笑うようにみている。みんなの理想の青春が、今ここに自分からやってきたのに、そいつはいきなり俺を名指し、それどころか殺したいだなんてふざけたことを言ったのだ。

「殺したいってなんで?」

クラスの誰かがそう聞く。彼女は微笑むと、真面目な顔で言った。

「そうねー、彼は私の脳を奪ったの。もちろん、恋とかじゃないのよ」

 クラスがどっと沸く。彼女のジョークはウケた。天野が変わった面白いやつだ、そういう雰囲気はすぐに生まれた。俺にとっては殺されると言われたのだ。少しも面白くない。集まる視線の中、彼女はとても落ち着いた様子で上薗に指示された席に座った。彼女の席、それはなぜか俺の隣だった。

「おい、和磨、お前ずりーぞ」

そんな声が聞こえる。俺はこんなこと望んでいない。そもそも俺はこんなやつすら知らない。

「久しぶり、和磨くん」

「あ、ああ。よろしく」

転校初日から名前を知られている。やはりどこかで会ったのだろうか。彼女の顔を直視できなかった俺は、窓から庭木を剪定する用務員を見つめていることしかできなかった。

          *

「和磨、何だあの子は。お前を殺すだなんて、変わった奴だな。まぁ、可愛いからなんでもいいけど」

木陰のベンチで、雄介は購買の焼きそばパンを頬張りながら言った。話に熱が入り、こちらまで蒸し暑く思える。

「こんな島に家族で越してくるなんて珍しいよな」

俺は科学雑誌を読みながら話半分に答えた。大人気の転校生と関わるなんて、これ以上に面倒臭いことはない。それに彼女だけが俺を知っているなんて、もっと面倒だ。

「おいおい、白々しいなぁ。あんなかわいい知り合いいるのに黙ってたなんて、みんな怒ってるぞ。胸もでかいし」

胸、確かにそれは興味があるが、そんな理由で殺人未遂犯と関わるのはなんだかなんか癪だ。俺には、この人類の歴史特集があるし。

「そうかぁ。でもまぁ俺には隣のクラスの由美ちゃんがいるからなあ」

雄介はなぜだか残念そうにそう言うと少し伸びをして笑った。

「こないだ振られたばっかだろ、お前ストーカーかよ」

俺はやっと顔を上げ雄介を見ると、そうからかった。本当に一途なのか、こいつはなんなんだろう。

「んなことはかんけーねぇよ。俺はまだ好きなんだからさ」

雄介はベンチを立って空に手を伸ばし、力強く手のひらを握った。ここまで真面目なバカを俺は知らない。いや、俺より成績はずっといいけれど。

「ふーん」

俺のその言葉とほぼ同時に、雄介は何かを思い出したように頭を掻いた。本当に勝手なやつだ。だけど、同時にどこか羨ましいと思っている自分もいた。

「俺、俊と約束あるからもう行くな」

「あぁ」

俺はどっと疲れて、なんとなく空を見上げた。

「空に何かあるの?」

耳元でしたその声に、俺は振り向いた。そこには隣の席のあの女の姿があった。まだ前の学校の制服のようで、セーラー服の赤いラインがよく目立っている。

「和磨くん、隣いい?」

「ああ」

断ろうにも、それも面倒だった。話さなければ帰ってくれる、そう思った俺は、放っておこうと決めた。クラスのやつから嫌われるより、一人から嫌われた方がマシだ。俺は雑誌を大袈裟に開き、一人でぶつぶつ言いながら天野が帰るのを待つことにした。

彼女は、僕の隣に腰を下ろすと、読んでいた雑誌を覗き見た。

「ねぇ、それって科学雑誌の『月刊オリエント』でしょ?和磨くんってそういうの好きなの?」

「まぁ……」

こんなものに興味がある人間はそう多くないだろう、そう思っていた俺にとって、その言葉は意外で新鮮だった。

「珍しいな、こんなものに興味があるなんて」

興味に負けた俺は、天野にそう尋ねた。

「実はねー、私もそういうの好きなの。昔、教えてもらったことがあってね」

彼女はそう言ってニコッと笑った。関わらないって決めていたのに、なぜか俺の口元はいうことを聞いてくれない。

「最近は、編集者が変わったのか、あまり参考にならないけどな。まぁこれだったら、知り合いの機械を直してる方がよっぽど勉強にる」

 気がついた時にはそんなことまで口走っていた。いつもはこんなこと伸司くらいにしか話さないのになんて思いながら、心配そうに天野の顔を伺った。好きっ」て言っても、そんなに詳しくないのかもしれない。実際、伸司も話を聞いてはくれるが、半分くらいはポカンとしている。

 しかし、天野は俺の予想とは裏腹に楽しそうに、何かに納得したように微笑んでいただけだった。

「あの時から詳しいよね」

天野はそう言ってまた記事を覗き込んだ。顔が近い。あの時?何を言っているんだこの子は。

「天野、だっけ?お前と俺がいつどこで知り合ったっていうんだ」

天野は、俺のその言葉に少し考えたそぶりを見せると、言った。

「三万年前だっけ?」

もう覚えてないや、天野はそう言いながら苦笑いした。こいつは大丈夫なのだろうか。つまりこいつを信じたとして、もう三万年も生きているのか?ギャグであったとしても面白くなさすぎる。ただのアホか、狂人だとしか思えない。唖然とする俺をよそに天野は言葉を続けた。

「ねえ、生きるって素敵だと思わない?」

時間が止まったように感じた。

「俺はそうは思わない。だげど、今生きれてるだけでもすごいことだとは思うよ」

俺はそう言う。その言葉に彼女も頷く。

「そうね、明日生きてるとは限らないものね。私が殺しちゃうかもしれないし」

彼女は冗談だとは思えないほどに真面目な様子で、俺にそう言った。そもそもこんなタイプの人間がどうしてこの高校に転入できたんだ?こんなやつに出会う時点で、俺の人生が素敵なわけがないだろう。少しでも心を許した俺が馬鹿だった。それにこいつといると、本当に命がなくなってしまいそうだ。

「俺、用事思い出したわ」

 俺は逃げるようにその場をさった。

           * 

 昨日、俺の靴箱に時限爆弾が仕掛けられた。朝から警察の爆発物処理班が学校に入り、かなりの騒動となった。仕掛けた犯人は、今も逃亡中だ。いくら天野が狂っていても、まさかそこまでだとは誰も信じなかった。でも確かに一昨日、俺に明日殺すと言ったんだ。しかし全く証拠は見つからない。防犯カメラも全て動かなくなっていた。警備会社にも連絡はいっていないそうである。そして爆弾も、警察の解析によって、偽物であることがわかった。

 その日中、天野にはなんのお咎めもなかった。今もそうだが、隣の席で何もなかったかのようにこちらに微笑んでいただけだ。この騒動で、クラスの宮﨑さんはなぜだか俺以上に衝撃を受けたようで今日は学校を休んだ。

 今朝、俺らは朝礼で校長から犯人が見つからないこと、生徒の安全が脅かされたことを謝罪された。地方テレビや新聞記者も来ている始末だった。

「なぁ天野、あの爆弾事件ってお前だろ?」

次は体育だ。みんなが移動したのを見計らった俺は、少し呆れながらも威圧しないように天野にそう尋ねた。

「そうよ」

彼女は何も動揺せず、ただ微笑んでそう言った。

こんなことを言われれば驚かなければならないはずなのに、俺はなんだか無性に安心した。

「そうよ、じゃないだろ。一億歩譲って俺はいいとして、宮﨑さん来れなくなっちまったじゃねぇーか」

「ごめん」

天野は少し考えるそぶりを見せて、小さくそう呟いた。納得がいかない様子である。俺はこいつがなんだか幼い子供のように思えた。前の学校はいわゆる超進学校で、そんな中でも成績は全て一位だったと聞く。まるで相反するその姿が不思議に思える。

「なぁ天野、俺はさ、命は惜しくないんだ」

天野は悲しそうな顔をした。少し俯いている。

「なんで、そんなことを言うの?命は大切にするべきよ」

天野は少し声を張って涙を流しながら言った。殺人未遂犯とは思えない言動に俺は頭が痛い。

「なぜ殺人未遂犯に命の大切さを教わらなきゃならないんだ」

「あなたの命は大切にすべきものだからよ。だから私も大切に殺すの」

「お前、正気か?」

「至って正常、冷静よ」

本当に狂っている。命を大切にする人間が、人を殺す?そんな馬鹿げた話がどこにあるんだ。

「私はあなたに自分を大切にして欲しいのよ」

そうしたところで、俺を殺すんだろ?

「俺は、お前に殺されたくはない」

「そう。ならいいけれど」

彼女は納得したようで、また微笑んだ。

「なぁ、一つルールを決めないか」

「ルール?」

「あぁ、お前は俺を殺したい、俺は殺されたくはない。そうだろ?」

俺はそう吐き捨てた。宮﨑さんのような第三者の被害者が出ればそれこそ大問題だ。俺の命はそんなに惜しくないし、その方がうまくいく気がした。

「うん、そうね」

天野も髪をいじりながらそう答える。

「もし、卒業までにお前が俺を殺せなかったら、俺にお前のおっぱいを揉ませてくれ」

少しの沈黙が走る。少し時間をおいて天野の頬が赤くなっていくのがわかった。こいつ、まさか恥ずかしがっているのか。俺からすれば初日の挨拶の方がよっぽど恥ずかしい。全て事実なのだとしてもだ。

「どうだ?」

「どうって…変態なのね、和磨くん」

変態、殺人未遂に比べれば痴漢で捕まった方がマシだ。

「いいわ。わかったわよ」

「それと、」

「まだ何かあるの?」

天野は俺の顔を見た。こう見てみると顔だけは美少女なんだが。あぁ、こんなに性格が惜しい奴がいるだろうか。もっと普通のやつなら今の百倍はモテているだろう。

「直接会っている時しか殺しちゃダメだ。他の人から見られてもいけない」

「わかったわ」

彼女は静かに頷いてそう言った。

          *

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