テラーノベル
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不破湊は、冷たい床に横たわっていた。
いつの間にか、男は消えていて、不破湊は気絶していたようだった。
荒く乱れた呼吸が、まだ収まらない。胸の奥からこみ上げてくる熱と痺れは、初めて味わったものだった。身体が自分のものではないみたいに、力が入らず、ただ小さく震えている。
不破湊「……これ、なに……」
声が掠れていた。何が起きたのか、正確には理解できない。さっき起きた出来事も、思い出そうとしても記憶がぼんやりしていた。
ただ確かに“何か”を失ったことだけは、本能で分かってしまう。
羽を広げようとした瞬間、ざわり、と背中を走る感覚に、不破湊は目を見開いた。
真っ白だった羽根の一部が、墨を垂らしたようにじわりと黒く染まっていく。
不破湊「やだ……どうして……!」
必死に理解しようとしているが、そのあいだも黒は止まらず、広がっていく。
白と黒が混ざり合う羽は痛々しくて、見るだけで胸が締めつけられた。
身体に残る甘い痺れが、罪の証のように感じられる。不破湊は震える指先で床を掴み、涙をぽろぽろと零した。
不破湊「……ぼく、もう……天使じゃ、ない……?」
天界で幾千年守ってきたもの。純粋であること、穢れを知らないこと、それが自分の存在そのものだった。
それを失った瞬間、羽が黒く染まっていく。抗えない現実が、不破湊を押し潰す。
ふと、耳の奥で誰かの声がしたように感じた。
───もう戻れない。
そんな幻聴に怯えて、不破湊は声を押し殺して泣いた。
倉庫の隅、月明かりに照らされたその姿は、ただ無防備で脆い。
まだ熱を帯びた身体は、自分でも知らなかった甘さを覚えていて、それが余計に惨めで、どうしようもなかった。
不破湊「……ごめんなさい……」
誰に謝っているのか、自分でも分からない。天界に?自分に?それとも───。
涙に濡れた睫毛を震わせ、不破湊は黒く染まりきった羽を抱きしめた。
そして、その夜。
天使としての不破湊は確かに終わり、ひとりの“堕ちた存在”が生まれてしまった。
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