「この状況で……お前らだったらどうする……? 」
真剣な顔で東京が俺たちに言った。
1868年、祖国様から首都に任命された東京。それから東京は常に首都という名を、たった一人で背負ってきた。他の都道府県に頼ることは滅多になく、自分で物事を解決させていた。
“俺は首都なんだ。俺がやらなきゃダメなんだ”
そう言っていつも頼りたがらなかった。 (噂によると京都には時々先輩として相談していたらしいが)
そんな東京が今、俺たちに助けを求めている。
京都でも大坂でも愛知でも、七大都市でもない、俺たちに。
それだけ東京は追い詰められているのだ。
ポツダム宣言を受諾するかしないか。
その一つの決断にどれだけ東京は苦しめられてきたのだろう。目元に深いクマを作った東京の顔を見れば、その苦しみが痛いほど千葉に伝わってきた。
力になりたい。同じ祖国様に使える都道府県として、この問題を一緒に抱えたい。
俺は埼玉と目を合わせた。同じく埼玉も俺に目を合わる。そして、コクりと頷いた。どうやら埼玉も同じことを考えていたようだ。
「……もし、俺が……東京だったら……」
「俺は……」
ここまで言って千葉はふと口を閉ざした。言葉に詰まってしまったのだ。埼玉が横目で俺を見た。「どうした?」そう言いたげな目だった。今から言うことは、さらに東京を苦しめてしまうのでは ないか。 そんな不安が頭を過ぎったのだ。思わず視線を地面に落とす。固く歯を食いしばった。
東京の力になりたい。俺の意見を伝えて少しでも東京を楽にしてやりたい。そう決断して声をだしたのに。次から次へと不安が込み上げてくる。
どうしよう。
そう思ったのも束の間、千葉の冷たく震えた指先に、暖かいものがふんわり触れた。
(埼玉……)
埼玉は俺の手をぎゅっと握った。
(大丈夫……東京はそんなに弱くない……)
(千葉の思うことをそのまま言え……)
(絶対に……大丈夫だから……)
そう暖かい手を通して伝わってきたような気がした。そして俺はもう一度勇気を振り絞り、声をだした。
「俺だったら……ポツダム宣言を受諾するかな……」
「……!」
「祖国様がどのような扱いを受けるかわから
ない……。」
「確かにそれは、この宣言には明確な
記載がない不明瞭な点であり、厳しい処罰を
受けないとは言い切れない。」
「……しかし、裏を返せばこのことについても不 明瞭だということ。」
「祖国様が厳しい処罰を受けるということもまた、言いきれないと思うんだ。」
「!」
「それに、俺は祖国様ならこう言うと思う。」
「“私の事は気にするな。私のことよりも、お前たちや国民を優先しろ”……と。」
「これについては俺も同意。」
「今千葉が言っている事は、祖国様が望んでいるものだと思う。」
そう言って埼玉は俺の手から優しく離れる。
ありがとう。そう思うと同時に俺は東京へ目を向ける。目を見開いていた東京は、一気に表情を緩めた。
「そうか……」
東京が言った次の瞬間。ここにいる三人声とは違う低く、冷たい声が響き渡った。
「……おい。」
「今、何の話をしていた?」
「ッ……神奈川ッ……!」
冷たい空気が部屋全体を覆う。
千葉が悲鳴混じりの声で青年の名前を呼んだ。
神奈川と呼ばれた青年は部屋にコツコツと、ゆっくりとした足取りで入っていく。
首元にまできっちりと締められた、きらりと輝く金色のボタン。肩につけられた。それらを目立たせるかのような純白の衣装。……そして腰にさしてある鈍く黒光りする軍刀。
千葉と同じ服装をしている神奈川は、まさしく旭日旗を大海に靡かせる大日本帝国海軍であった。
「何の話をしていたかと聞いているんだ。」
東京を含めた三県は沈黙を続ける。
千葉は神奈川を警戒し、埼玉はゆっくりと神奈川に視線を向け、東京は静かに神奈川を見つめた。
二県一都に緊張が走る。何故か。それは
神奈川は終戦反対唱える、大日本帝国最強の海軍航空隊だからだ。
「まさか、ポツダム宣言を受諾するという馬鹿げた事を話していたんじゃないだろうな?」
「……そのまさかだ。」
「正気か?東京。」
「祖国様がどのような扱いを受けてもいいのか」
「……」
「お前、そのことも含めて今の発言をしているのか?」
「祖国様が酷い扱いを受けるとは限らない。この宣言を黙殺する事は今このまま戦争を続け、我が国の壊滅の道を歩むだけだ。」
千葉が神奈川を諭すように反論する。それに神奈川も答える。
「相手はあの米国だぞ。祖国様に情けの感情などないだろう。」
「このままポツダム宣言を受諾して、降伏を宣言すれば、確実に米国からの占領をうけ、祖国様は殺される。」
「お前らはそれを望むんだな?」
神奈川は千葉、埼玉、そして東京の順で睨みつけた。またもや沈黙が降り注ぐ。何も答えることができなかった。祖国様がどのような扱いを受けてもいい、そんなことは絶対に思わない。
だからこそ神奈川の言っていることも一理あり、否定しきれないのだ。
「お前らはアメリカに一矢報いず無様に降伏するんだな?」
そう言い残し、神奈川は部屋を去っていった。
千葉と埼玉は東京へ振り返る。
「……どうする?東京。」
「……ポツダム宣言を受諾する。」
「……いいの」
「終戦反対を唱える県は神奈川だけじゃなくて、他にもいるって情報もあるけど……」
「ああ。大丈夫だ。」
「先程千葉も言っていたが、このまま進めばこの国は確実に壊滅する。」
「これ以上の犠牲は出したくない。」
「やむを得ないさ」
そういって東京はポツダム宣言を発表する準備を始めた。埼玉はその東京の姿を見て
「行こう、千葉。」
と言って神奈川が去っていた扉に歩んで行く。
その後ろ姿を眺めたあと、急ぎ足で千葉も後ろについて行く。
ポツダム宣言は受諾して正解だったのか─。
そう思うのと同時に妙な胸騒ぎがするのだった。
真夏のむしっとした湿度の高い廊下を、神奈川はただ一人歩いていた。重く大きな扉を開けると、空高く昇る入道雲が堂々と立ちはだかっていた。
そして神奈川は外へ出て、歩き出す。
自身の有する大日本帝国最強の海軍航空隊。
厚木航空基地へ─。
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はいはいやってきました補足&豆知識コーナー!
今回初登場した神奈川さん。そして最後に記載しました、厚木航空基地。厚木航空基地は第二次世界大戦中に神奈川県に存在した旧日本海軍の航空基地です!かつては大日本帝国最強と呼ばれた海軍航空隊だったとか……!(かっこいい)
そして厚木は終戦時、終戦反対の反乱の総本山となっていたんです。(そこの偉い人が反対してたらしいです)
実は終戦反対は厚木以外にも日本各地で唱えられていたみたいです。宮城事件なんかも代表的です。映画「日本で一番長い日」はその辺の事例を取り扱った映画みたいなのでおすすめです!(まだ見てない)
でもだからと言って、終戦反対を唱えた人や指導者、神奈川さんを責めないでくださいね!?
どちらもこの日本を守るために全力を尽くした人ですから。
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