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第一話 桜の下で君は笑った
―中編―
始業式が終わり、一時間目はホームルームだった。
新しい担任が黒板に大きく名前を書く。
「今日から一年間、みんなの担任になります。よろしく。」
教室のあちこちから拍手が起こる。
担任は自己紹介を終えると、名簿を開いた。
「じゃあ、一人ずつ自己紹介をしてもらおうかな。」
その一言で、教室が少しざわつく。
「えー、自己紹介?」
「何話せばいいの?」
小さな笑い声が広がる。
湊は心の中で小さくため息をついた。
こういう時間は苦手だった。
自分のことを話すのも、
人前で話すのも得意ではない。
順番は前の席から。
部活や趣味を話す人。
笑いを取りにいく人。
緊張で言葉に詰まる人。
一人ひとりの個性が
少しずつ教室に溶け込んでいく。
やがて、教室の前に一人の女子生徒が立った。
「朝比奈紬です。」
さっき、教室へ駆け込んできた少女だった。
教室が自然と静かになる。
「趣味は……音楽を聴くことと、本を読むことです。」
少し考えてから続ける。
「あと、最近は散歩も好きです。」
「休みの日は、知らない道を歩いたりしています。」
その言葉に、
教室から「へぇー」という声が上がる。
紬は少し照れくさそうに笑った。
「一年間、よろしくお願いします。」
短い自己紹介だった。
でも、その笑顔につられて、
教室の空気まで柔らかくなる。
湊は思った。
――不思議な人だ。
話していることは特別じゃない。
なのに、目が離せない。
その笑顔には、人を安心させる力があった。
*
「次、神崎。」
名前を呼ばれ、湊はゆっくり立ち上がる。
三十人以上の視線が一斉に集まる。
胸の奥が少しだけ苦しくなる。
「……神崎湊です。」
教室は静かだった。
「趣味は写真を撮ることです。」
それだけ言って止まる。
何を話せばいいのか分からない。
「よろしくお願いします。」
小さく頭を下げ、自分の席へ戻る。
教室の後ろから誰かが笑った。
「短っ。」
その一言に、教室中が笑いに包まれる。
湊は少しだけ耳が熱くなった。
そのときだった。
「私は好きだけどな。」
ぽつり、と誰かが言った。
湊は顔を上げる。
紬だった。
「え?」
周りの何人かも紬を見る。
紬は少し慌てたように笑う。
「なんか、そのままで神崎くんらしいなって思って。」
教室にまた笑いが広がる。
今度は、さっきとは違う温かい笑いだった。
湊は少しだけ肩の力が抜けた。
*
ホームルームが終わると、休み時間になった。
椅子を引く音。
友達の席へ集まる生徒たち。
教室は一気ににぎやかになる。
湊は窓の外を見た。
校庭の桜が風に揺れている。
その景色に手を伸ばすように、
スマートフォンを取り出した。
ガラス越しに春を切り取る。
カシャッ。
その瞬間だった。
「やっぱり写真、好きなんだね。」
すぐ隣から声がした。
驚いて振り向く。
そこには紬が立っていた。
教室の窓から差し込む春の光が、
彼女の髪をやわらかく照らしている。
「さっき自己紹介で言ってたから。」
そう言って笑う。
「どんな写真を撮るの?」
湊は少しためらいながら、
スマートフォンを差し出した。
画面には、今撮ったばかりの桜。
青空を背景に、風に舞う花びら。
ただ、それだけの写真。
紬は画面を見つめたまま、小さく息をのんだ。
その表情は、
お世辞を言おうとしている人の顔じゃなかった。
何かを見つけた人の顔だった。
静かな時間が流れる。
教室の騒がしさが、少しだけ遠く感じた。
紬はゆっくりと顔を上げる。
そして、春の日差しみたいに優しく笑った。
「……その写真、すごく好き。」
その一言に、湊の時間は止まった。
今まで誰にも言われたことのない言葉だった。
きれい。
上手。
そんな言葉なら、何度か聞いたことがある。
でも――
「好き」。
その言葉だけは、初めてだった。
窓の外で、春風が吹く。
桜の花びらが教室へ舞い込み、
二人の間をゆっくりと横切っていった。
湊は知らなかった。
この何気ない一言を、
何年経っても忘れられなくなることを。
そして、この日から、
自分の撮る写真が少しずつ変わっていくことを。
M.S
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#オリジナル
芽花林檎
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コメント
4件

私もコメントしてもらえてすごく嬉しかったのでお返しです〜! あ、ほんとですか!?ならよかったです! ちょっとした部分からもこの物語の雰囲気を感じてもらえたら良いなと思って入れて見たんですけど、 そこが効いてたならほんとに良かったです! はい!ーありがとうございます!これからその写真も変化していくのでお楽しみにー!
寺島あおいです🌷 第4話、読みました。 自己紹介で短く終わった湊くんを笑う空気に、紬さんが「私は好きだけどな」とさらりと言ったシーン、すごく素敵でした。あの一言で教室の笑いが温かいものに変わった描写が鮮やかで。 最後の、湊くんの撮った桜の写真を見て「すごく好き」と伝える紬さんの言葉、胸にじんわりきました。「きれい」じゃなくて「好き」と言ってもらえたことの特別さが、湊くんの心と一緒に伝わってきて。この先、彼の写真がどう変わっていくのか、とても楽しみです🌸