マーガレットさんに連れられていったのは、いくつものお店が軒を連ねる場所。
ざっと見た感じでは、食材を扱っているお店が多いようだ。街中の商店街、っていう感じかな?
「へー、こっちは来たことが無かったですね」
「わたしも最近は来ませんね。
昔はこの辺りもちょくちょく来ていたのですが……」
「エミリーさんは、買い出しに来ていたんです?」
「いえ、大聖堂のお仕事です。
様子伺いというか、ルーンセラフィス教を身近に感じて頂く活動と言いますか」
なるほど、宗教の勧誘……みたいのではなくて、日々親しんでもらうために顔を出している、ということかな?
「いろいろ仕事があるものですね。
さて、それではマーガレット先輩。いつもの魚屋さんにお願いします」
「はい! それではこちらです。
えぇっと、このお店の隣の隣……ですね」
「おや、案外近いですね」
少し歩くと、魚屋さんはすぐのところにあった。
「それよりもアイナさ……いえ、アンさん。
私に対して敬語というのはちょっと……」
「え? 先輩ですし、当然じゃないですか」
「あうあう……。あの、何と言うか、居心地が悪いと言いますか……」
ここまできたらやりきった方が良いかな、ということで敬語にしてみたんだけど――
……よくよく考えてみれば、上司が突然敬語で話してきたらやっぱり嫌か。
「でもメイドさんの中だと、クラリスさんを含めて全員敬語ですよね?
私からエミリアさんは敬語だし、エミリアさんとマーガレットさんは敬語同士だし」
「アンさん! 私はエミリーです!」
「……ああ、すいません。エミリーさんもノリノリですね」
「わ、分かりました……。それではメイド姿の今だけ、そういうことで……。
それでは早く買って、早く帰りましょう!」
「分かりました、それではお店に入りますか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へい、らっしゃい! おお、マーガレットちゃん、今日もご苦労様!」
私たちが魚屋さんに入ると、威勢の良いおじさんが声を掛けてきた。
「おはようございます! お魚を買いに来ました!」
「ありがとよ! 今日も新鮮なのが入ってるぜ!
……って、おや? そっちの二人は新人かい?」
「あ、はい。えーっと、新人のアンさんとエミリーさんです」
「そうか、マーガレットちゃんの屋敷の主人は錬金術師なんだよな。
話によれば凄い錬金術師だっていうんだから、そりゃあ使用人の数も増えるってものだよなぁ。
アンちゃんとエミリーちゃんも、マーガレットちゃんを見習って早く一人前になるんだぞ!」
「「はい!」」
「あ、あはは……」
マーガレットさんは何とも答えにくいように愛想笑いをしていた。
私とエミリアさんは悪ノリのような感じで、ついつい話に乗っかってしまう。
「それで、今日は何の魚だい?」
「そうですね、今日の献立は――少し置いておいて……。
アンさん、何の魚をお探しですか?」
「えーっと……ニシンって魚なんですけど、ありますか?」
「はいよ、何匹だい?」
あ、あるんだ。
指し示されたところを見ると、確かに私の知っているような魚が置いてあった。
名前を隠されたら、当てることはできない程度の記憶だけど。
それにしても、素材としては量はどれくらい要るんだろう?
とりあえず、いつもの感じで――
「あるだけもらっても良いですか?」
「え? それは別に構わないけど……。
マーガレットちゃん、大丈夫なの?」
「え? えーっと、何でも保存食を作ってみるそうでして……」
「へー、そうなのかい? 気張ってやんなよ!
ところでそれなりに重くなるけど、どうやって持ち帰るんだい?」
「そう言えばそうですね。アンさん、どうしましょう」
「私はアイテムボックスを持っているので、それに入れていきます」
「おぉ、それは便利だな。
保冷用の氷は有料だけど、一緒に持っていくだろ?」
「あ、大丈夫です。レベルがそれなりにあるので不要なんです」
「……ッ!? おお、何とも……。
アンちゃん、メイドは辞めてうちで働かないか!?」
「ちょ、ちょっと、おじさん!?」
「まぁまぁ、マーガレットちゃん。
アンちゃんはまさに魚屋に垂涎の人材なんだ……。もしうちで働くというなら、売値をもう少し下げることができるぞ……?」
「え、本当ですか!? アンさん、どうしましょう!」
……いや、どうしましょうも何も、私は錬金術師以外はやる気ないけど……。
「すいません、何でそんなに評価して頂けるのですか?」
「海から王都までは、それなりに距離があるだろう?
鮮度を保つためには氷を使うか、アンちゃんみたいな高レベルのアイテムボックスが必要なんだよ」
「おお~♪ アンさんは水の魔法も使えますし、それも良さそうですね!」
横で話を聞いていたエミリアさんが、突然そんなことを言い出した。
それを聞いた途端、魚屋のおじさんはさらに食い付いてくる。
「ほ、本当か!? アイテムボックスを使える上に水の魔法まで使えるなんて……!
まさに魚屋の申し子! ぜひうちの店員に! 何なら俺の嫁さんにでも!!」
いやいや、スキルから結婚相手を決めないでください。
「すいません、私はマーガレット先輩のような立派なメイドを目指していますので!
今回はご遠慮いたしますね」
「む、むぅ……。それは残念だ……。
マーガレットちゃん、そう言うことらしい……。是非、厳しく躾けてやってくれ……。
その厳しさに負けそうになったときは、魚屋の道に導いてくれ……!」
「はい、分かりました!」
……いやいや。そこは分からないでよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魚も無事に買うことができたので、三人揃って魚屋さんをあとにする。
「さて、これで私の用事は済みましたけど、他に何か用事はありますか?」
「そうですね、夕飯の食材も買おうと思うのですが……これは一回、お屋敷に戻ってからまた来るので大丈夫です。
ひとまず戻りましょう!」
「何で戻るんですか? このまま行けば良いのに」
「え? アンさんたちを雑用に付き合わせるわけにはいかないので……」
「いえいえ。折角ですし、このまま買い物を続けましょう。
わたしとアンさんも、マーガレット先輩の仕事を見てみたいですからね!」
「えぇ……?」
エミリアさんの悪ノリに、マーガレットさんは救いの目をこちらに向けてくる。
「でも私が一緒なら、荷物もアイテムボックスで運べますよ?」
ひとまずはメリットを伝えてみる。
メイドさんの仕事を見る機会もそうそう無いし、私としても付いていってみたいところだ。
「ま、まさか!
アンさんにそんなことをさせるわけには……!」
「いくら重くても、大丈夫ですよ?」
「いえいえ!」
なおも断るマーガレットさんに、エミリアさんが追い打ちを掛けた。
「マーガレット先輩!
もしかして、アンさんがいつも買えないものを買ってくれるかもしれませんよ!」
「わ、分かりました!
そこまで言うのでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます!」
突然折れてしまったマーガレットさん。
あ、あれ? 別に良いんだけど、あれぇ?
「え、ちょっと待って。どの言葉に甘えるの?」
「アンさん! 先輩には敬語を使わないと!」
「むぐっ。マーガレット先輩、どの言葉に甘えるんですか!?」
「え、あ、それは……も、もちろんアイテムボックスの、ですよ!
アンさん、申し訳ないですが荷物運びをお願いしますね!」
甘えたかったのはそこじゃないような気もするが、マーガレットさんは良い笑顔で返事をしてきた。
欲しいものがあるなら買ってあげても良いけど、どういうものが欲しいんだろう……?
それはそれで、ちょっと興味があったりして。
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