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魚屋さんのあとは八百屋さん、果物屋さん、乾物屋さんをまわり、いろいろな食材を買い込んでいく。
どこのお店でもマーガレットさんは人気者だ。
そして私とエミリアさんは、新人メイドとしていちいち自己紹介をしていた。
そして最後に寄ったのは肉屋さん。
ここでも自己紹介を終えると、何やらマーガレットさんがつんつんと突っついてきた。
「マーガレット先輩、どうかしました?」
「あの、アンさん……。あれを見て頂きたく……」
マーガレットさんの視線の先には、何だか良さそうなお肉が置いてあった。
値段は他のものよりずっと高いようだ。
「ふむ……? 美味しそうなお肉ですが……」
「あれ? アンさん、あれってププピップのお肉じゃないですか?」
値札のところに書かれていた文字を読みながら、エミリアさんが言った。
「え? ププピップって、錬金術師ギルドだけでしか扱っていないんじゃ……?」
「おぉー、新人さんたちはよく勉強してるねぇ!
そうなんだよ、うちの人が無理を言って仕入れてきちまってさ……」
話を聞いてみると、仕入れをすべて担当しているご主人が、ププピップの噂を聞いて高値で仕入れてきているらしい。
売れれば御の字、売れなければ自分で食べるつもりとのこと。……実際に、何回か食卓に上がってしまったそうだ。
「なるほど、確かに美味しいお肉ですからね……」
「味はとっても良いんだけど、それにしても値が張るからねぇ……。
私としては自分のところで高い肉を食べるより、少しくらいは旅行に連れていって欲しいんだけど……」
「おばさん、こっそり伝えておきましょうか?」
「マーガレットちゃん、お願いできる?
あとは賭け事も、もう少し控えるように言ってやってよ」
「あはは。次に会ったとき、やんわり伝えておきますね」
「ありがとね! さてさて、それで今日は何を買うんだい?」
肉屋のおばさんがそう言った直後、マーガレットさんがちらっとこちらを見てきた。
……ああ、これが欲しかったのか。
「マーガレット先輩、これくらいは大丈夫だと思いますよ」
「え、本当ですか? ど、どれくらいいっちゃいましょう!?」
「全部いっちゃえば良いんじゃないですか?
折角ですし、お屋敷のみんなで頂きましょう。……っていうと、16人分?」
言ってみてから人数の多さに気付いたが、まぁたまには良いよね。
グランベル公爵の使用人の扱いの酷さを知ったあとだから、優しくしてあげたい気持ちが溢れるほどにあるのだ。
「でも全部となると、さすがに手持ちがありませんね……」
「そうですか? それじゃ、これでお願いします」
そう言いながら、金貨を7枚渡す。
錬金術師ギルドの食堂よりも圧倒的に高額だけど、さすがに良い部位とかだよね?
そうだったら、私的にも嬉しいところだけど……。
「う、うわぁ……。
さすがアイナ様、スケールが違う……!」
「え? 『アイナ様』? それってマーガレットちゃんのご主人様――」
「や、やだなぁ。マーガレット先輩!
アイナ様と私なんかを間違えないでくださいよ!」
「はっ!? ご、ごめんなさい……。
おばさん、それじゃこのお肉を全部ください!」
「えっ!? だ、大丈夫なのかい? 全部って、何か来客でも……?」
「そうですね、そんな感じです!」
「そ、そうかい? それなら私も助かるよ……。
でもくれぐれも、うちの人には仕入れを控えるように伝えておくれよ?」
「分かりました。売れたからって、もっと仕入れたらまずいですもんね」
「そうなんだよ、
最初は少ししか仕入れていなかったのに、あの人ったら調子に乗って――」
お肉を包みながら、おばさんは延々と愚痴をこぼしていた。
正直少し勘弁して欲しかったけど、マーガレットさんは親身になって頷いている。
うーん。こういうところが人気の出る秘訣なんだろうなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「~~~♪」
帰り道、マーガレットさんはとても上機嫌だった。
「お肉料理はいつになりますか!?」
釣られて上機嫌なのはエミリアさん。
突然のポジティブサプライズに、食事への期待もうなぎ上りだ。
「アイナ様に買って頂いたものですが、一応クラリスさんに話を通しておこうかと思います。
クラリスさんが戻るのは今日の夕方すぎなので、恐らくは夕食になるかと!」
「やったー!」
「余った分は使用人の方たちで食べて大丈夫なので、上手く使ってくださいね」
「え? 良いんですか!?」
「もともとは使用人の方たちを労う意味もありましたので。
ですので、エミリーさんも一人前で我慢です」
「分かりました! エミリーは一人前で了解です!」
「……一応ですが、エミリアさんとエミリーさんを合わせて一人前ですからね」
「わ、分かってますよ! 言ってみたかっただけです!」
あわよくば……的な空気を感じたものの、先に釘を刺しておけたので良しとしておこう。
「それとマーガレット先輩。私はアンですので、呼び間違いにはご注意を」
「あ、つい……。
でももうすぐお屋敷ですから、その名前ともお別れですね!」
視界の先には愛しの我が家が見えてきた。
メイド服も案外着慣れてしまったけど、これにてメイド人生も終了かな。
うん、結構早かったものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――お帰りなさい、マーガレットさん……って、えぇっ!?」
お屋敷の裏口から厨房に入っていくと、その場にいたミュリエルさんが大きな声で驚いた。
「初めまして、今日からお世話になるアンです」
「初めまして、わたしはエミリーです。よろしくお願いします」
「え、えぇ……っ!?」
2回目の驚きの声を上げるミュリエルさん。
|縋《すが》るような目でマーガレットさんの方を見る。
「ま、まだ続けるんですか……?」
マーガレットさんは違う意味で驚きの声を上げていた。
「すいません、ミュリエルさん。
変な流れで、メイド服を着て買い物に行っていました」
「はぁ……。い、一体どういう流れなんでしょう……?」
「大体の犯人は、エミリアさんです」
「否定はできませんね!」
楽しそうに笑うエミリアさんに、ミュリエルさんはなおも不思議そうに視線を向けていた。
「ところでお買い物に行っていたんですよね?
買ってきたものはどちらに……?」
「あ、私のアイテムボックスに入れているので出しますね。
どこに出せば良いですか?」
私がそう言うと、ミュリエルさんは何か渋い顔をしていた。
「あの、アイナ様……。それよりも、何で敬語なんでしょう……」
「え? メイドとしては皆さんの方が先輩ですので」
「そ、そうでしたか。でも……何だか落ち着かないです……」
最初はみんな、そう言うものだよね。うん、分かる分かる。
でも折角だから、もう少しだけ我慢してください。
「それではアンさん、お肉以外はこちらに、お肉はあちらにお願いします」
「分かりました、ここですね」
そう言いながら、アイテムボックスから肉以外を出していく。
「こ、こんなに買ってきたんですか!? いつもなら配達をしてもらうレベルですね……。
……あれ? そういえばマーガレットさん、私は荷物持ちを手伝わないで良くなったのですか?」
「はい、アンさんに全部持ってもらってしまったので……」
「……凄いですね。私も収納スキルを頑張ろうかなぁ……」
「あると便利ですからね。
それと、高レベルだったら魚屋さんが人材として欲しいって言っていました」
「なるほど……。しかし収納スキルはメイド業でも役に立つはずです!
私も修得を目指すことにしましょう。一度は諦めていたのですが……」
「あ、そうなんですか?」
「イメージが掴めなくて難しいんです……。
どうもこう、空間? に触る? っていう感覚が分からなくて……。何も無いところに触るって、どういうことです?」
「つまづく人は、大体そこですからね」
ミュリエルさんの話を聞いて、エミリアさんはうんうんと頷いていた。
便利スキルは覚えるに越したことは無いけど、便利なだけに、修得は難しいものなのか。
最初からスキルを付けてくれた神様に、今はひたすら感謝の意を捧げておこう。
そんな話をしていると、厨房の入口から声が聞こえてきた。
「どなたかいらっしゃるんですか? お掃除から戻りました――」
そう言いながら入ってきたのは、キャスリーンさん。
彼女は私と目が合って、突然動きが止まってしまった。
「――え? アイナ様……? え? メイド服……」
「あ、キャスリーンさん。これはですね……」
ひとまずミュリエルさんに伝えた内容と同じことを言おうとすると、キャスリーンさんは頭をくらくらさせ始めた。
「……あれ、これは夢……?
現実……? これはこれは……」
見るからに危なく、ふらつくキャスリーンに駆け寄ると――
「あ、もうダメ……」
その言葉を言い残して、軽い音を立てながら床に倒れてしまった。
えぇ……。一体、何事……?