冷たい潮風が頬を撫でる。四季の中で1番過ごしやすい秋の今、元貴達と来たらきっと楽しかった。遠くで聞こえる波の音。もう夏は終わったと言うのに、久しぶりに聞けた。
「天海〜、私の日焼け止め知らない?」
「えぇ……?昨日自分であそこのケースに入れてたじゃないですか……。」
皆何だかテンションが高そうに見える。まあ舞い上がるのも仕方ない。かく言う僕もかなりわくわくしている。
「まま!今日のかみかわいい!」
外に置かれたベンチでぼーっとしていると、西山さんに抱っこされた百合乃ちゃんが話しかけてくれた。やはりまだ身体が弱く、長距離を歩くことが出来ないらしい。それでも、外で陽を浴びれると言うことが進歩と言え、百合乃ちゃんも不満そうではないから僕も嬉しい。
「ほんと?氷室さんにやってもらったんだよ。」
かなり早起きをした今日の朝、寝ぼけている僕にお構いなく身支度を全て済まされた。氷室さんがセットしてくれた髪型はかなり可愛く、くるくると巻かれた髪をハーフツインにし、ふわふわのヘアアクセサリーを2つつけてくれた。
「可愛いですよね。藤澤様はどんな髪型でも似合うので、セットしがいがあります。」
いつの間にか後ろにいた氷室さんがそう言い、微笑む。隣には天海さんもいるようで、どうやら僕の周りに全員集まってしまっている。
「ねえ、おとうさま。海いけないの〜?」
「ああ、そのことなんだが……」
昨日、天海さんから敷地内からは出られないと聞いた。まあ、僕はこんな立場だしそんなに外に出られるとは思っていない。
「涼架、一緒に浜辺に行こう。」
突然西山さんから掛けられた言葉に目を向ける。
「……え?でも、僕…」
「まま行かないの…?」
思わぬ状況に言葉を返せないでいると、天海さんが手を差し出してくれた。
「藤澤様と一緒じゃなくては、楽しくないですよ。」
本当にこの人は、素敵な言葉を操れる。何度も向けられている優しさなのに、それに鼓舞するよう心が揺さぶられた。
「……うん!」
「ん……氷室さん…ちょっと雑……。」
「ちょっと雑なくらいがいいんですよ。」
浜辺の上に立てられたパラソルの下で、氷室さんに日焼け止めを塗りたくられている。そんな様子を笑いながら見ている天海さんに悪戯な考えが過ぎった。
「あ!天海さん日焼け止め塗ってない!」
「え…いや私さっき…」
「天海!日焼け止めは大事って言ったでしょ!」
何か言おうとする天海さんの言葉を遮り、日焼け止めを片手に怒る氷室さんに笑いが零れる。
「ちょ、痛いですって!雑なんですよ!」
「雑なくらいがちょうどいいの!」
今度は天海さんが塗りたくられる番だ。僕と全く同じことを言っている様子を微笑みながら見つめる。何だか凄く、家族みたいだ。
「おとうさま〜!へんなの浮いてる〜!」
「それは……わかめかな?」
日焼け止めを塗り終わり浜辺に行くと、楽しそうに会話をする2人がいた。
「…藤澤様、そんなにワカメが欲しいなら仰ってくれれば……」
「違うよ!?わかめ欲しくて見てたんじゃないからね?」
腕を捲り、今にも飛び込んでいきそうな氷室さんを慌てて止める。いつの間にか姿を消していた天海さんを探すよう辺りを見渡すと、砂浜の上にしゃがみこむ背中があった。
「…何してるの?」
そっと近づき声をかける。
「…よし。見てください。」
どこから拾ってきたのか、木の棒を片手に立ち上がった天海さんの足元には何かが描かれていた。
「……相合傘?」
「ええ。青春を思い出しますね……。」
何故か片方には僕の名前が書かれており、もう片方は天海さんの名前だった。遠い目で海を見つめる横顔に冷ややかな視線を送っていれば、こちらに低く迫っていた白波が砂に書かれていた不器用な絵を攫っていく。
「……無くなりましたけど。」
「……そのようですね。」
「ん〜……疲れた……。」
別荘の2階にある自室のベッドの上で軽く身体を伸ばす。結局あの後は色々なことがあった。氷室さんとわりと本気の水の掛け合いをしたりとか、足を滑らせた天海さんが転んでびしょ濡れになるとか。あの時の天海さんの情けない表情は今思い出しても笑いそうになってしまう。
「……居場所、か……。」
慣れないベッドの感触。遠くなった海を映し出す窓から差した月明かりが僕を照らす。最初に氷室さんと会った時に言われた言葉がふいに頭に過ぎった。みんな凄く楽しそうで、親しい。それこそまさに家族という言葉が相応しいくらいに。
「僕の居場所って…ここだったっけ…?」
年月が経つにつれて僕の中の元貴達の記憶が薄くなっていっていることに気付いていた。姿形はまだ朧気に残っているけれど、声を上手く思い出せない。せめて動画か何かあれば良かった。だけど、僕の手元には何も残っていない。
別に記憶障害、と言う訳無い。ただ、思い出が見えなくなっていく。
会えない間に、どんどんと上書きされて行って、塗り潰されていくんだ。
「…あーあ!ダメだなあ僕…。」
これ以上考えていたら駄目になりそうで、ベッドの横に置かれたランプを消してベッドに入る。
「…?風かな…。…寝よ。」
扉の方から微かに物音がした。もう既にベッドに入っていてしまったし、気にすることなく目を閉じた。
コメント
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まさか次はあの場面に切り替わるのかなぁ🤔妄想が捗ります~!楽しみすぎる🫶🏻💓