「……っ、重い」
たった今倒したばかりの火渡り鳥を持ち上げて、さすがに唸った。
珍しくもこの山で出くわした、Bランクの魔物だ。問答無用で襲いかかって来たから、せっかくだからと狩ってはみたが、これほど大きな火渡り鳥はなかなか見ない。これだけでも持ち帰ればかなり上位の成績がとれるだろう。
まぁ俺はAランクにしか用がないわけだが。
置いて行こうかと考えて、ふと我にかえる。ユーリンのためにも、多くの魔物を狩ったという証拠があった方が成績につながるんだった。
昨日の魔物も含め、証拠になる頭部だけでも保存して持ち帰った方がいいか。
頭部を切り離そうとして、また手を止める。
そういえば、ユーリンは「解体はちゃんと履修しました! 任せてください!」なんて息巻いていたような。全部持ち帰ったほうがいいのだろうか。
それなりに魔力も消費したし、腹も減った。食事ついでに火渡り鳥を持ち帰って様子を見てみたほうがいいかもな。
そう結論づけて、結局俺は転移の魔法を唱えた。
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「うわぁ〜!!!! すごい!!!!」
大きなどんぐり目を溢れそうなほど見開いて、ユーリンは火渡り鳥を興味津々といった素振りで見ている。
長い首をちょっと持ち上げてみては「首だけでも重い!」と呻いてみたり、胸元の綿毛をふかふかと触ってみては「おおー、さすが高級品! 極上の羽毛!」と感心したりで忙しい。
どうやらこの獲物は随分とお気に召したようだ。捨てて来ないで本当に良かった。
「俺が解体してもいいのだが」
「いえ、任せてください。腕が鳴ります!」
鼻息荒く力こぶしをつくって見せてくるところをみるに、本当に自信があるんだろう。
「でもその前にご飯にしましょう。太陽も中天ですもん、お腹空いたんじゃないですか?」
確かに腹は減っている。特に反対する理由もないので大人しくユーリンに勧められるままに席に着く。うきうきと並べられた皿を見て、俺はちょっと驚いた。
「昨日よりも緑が多い」
そうだ、昨日とは明らかに違う、瑞々しい野菜というか……豆苗のようなものが肉の味噌炒めの傍にちょこんと添えられているのだ。
根菜も、フォークで少し触ってみれば、乾燥野菜とは明らかに違う、スカスカ感を全く感じない新鮮さ。驚いて彼女を見たら、「分かります!?」と嬉しそうに笑って、樹海の方を指さした。
「見てください! あたし、菜園を作ったんです!」
「菜園」
つられるように見れば、両腕で囲んでしまえるほどのささやかな畑が、樹海の傍にひっそりと作られている。
「あたし、植物の成長促進は、時間をかければできるんです!」
誇らしそうな笑顔が眩しかった。
植物の成長促進は、魔力の出力方法を学ぶため、一番最初に習得する初歩の初歩の魔法だ。きっと彼女はこの魔法とずっとずっと向き合ってきたのだろう。
リカルド様って、優しい人だな。
あたしが唯一まともにできる魔法、植物の成長促進。周りの人たちに言わせれば、初歩の初歩で、なんなら魔力さえあれば子供の時でも習得できる魔法。
バカにされてばっかりだったのに、この魔法で褒めてもらえる日がくるなんて。
お皿の上の野菜が、あたしの成長促進でできたものだと知ると、リカルド様はちょっとだけ目を細めた。それだけで、なんだかとても柔らかい表情になるのが不思議だ。
「やはり生の野菜は違うな、彩りが鮮やかだ」
ゆっくりと咀嚼してから、そうして褒めてくれる。けして口数が多いわけでも、大げさに褒めてくれるわけでもない。でも、リカルド様が本心で言ってくれていることだけは分かった。
「こんな旅先で、新鮮な野菜が食えるとは思わなかった」
ありがとう、と穏やかに言われて、あたしはなんとなく落ち着かなくなってしまった。
なんだろう、なんだかちょっとドキドキする。
そのドキドキをごまかすように、あたしは一生懸命に話題を探した。っていっても、リカルド様と共通の話題なんてそうはないんだよね。
えーと、えーっと……。
「Aランクの魔物、見つかりそうですか?」
なんの当たり障りも、そして捻りもない話題しか出てこなかった……。地味に反省するあたしの気持ちも知らずに、リカルド様は真面目な顔で深く頷いた。
「ああ、大体の目星はついている。かなり山の上層のほうに生息しているようだ。あと数日もあれば辿り着けるだろう」
「えっ、じゃあ拠点動かした方がいいんじゃ。毎回登るの大変ですよね? あっお弁当とか作った方がいいのかな」
いくらリカルド様が歩くの早くて健脚だっていっても限度があるだろう。そう思ったのに、リカルド様は「問題ない」と事も無げに言う。
「俺の転移魔法は行ったことがある場所を、強く思い浮かべて跳ぶものだから……。いったん登ったところへ転移して、そこから距離をかせげば上へ上へ登って行ける」
「べ、便利……!」
「そうだな、転移は習得した魔法のなかで最も便利だ」
驚愕するあたしに、リカルド様は照れくさそうに同意した。魔法ってたいがい便利だけど、転移は本当に便利そうだなぁ。
「弁当も魅力的だが、やはりこうして温かいものが食いたい」
リカルド様がそう言ってくれて、あたしは途端に嬉しくなった。こうして帰ってきてくれるだけで嬉しいのに、そう言ってもらえると、なんだか役に立ててるのかなって思えるんだもの。
「じゃあ、夕食も楽しみにしててください!」
嬉しくってつい言葉にも力がこもる。
「ああ」と頷いたリカルド様は、ふと思い出したように、「そうだ、君に頼みたいことがあるんだが」と嘯いた。
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