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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
じーじーと、アブラゼミの声がよく聞こえる美術室。一階だから仕方がないと言えばそうだが、一度気になると中々そこから気ををそらすことはできない。集中が切れてしまったので、持ってきたペットボトルをぱきりと空け、少しぬるくなった水分を体に流し込む。
七月もすっかり下旬に入り、暑さもこれからだと言わんばかりに日に日に暑くなっている気がする。七月下旬と言えば、そう。夏休みである。現在の俺はコンクールのために、夏休みだというのにほとんど毎日美術室へやってきてコツコツ作品を創り上げていく。まあ、クーラーが効いているので大して不満は無いのだが、やはり炎天下の中の登校の地獄さたるや、今日より明日の方が暑いのかと考えると、それだけでやる気が削がれる気がするので考えないようにしている。
植物だから緑。というところまでは良いとして、植物でも全く同じ緑なものは無いのである。人間の肉眼の限界はあれど、それでもよく見ると微量な違いがある。青みがかかっていたり、少しだけ黄色かったり、それ以外の色だって沢山混じりあった緑だ。植物一つ、葉っぱ一枚に使う色を絵の具を見比べ、うんうんと唸っていると、少し後ろに赤色が印象的な先輩が立っていることに気が付いた。やべ、うるさかったかな。拳骨は嫌だなあ。と内心焦っている俺と対照的に、先輩は微動だにせず俺の作業を眺めている。
…何これ?俺、話しかけたら良いの?でも作業時間中の先輩に話しかけたら命の保証は無いと思う。気迫が違うし。だからと言って先輩を無視するのもどうかと…いや、別に見てくれって頼んでないし、先輩が勝手にやってることだから俺は無干渉で良いんだ。多分。多分…
色以外に悩むことが増えた俺は気をそらすために黄色の絵の具を取った。日差しを受けて輝く、葉っぱにするのだ。
チューブから鮮やかな黄色が飛び出し、使う分だけ…あ、出しすぎた。あーあ…なんて考えていると、先輩は自分の作業場に戻ってしまっていた。ふと、俺と先輩がいた位置との丁度中間地点あたりにメモ用紙程度の大きさの紙が落ちていることに気がつく。誰かのメモかな。大事そうだったら出入口にあるホワイトボードに貼っておこうかな。なんて考えて少し内容を見てみると、『ちゃんと集中せえ』と書かれてある。誰の字かはわからないが、誰が書いたかは容易に想像できる。
あんたのせいや!!と声になりかけた言葉はチャイムの音で掻き消されたので、ギリギリ先輩の耳に届かずに済んだ。もし聞こえていたら間違いなく拳骨の刑だった。ていうか、先輩が他の人に拳骨してるのを見たことがない。これってある種のハラスメントですかね?と聞いてみても誰も答えてくれやしないだろう。
夏の夕暮れ時はそれなりに遅い時間に見られる。つまり、帰り道に見えた夕暮れは俺がどれだけ作業に打ち込んでいたかがよくわかる証となる。あー、綺麗だなあ。今日は拳骨を生き延びたなあ。なんて呑気に考える。いつしか、先輩を懐柔する作戦から、先輩の拳骨を回避しつつ懐柔する作戦になっていたことにはやっと最近気が付いた。
今日の自分への頑張りに財布の紐が緩みそうである。日が暮れるまで残って作業したことなんて未だ無かったのも、紐が緩くなる原因になっている。…安いアイスだけなら大して俺の小遣いに影響を及ぼさないだろう、と思って足早にコンビニへ寄り、一番安かったソーダバーを齧りながら再び帰路につく。やっぱり買い食いの背徳感に勝る寄り道を知らない。小さな幸せとソーダ味の氷を楽しんでいると、ようやっと見慣れてきた学ランが目に入る。やたらと高い背丈に、がっしりした図体。ほとんど毎日見ている、先輩じゃないか。同じ方面だったのか、と唖然としていると、水色の着色された氷が水分となってこぼれ落ちそうになっていた。慌てて食べ切ると、頭がキーンと冷えた。