そう思っていれば、先輩が俺のほうに手を伸ばしてきた。そして、俺の頬を軽く撫でる。
「ま、正直なところさ」
一旦そこで言葉を区切って、先輩が缶ビールを口に運んだ。グイッと飲み干したかと思うと、にんまりと笑う。
「その上月って奴と、一度しっかりと話がほうがいいんじゃないか?」
「……話、ですか?」
「そうそう」
……そんな簡単な問題なのだろうか?
(それに、俺がやめてくれって言ったところで、あいつはやめるのか……?)
一瞬そんな風に思って、すぐに頭を振った。
先輩の言っていることは、正しい。実際、亜玲と俺はもう何年も二人きりで話していない。
そう、それすなわち――俺は、あいつの考えをわかろうともしていなかったということ。
「大体、上月って奴だって、祈がまっすぐにお願いしたら無下にはしないだろうし」
先輩は、一体俺と亜玲のなにを知っているのだろうか?
まぁ、俺がグチグチと話した亜玲の情報くらいは、知っているんだろうけれど。
あ、あと、ある程度の俺の情報は先輩も知っている。
「そうですかねぇ」
チーズをもぐもぐと咀嚼して、俺は心にもない返事をする。
……正直、二人きりで話なんて気まずくてたまらない。今更、なにを話せばいいんだって思う。
かといって、こんなデリケートな話題、ほかの奴を巻き込んでするわけにもいかないし……。
「先輩……」
「あ、僕はパスかな。幼馴染同士のこじれた恋愛事情に口を出すのは、キャラじゃない」
手をぶんぶんと振った先輩が、はっきりと拒否の意を示す。ダメか……って。
「俺と亜玲の間に恋愛感情はこれっぽっちもないですからね!?」
バンっとテーブルをたたいてそう言えば、先輩はけらけらと笑った。まるで、なにか面白いものでも見つけたように。
「あーうん。ま、今はそういうことにしておいてやるよ」
「今はってか、未来永劫ないですから」
「……本当かぁ?」
先輩が、疑い深い目で俺を見てくる。……ドキッと、心臓が跳ねたような気がした。
「だってさ、祈はオメガらしく綺麗な顔をしてるじゃん」
「……だから、なんですか」
「別に。上月って奴と並んだら、似合うだろうなぁって」
きっと、先輩に悪気はないのだ。
ただ、思ったことを素直に口にしただけ。でも、どうしようもないほどに不快だった。
(……昔は、亜玲のほうが小さかったのに)
なのに、成長期を迎えたアイツはすくすくと成長して。気が付いたら、あっさりと身長を抜かされていた。
一見するとアルファには見えないほどに儚げな風貌をしている亜玲。でも、アイツは俺よりも男らしいのだ。
「勘弁してくださいよ。亜玲となんて、絶対にごめんです」
そうだ。あんな、悪魔みたいな男には――絶対に、惹かれたりはしない。
男も女も、アルファもオメガもベータも。どれにでも恋愛感情を抱ける俺だけれど、亜玲だけはない。
――亜玲だけには、惚れたりしない。
「ははっ、上月くんかわいそー」
先輩はけらけらと笑ってそう言うけれど、心がこもっていない。
心にもないことを口にしているんだって、よくわかった。
「っていうか、俺と亜玲が二人で会ったら、言い争いになりますって。最悪の場合、殴り合い」
俺が端的にそう告げて新しいチーズを取り出して口に放り込めば、先輩はきょとんとしていた。
まるで、意味がわからないと言いたげだ。
「うーん、僕の予想が正しければ……」
「……正しければ?」
「いや、なんでもない」
……肝心なところを、教えてくれ!
そう言いたかったけれど、アパートの壁は薄いのだ。ぐっとこらえる。先輩のお隣さんの迷惑にはなりたくない。
「ただ一つ、言っておこうかな。……上月と、しっかりと話せ。それが、僕から出来る唯一のアドバイスだ」
「……」
「不満そうな顔をするなよ、若者。年上からのアドバイスは、しっかりと聞いておくべきだ」
「先輩って、俺と一つしか変わらないじゃないですか」
「それでも年上には変わりない」
確かに、それはそうなんだけれどさ……。
「……なんて、僕はどうして敵に塩を送っているんだろうな」
考え込んでいた俺は、先輩がそう呟いていたことに気が付かなかった。
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