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Central Dogma
校庭の紫陽花は、花の一団を持ち上げる。露が乗っかっているのは今朝の五月雨のせいだろうか? 蝉の声が薄く霧散していく。
「――よう」
校庭を歩く優夜に磊が声をかける。
「……よっす」
面倒くさそうに返して歩幅を合わせる。
「お前といると変な視線で見られるんだが?」
磊は豪快に笑った。
「そりゃあ、殺人未遂の生徒と次期生徒会長が並んでたらおかしな目で見られて当然だ」
「だから違っての」
目をまわして、呆れたように吐き捨てる……
――新島のバイクに撥ねられたあの日、新島を目で認めて、俺は気を失った。出血による貧血のせいだ。一週間ほどの入院を経て学校に戻ってみれば、あの事故は俺の責任になっていた。無論、主犯格は分かっている。
(新島……!)
あいつが内々に、保身のために吐露した嘘が一人歩きを始めたのだろう。皆口には出さぬが優夜のことを疑っている、そういう視線を感じていた。
歩きつつ、磊のどうでもいい話を聞きつつ、額に熱を帯びたのを感じて自分を落ち着かせる。何よりの原因は夏が未だに入院しているからだろう。夏が戻ってくれば新島の嘘は暴かれるし、俺に変わって、白羽の矢はあいつ自身に向くだろう。それまでの我慢だ……
優夜はため息をつく。退院してから一ヶ月、夏休み目前になっても夏は戻ってこない。それどころか噂には尾鰭が付き、元々の「新島のバイクの前に優夜が飛び出して、そこに居合わせた夏が大怪我をした」から「夏を殺そうとしている優夜を新島が目撃した」に昇華されていた。
(とんだ茶番だ……)
夏休み明けには夏が帰ってくるといいが……
のほほんとした表情の磊を横目に、大きく息を吐いた。
「……いいのかよ? 俺のそばにいて。生徒会選挙に響くぞ?」
「構わん。俺もそこまでして生徒会長やりたくないしな」
優夜はさらに大げさに息を吐いた。
優夜は濡れ衣を着せられているのは我慢できた。が、磊までもが奇異の目で見られるのは我慢ならない。だから冤罪が晴れるまではそっとしておいて欲しいのだが……
(――やっぱりコイツは……本当に)
優夜は苦笑して、昇降口に上がり込む。
「――国立学園というのは全国に百六十校以上ある。滋賀県を除いた各都道府県に四校以上点在していて、無能力者は学園に入学することはできないのだ」
入学当初、学長が声高らかに宣言していた言葉を、優夜は聳え立つ校舎を見て思い返していた。
滋賀県は能力発現者が行くことのできる国家直営の教育機関だ。その中で更なる教育を受けて、ようやく自由を手にする。だが、今のままでは優夜は自由を得ることはできない。国営教育機関『滋賀』に入るためにはBランク以上が必要なのだから。
ここ京都府山科区の国立学園、通称山科学園では磊と優夜は凸凹コンビとして有名だった。無論、成績優秀な磊と取り柄のない、いや、今はクラスメイト殺人未遂の優夜という対比のためだった。
「おはよう!」
磊と優夜のクラス担任、横谷小太郎が溌剌颯爽な挨拶を生徒たちに吐き付ける。ボディビルが趣味らしく、着ているスーツがはち切れそうだったために、優夜、磊からは筋肉先生と呼ばれている。
「おはようございます、筋肉先生」
磊は意気良く、優夜は項垂れた挨拶をした。
「おはよう! おお?」
筋肉先生は今にも裂けそうなスーツの腕を上げて頭を指す。
「また髪伸びたんじゃないか? 優夜」
「瀬名の奴に切って貰いますよ、今回も」
言って、優夜は人差し指に毛先を巻き付ける。
筋肉先生は呆れた顔をしていた。
「そろそろ金を払った方がいいんじゃないか」
磊が冗談を言い放つ。
「友達同士で金銭のやり取りをするわけないだろ?」
優夜は大袈裟に手を広げ、微笑んでいる。これには磊も筋肉先生も失笑した。
優夜は筋肉先生を気に入っている。きっとあの噂は先生たちの耳にも入っているはずだ。だから教師たちの、優夜に対する対応も他所々々しかった。にもかかわらず、筋肉先生は態度を変えることはなかった。それが、嬉しかった。優夜が続けて学校に来れるのは先生の存在が大きいだろう。
――優夜は思う。
(周囲の、一緒に居てくれる仲間に恵まれた。だから迷惑は掛けたくない。だから)
――だから自分が我慢すれば済むことは他人には口外しない。実際いじめの実態を知っているのは磊だけで、だが磊は優夜の性分を知っているものだから、本当に困窮して助けを求めてくるまで側で待ち続けている。
(……本当に恵まれている)
昇降口を後にして自分の教室に向かう。筋肉先生は続けて来る生徒達に挨拶するので忙しそうだった。
教室に入ると幾人かの生徒が優夜を目に留める。どこか、蔑んだ目をしていた。また幾人かは恐怖の眼差しを向けている。
だが一人だけ、塵を見るような、食器を洗い終わったあとに、まだコップが残っているのを目の当たりにしたような、心底億劫そうな視線を向けてくる女子生徒がいた。窓を塞ぐ白のカーテンの間から差し込む光は、より表情を険しくしている。
「どうした? 苦虫でも噛み潰した顔して」
机の前に立って優夜は笑顔を向ける。
目の前の女子はほくそ笑んで、
「その苦虫の名前、教えてあげよっか」
と、二人にしか聞こえないぐらいの声量で言った。
「ああ、教えてくれ」
言いながら、前の席に腰を下ろす。
「ハルカベって名前なんだけど、知ってる?」
「さあな」
「別名、ユウヤって言うんだけど?」
「知らないな」
優夜は真面目に不真面目、惚けている。
「テメェのことだよ!」
頭を軽く叩かれた優夜は痛がるフリをして、苦笑する。
「また髪切ってほしんだ。頼めるのは晃しかいないんだよ」
向き直って縋るように懇願する優夜を睨め付けながら渋々、了解した。
「――今日の放課後空いてる?」
「昼休みじゃダメか?」
「別にいいけど……」
晃は眼に見えて怠そうにした。
「放課後なんかあんの?」
日常会話ぐらいの雰囲気で疑問を投げかける。
「ちょっとな……」
優夜ははぐらかして答えはしなかった。
筋肉先生が教室に入ってきて、生徒たちは着席した。
優夜は放課に控えている面倒ごとを思うと、今にも気絶しそうだった。
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