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母は座ってと言うような仕草をした。
そこには来客用の丸い腰掛け椅子があった。
そこに俺は腰掛けた。
そこの窓から空がよく見えた。 母は
「今日は七夕なの」
と言った。ああそうだったな。雨だったのですっかり忘れていた。
続けて母は
「今日は雨だったから、天の川は出たのかな。織姫と彦星は会えたかしら。」
母の口癖。その言葉で思い出した。
昔、仙台に住む母方の祖母の家へ一度だけ訪れた時、ちょうど今ぐらいの頃に仙台七夕まつりが行われていたっけ。そこへ訪れた時に母が
「ここには、あなたのお母さんと一度だけ来たことがあるの。」
当時の俺は反抗期で聞く耳を持っていないふりをしながら聞いていた
「その日は雨だったの、だから正確にはお祭りはなかったんだけど雨がやんでから少しだけここにきたの。それでね、、、ーーー 」
雨だったのによく行こうとするよなと思いながらも、実の母はもういないんだなと急に寂しくなってしまった俺を察したのか、母は話を早送りしたかのように中身から急に最後を話した。
「その時、あなたのお母さんはね、『織姫と彦星は幸せだよね』って言ったの。」
、、何で?織姫と彦星は一年に一回しか会えないのに、なぜ幸せだなんて。と子供ながらに思った。
母は病院から見える景色が気に入ったのかなんなのか、じっと眺めながら言った。
「そう言えばさ、あなたは何をして過ごしていたの?この数年。 」
俺の中で恐ろしく言って欲しくない言葉を言われた。
ああ、なんで恥ずかしいなんて思ってしまうのだろう。一応誇りはあるはずなんだけどな。
「仕事も充実してるし、いい人生です。」
嘘tpをついたわけではない。少しばかり盛っただけ。
「そう。」
そう言って窓から空を見上げた。 母の表情はなんだか悲しそうだ。
少し迷いながら
「あなたは寂しくなかったの?」
と俺に言った。
「私は、寂しかったよ。ほら、私たち、一年に一度すら会えなかったんだから。 」
そう微笑みながら、俺を見た。
そうだ、母は誰もいなくて、ただいま、おかえりの会話のない暗い部屋で暮らしていたんだ。
母はきっと誰かに本心を明かすことも、なんなら今日あった何気ない会話をする相手もいなかったんだ。
一人でいた母が自然と自分のことのように思えた。
「俺は、、、」
寂しくなかった。元から人と接することは好きではないし、大事な人に気を遣われたくない。
人より秀でた能力なんて特別ないし、頑張っても俺が一番できることなんてなかった。昔から。
だから、せめて自分は自分の精一杯を生きて、人に迷惑をかけないようにしていた。
はずだったのに。
母は寂しかった。母の寂しさを和らげることは俺にしかできないのに、俺がこんなだから悲しませるのが嫌だった。だからもう母に合わないほうがいいかもしれないと思っていた。だが、結果的にこの生き方は母を悲しませていた。苦しませていた。
寂しがらせていた。
俺がもらわれて、元の母が恋しくて、いないのが悲しかったとき、いつも母はそばにいてくれた。
俺が不安なとき、怖いとき、背中を押してくれたの母だった。
いつもごめんね、ありがとう。それが言えなくて、苦しい。
言葉に込めたい思いが溢れると逆に気持ちに見合う言葉がなくなる。
でも、それが伝わったときに初めて人はその人自身と出会うことができるのではないだろうか。
天の川がかかる夜空 終わり。