テラーノベル
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side 大森
最近、若井の帰りが遅い。
「ただいま」
ギターケースを肩にかけたまま、優しく笑う。
でも、 目の下には薄いクマ。
シャツはしわだらけ。
僕は気づいてる。
涼ちゃんも気づいてる。
でも若井は言わない。
きっかけはテレビ出演が増えたこと。
バンドとして人気が出てきて 音楽番組やバラエティ、
特番などに出演することが増えた。
その中で、 なぜか若井だけが
個別コメントや 追加企画に呼ばれていた。
「若井さんだけ別撮りでお願いします」
「このコーナー、若井さん単独でいけます?」
理由は明白。
“ビジュアル枠”
女性スタッフがやたら距離が近い。
「若井さん、今日もかっこいい〜」
「このあと少しだけインタビュー追加いいですか?」
“少しだけ”
それが毎回。
そんなある日、番組の控室で聞いてしまった。
「若井くんってほんと優しいよね」
「頼むと断らないし」
「今日も追加企画お願いしちゃった♡」
軽い笑い声。
僕の背筋が冷える。
利用されてる。
完全に。
夜。
若井はソファに倒れ込む。
ギターを横に置いたまま。
僕がそっと水を差し出す。
「今日も追加?」
若井は笑う。
「まあ、音楽番組の特集でちょっと」
“ちょっと”じゃない。
リハ後の別撮り。
収録後のコメント。
さらにSNS用動画撮影。
涼ちゃんが静かに聞く。
「ちゃんと断ってる?」
若井は少し目を逸らす。
「……みんな忙しいし」
「俺で済むならいいかなって、」
優しすぎる。
それが一番危ない。
涼ちゃんの声が低くなる。
「済む、じゃない」
僕も珍しく真顔になる。
「明らかに若井に集中しすぎなの、わかる?」
スケジュールを見れば明らか。
他のメンバーより拘束時間が長い。
涼ちゃんがはっきり言う。
「利用されてるよ」
若井がすぐ否定する。
「そんな大げさな」
でも、 疲労は誤魔化せない。
目の奥が濁ってる。
side 藤澤
翌日。
僕がマネージャーに掛け合う。
「番組ごとの拘束時間、偏りすぎ」
証拠を並べる。
・追加収録の回数
・単独インタビューの頻度
・番組後の個別依頼
感情じゃなく 冷静に。
でも怒ってる。
そして、 元貴が動いた。
元貴はフロントマン。
バンドの顔。
番組側と直接やり取りできる立場。
問題の女性スタッフと話す場を設ける。
会議室。
元貴は穏やかに座る。
「最近、若井への追加依頼が増えています」
スタッフは笑う。
「若井さんが協力的でして……」
「協力的と、偏りは別です」
柔らかい声。
でも目は鋭い。
元貴は資料を見せる。
「他メンバーを飛ばしての直接依頼」
「収録外の個別メッセージ」
「勤務時間外の呼び出し」
空気が変わる。
「それは番組を良くするためで」
元貴ははっきり言う。
「バンドは3人です」
静か。
でも一切揺れない。
「一人に負担が集中する体制は受け入れません」
結果。
そのスタッフは番組から外される。
異動、そして契約終了。
表向きは“体制変更”
でも実質、現場から消える。
夜。
若井はまだ知らない。
「今日、なんか追加なかった」
少し不思議そう。
僕が笑う。
「ふふーん、そうでしょ」
元貴が隣に座る。
「守られてもいいんだよ」
若井が戸惑う。
「俺が守る側だろ」
僕が肩に寄る。
「今日は違う」
元貴も反対側へ。
「フロントマンは僕だけど、支えるのは3人」
若井の肩が震える。
小さく。
「……正直、きつかった」
初めての本音。
僕は優しく言う。
「ちゃんと言って」
元貴も頷く。
「僕らはバンドで、恋人で、味方」
若井は目を閉じる。
「ありがとう」
ギターの弦が静かに鳴る。
守る人も。
守られていい。
今日はちゃんと。
3人で守れた。
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