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古き時代より多くの戦を目の当たりにし、悲しき人の子らの血に濡れた屍を洗い清めてきた戦死者ダビアと呼ばれる河川があった。不吉なその名に反して、春の昼下がりのように長閑に流れ、巨人も跨ぎ超えられないほどに幅広の河だ。

その河が一刀にて身を割かれるが如く、珊瑚売りシア油流しクーテルという二つの川に別れるところに、いつの頃からか憩いミジームと呼ばれる街があった。今より多くの国々が覇を競い合った時代には山深い西の国々の戦士たちと剣を交えた戦人がその傷を癒し、国々が盟約で結ばれた今の時代には遥か東より色鮮やかな珊瑚を運ぶ川の船乗りがその身を休める安息の街だ。


黄昏が溶け出てダビアの河を朱に染める頃に、ユカリはミジームの街にたどり着き、這う這うの体で宿を探して歩いていた。


というのもこのミジームの街というのは、その他のどの街からであろうとも丸一日以上かかる距離にあり、その間、宿はなく、ならず者の土地を抜けねばならず、またどのように進んでもミーチオン地方の尊大な丘原たちが旅の障害にならんと立ちはだかる。この街に着く頃には、どのような旅人も疲労に苛まれるのが常だった。


吹き降りてくる川風が大手を振って通り抜けられる広い街路が街の中心を縦に貫いている。川風が吹き抜けていく街の正面には喜びと熱狂に溢れた数々の戦勝を記念する門を擁し、川の別れる街の切っ先には、その意匠のことごとくが川と風と商いの神に捧げられた鐘楼を擁する立派な街だ。起源の知られていない古い慣わしに従い、街路には四角形と五角形の不思議な石畳が敷かれている。行き交う人々はとても多いが誰も石畳に注意を払ってはいない。身なりの良い貴人もいれば、戦帰りのような鎧に身を固めた戦士、孤児らしき子供もいれば、どこか別の土地から流れてきたらしいならず者もいる。


ユカリは自然と道の端を選んで歩いていた。不審が通りを行き来し、通りに並ぶ窓からは歓迎ではなく恐怖が覗いている。あまり良い雰囲気でないことにユカリは気づいた。どこか空気がひりついている。


「ちょいと、そこの背高の姉さん」と背後から呼びかけられ、ユカリは振り返った。


おそらく同じ年の頃の少女が少し険しい顔で近づいてきて、じろじろとユカリを見る。何か悪いことをしただろうか、とユカリの頭の中で困惑が巡る。大きな手提げ籠にさまざまな物を詰め込んだ物売りらしき少女はあまり良い身なりとは言えず、ユカリは言うべき言葉も見つからずただ身構える。


「姉さん。よその人? ミジームの人じゃあないよね」少女は顎をさすりながら、値踏みするようにユカリの顔や服や足元を眺める。「赤海辺ヒモン? 揺れ町タディク? それとも谷間城郭ケゲンネスク、には見えないね。どこでもいいけどさ。昼間っからそんな恰好で出歩いてちゃあ不味いよ。ミジームは最近物騒なんだからさあ。危なっかしいったら」


まさか自分の身なりを指摘されるとは思わず、ユカリは驚きに打たれる。


「え? 駄目ですか?」ユカリは少女の視線を追い、足元を見るが、何が悪いのか分からなかった。


裾を掴み、何がおかしいのかと検めるがユカリには見つけられなかった。


少女が真っすぐにユカリの腹の辺りを指さす。「それ狩り装束だろ? 今から狩りに行くってんでもないなら裾を捲り上げる必要はないんじゃあないかい?」

ユカリは戸惑い、裾を掴む手に力が籠る。そしてしどろもどろに答える。「でも、えっと、歩きやすいですし、今までは何も」

「街中なんだから、はなから歩きやすいだろっての。子供じゃないんだからさあ、馬鹿な格好してないの。ほら、腰帯緩めて」ユカリはされるがままに裾を降ろす。「それで姉さん、どこから来たの?」

「オンギ村です。南の方の」

「知らないね。はい、これでよし」


少女はもう一度腰帯を締めてくれ、何故かぽんとユカリの腹を軽く叩いた。


「ありがとうございます。私、この街のことよく知らなくて」

「別に街がどうのこうのって以前の話だと思うけどね。ありがたいと思うなら何か買ってってよ」


そう言って少女は持っていた籠をユカリの方に差し出す。ユカリは素直に籠を覗き込む。思いのほか沢山の品物があった。立派な薔薇に、誰もが知る薬草、黄ばんだ蝋燭、少し歪んだ針に糸、ユカリもよく知る兎の毛皮、何の変哲もない鶏の卵、古雅に富む護符、手拭い、装飾帯。


「なんというか、手広い商売ですね。籠の中になんでもあるみたい」

少女は得意そうに微笑む。「まあね。ほとんどは仕入れて売ってるだけだけど」

「でもちょうど良かったです。針を一本、糸を一巻き貰えますか?」

「はいよ。レブニオン銅貨なら二十枚だよ。姉さんはお針子さんじゃあないよねえ?」

「いえ、少し繕いたいものがあって」

「怪我しないでおくれよ」


二十数枚の銅貨を少女に渡し、代わりに針と一巻きの糸を受け取る。


勘定を終えて少女が尋ねる。「姉さん。数が苦手なの?」少女は銅貨を差し出す。「はい、四枚余計だよ。何だか姉さんが心配だね」

「それは裾のお礼と、ちょっとお尋ねしたいことがあったんです。何かこの土地で不思議な話を聞いたことはないですか?」

「お駄賃ね。そうさね。不思議なこと」少女は銅貨を片づけ、何かなかったかと思い出そうとするように街路を行き交う通行人に目を向ける。「ああ、そういえばさっきも言ったけど最近物騒なんだよ。どうやら大きな盗賊団がこの街に逃げ込んだって噂でね。それで似た者連中もこの街に集まりだしたって話さ。お偉いさんも夜警を増やしたりなんかしてるんだけど」


「それって不思議ですか?」ユカリは首をひねる。

「聞きなよ。その盗賊団が根城にしていたって昔の砦がダビアの川の上流の湖の畔にあるんだ。奴らそこで何か奇妙で恐ろしい思いをして逃げてきたってもっぱらの噂なのさ」

「奇妙で恐ろしい思いですか」ユカリは様々な想像を思いめぐらせる。「怪物か悪い魔法使いにでも出会ったのでしょうか」

「さあね。それ以上詳しいことはあたしも知らないよ。お駄賃分には足りないかい?」

「いえ、十分です。ありがとうございます」


お互いに礼を重ねてユカリたちは別れた。


「何だか伝法肌で心安い女の子だったね」とユカリは誰に言うでもなく呟く。

「ちょっとユカリに似てるかも」とグリュエーが言った。

「そうかなあ。私よりずっと威勢の良い子だよ、あの子は」ユカリは、物売りの少女が言っていた盗賊たちが潜んでいたという砦を想像する。「それはともかく次の目的地はその湖の畔にあるっていう砦だね」

「次の目的地は宿じゃねえの?」とクチバシちゃん人形が答えた。

「そうだった」と言ってユカリは振り返るが、少女はもう広い街路のどこにも見当たらない。「宿の場所も聞けばよかった」


グリュエーが何か不満でも伝えるようにユカリのうなじの辺りに吹き付ける。グリュエーは最近これを気に入っているらしく、ユカリはそろそろうんざりしていた。


「どうかした? 晩御飯ならまだだよ」

「まだ捨てないの? その人形」とグリュエーはあからさまな不満を表明する。


この街に来るまでの間にも何度と繰り返された問答だ。


「捨てないってば。ユーアのなんだから」

「勝手にユーアのもとに戻れるよ。人形だけど自分で歩けるんだから」

「そうだろうけど、そうしようとしないんだもの。仕方がないでしょ。どうしたの? 最近そればっか」


ふん、と鼻を鳴らすような音を残してグリュエーは黙った。


「なんだなんだ、あたしの陰口か?」


合切袋からはみ出したクチバシちゃん人形は何故か嬉しそうに囃し立てる。

ユカリはその頭を押し込みながら答える。


「クチバシちゃん人形は可愛いねってグリュエーが言ってたよ」

「嘘つくな!」


グリュエーとクチバシちゃん人形が同時に叫んだ。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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