あくまで個人の趣味であり、現実の事象とは一切無関係です。
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「キャメさぁん、海いこ」
「…は?」
窓の外を見て、時計を見て俺らの格好を見て確認する。外真っ暗じゃん。もう21時になる前だよ。それに風呂だって入ったし今の今までバラエティ見て笑ってたじゃん。
「だから、海行こうって」
「えっとぉ、それは今からってことですか?」
「そう、今から。俺は免許持ってないからキャメさんが運転する事にはなるけど。ね、行こうよ」
なぜだか海に行くことをゴリ押ししてくるりぃちょくん。なんだかんだ良い子だから、いつもは何かと諦めいいのに。
まあ、行ってもいいけどね。もう仕事辞めちゃったから、明日の予定なんて編集しかないし。
「ねぇ、だめ?」
ぐっ
俺のパーカーの袖をキュッと握って上目遣い。何それかわいい。いや、いつも可愛いか。身長変わらないのに上目遣い出来るって、どう言うことなんだろう。
「いや、いいよ。りぃちょくんが行きたいなら行こうか」
「…!うんっ!行こ!」
乗り慣れた運転席の隣、助手席に座るりぃちょくんとの会話が弾む。今日の撮影はどうだったとか、今すれ違った車の運転手が一人なのにすっごい笑顔だったとか。別に真夜中ってわけじゃないから車は通ってる。でも徐々にキラキラ輝く建物がなくなっていくと車はほとんど見えなくなった。
チラッと見た窓の外。
あ、海だ。
真っ暗でなんにも見えないけど、月の光が反射してゆらゆらきらきらしてる。
「ついたね」
簡易的な駐車場に車を止めながら言う。
「じゃあ行こーぜ」
車のドアを開けた瞬間に全身で感じる海。
ザザーンって波の音に、キツイ潮の香り。
「ほら、早く!おいていくよ!」
「あっ、待って待って!」
スマホのライトをつけた彼が少し先で俺を見ている。置いていくと言いながら、待ってくれてるあたり健気で良い子だよね。
「海だぁ」
「自分が来たいって言ってんだから、そりゃあ海でしょう。これで川だったらびっくりするわ」
「あはは、たしかに」
ちょっと俺は海と触れ合うわ。
なんて訳の分からん事を言いながら彼は靴を脱ぎ靴下をその中に突っ込んでそのまま海に足をつけた。
「うひゃぁ、冷たっ」
足首くらいまでザブンって来た波に変な声を出す。なんだよ「うひゃぁ」って。
「ねぇキャメさん。キャメさんもおいでよ。海と触れ合おうぜ」
「だから触れ合うってなんなんだよ。まあ、いいけどさぁ」
もそもそダラダラしながら靴下を脱いで、それを靴の中に突っ込んで裾を捲り上げる。いいなぁ、りぃちょくんは。丈の短いジャージだから濡れなくて済むじゃん。俺も短いやつにすればよかった。
「キャメさん?ほらほら、こっち来てってば」
「へいへい、ただいま参りますよ」
ザザーン、ザザーンと寄せて帰る波にそっとつま先をつける。その瞬間にまた波が押し寄せてきてザブンと両足首まで濡れた。
「うひゃぁっ」
「ははっ、俺とおんなじこと言ってんじゃん!」
たしかに。びっくりしたら「うひゃぁ」って言っちゃうわ。えー、てかせっかく裾捲ったのにちょっと濡れてんだけど。
ムカついたからちょっと仕返し。いや、嘘。りぃちょくんにはムカついてないけど。
「ねぇ、りぃちょくん」
「ん?」
足先でパチャパチャと波で遊んでいた彼が振り向いた瞬間に
「おら!」
「うわぁっ!」
顔面めがけてつま先で思い切り波を叩きつけてやった。
「おい!急になにすんだよ!!!」
「うぉ!お前、このヤロー!」
りぃちょくんも俺に向かって水を飛ばしてきて、それに俺もまたやり返して。キャッキャキャッキャと男性(成人済)2人が戯れる。あー馬鹿らし。でも、楽し。
「ふっ、ふふっ、ふはははははっ!」
「んふっ、なに急に笑い出して」
「なんか、たのしーなぁと思って」
「そっか。そりゃ運転した甲斐があるねぇ」
「うん。海なんてさ、滅多に来れないじゃない。プライベートでは」
「まあ、そうだね」
急に落ち着いた声になったりぃちょくんに合わせて、俺も声のトーンを下げて相槌を打つ。
「来れたとしても恋人としては無理だし。だからさ、来れてよかった。…真っ暗だけど」
「ふははっ、いいんじゃない?」
りぃちょくんは幸せそうに何度も楽しいとつぶやく。
楽しいなぁ、楽しいなぁ
そう言いながら突然沖に向かって歩きだした。ゆっくりゆっくり何処かへ進んでいく姿をじっと見つめる。え、ちょっと。もう膝くらいまで浸かってるじゃん。ジャージの裾濡れてるし。
「ダメダメ。そっちには行っちゃいけません」
フラフラしてた右手を掴み取ってりぃちょくんの歩みを止める。抵抗するかと思いきや、あっさりと歩みは止まった。
俺さぁ
俺に手を握られたまま不意に喉を震わせたので、その音の振動を逃さないように集中する。
「俺さ、今日キャメさんが着いてきてくんなかったら“あっち”まで行こうと思ってたんだ」
あっち、と指を指したのは沖の方。真っ暗で何にも見えなくて波の音しか聞こえない。
「一人で“あっち”の方まで歩こうと思ってた」
え、歩くってそれ…
もし自分の予想が当たっているとしたならば、りぃちょくんはなぜそう思ってしまったんだろう。俺がなにかしたか?それとも仕事やプライベートで嫌なことがあった?
「なん、で…」
「だって幸せなんだもん」
なんでと聞いた自分の声が小さく掠れて震えていたから驚いたけど、それ以上に彼の言葉に驚いてしまった。
「幸せなら、どうして…」
「俺にはたくさんの仲間がいて、俺の事を見捨てないでくれる友達とか良くしてくれる大人の人もいる。それに仕事も貰えて、配信だって撮影だってたくさんしてきた。俺を目一杯愛してくれる人だって隣にいる」
りぃちょくんの比較的低くてはっきりした声に、恐怖か不安か背筋に嫌な汗が伝う。俺に向けられる視線はあまりに優しくて余計に不安が煽られた。
「今、こんなに幸せだから。最高に幸せなときに死にたいと思ったんだよね」
「や、めろよ…!そんな悲しいこと言わないで…幸せだから死ぬなんてそんな悲しいこと…俺が!俺がこれからもっとりぃちょくんを幸せにしてあげるから。だから、お願い…死なないで…」
たった一人の最愛の恋人がどこにも行かないように腕の中に閉じ込めた。絶対に“あっち”には行かせない。
「うん、だからキャメさんに声をかけたんだ」
「おれ…?」
「そう、死にたいけど、でも、キャメさんならこうやって引き止めてくれると思った。もっと幸せにしてあげるよって言ってくれると思ってた」
「りぃちょくん…」
もしあのとき俺が海には行かないと言っていたら…と考えるとゾッとした。
「あのさ、聞いてくれる?」
「うん?」
「これからもし、りぃちょくんが幸せで死にたいと思ったら俺に教えてよ。りぃちょくんが感じた幸せを俺にも分けて。そしたらこうやって今日みたいに海に来て俺がもっと幸せにするって抱きしめるから」
早口にならないように、必死さが伝わるように一つ一つの言葉を大切に伝える。声を操るのが得意で良かった。きっとしっかり伝えられているだろう。そうしたら彼は俺の腕の中で、幸せそうにくすくす笑った。
「うん、そうする。俺が幸せでいっぱいいっぱいになったら、キャメさんにもおすそ分けしてあげる。そしてもっとキャメさんに幸せにしてもらう」
「絶対。これは絶対の約束ね」
「約束、うん。」
りぃちょくんは腹に回された俺の腕、その先の俺の右手の小指をすくい上げると自分の小指を絡めた。
「ねぇキャメさん、幸せにしてくれるんだよね」
「うん、もちろん」
「じゃあさ、キスしてよ」
「…それでりぃちょくんは幸せになる?」
「なるよ、絶対に」
りぃちょくんの体を反転させて肩に両手を置く。そしてそのままゆっくりと彼の形のいい唇に自分の唇を押し付けた。
ねぇりぃちょくん。君は幸せで死にたくなったって言ってたけど、お前はまだもっと幸せにならなくちゃいけない。
死んでる暇なんてないんだよ。
俺もメンバーも友達も、きっと君の家族も。
みんなで幸せになりたいと思ってる。
そんな思いが唇から伝わればいい。
そう願いながら誰もいない暗い海で足元を波がさらう中、子供のように唇をくっつけるだけの口づけを続けた。
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