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朝の柔らかな陽光が
喫茶 桜の磨かれたガラス窓を
静かに照らしていた。
静謐な空気の中、ドアベルが控えめに鳴り
二日目の貸切が
静かに始まろうとしていた。
「おはようございます、時也様。
本日はよろしくお願いいたします」
明るく、しかしどこか気品を湛えた声が
扉越しに響いた。
扉の前に立っていたのは
紺色のシンプルなジャケットに
白いシャツを合わせたライエルだった。
普段の神父服とは異なる
柔らかな印象の普段着姿。
その背後には
同じくカジュアルな服装をした従業員や
メイドたちが整然と並び
彼らに挟まれるようにして
八名の子供たちが静かに立っていた。
「こちらこそ⋯⋯
本日はご来店いただきありがとうございます
どうぞ、どうか中へ」
時也は変わらぬ笑顔で応じながらも
その瞳の奥には
すでに来客一人ひとりの〝心〟を読んでいた
──気配の奥に、揺らぐ影。
無言の中に潜む、諦念と孤独の名残。
十二歳から十七歳ほどの子供たち──
皆、静かだった。
言葉を交わさず
目を伏せたままの子もいれば
表情を硬くしたまま
杖を頼りに歩く子もいた。
車椅子に座ったままの少女は、左脚がない。
隣の少年は
右腕の袖が空のまま垂れ下がっていた。
歩くたびに義足の音が小さく響く少女は
懸命に膝を伸ばしていた。
レイチェルは、彼らの姿を目にした瞬間に
胸が熱くなっていた。
(ちゃんと笑え、私!
今日は⋯⋯迎える側なんだから!)
その気持ちを隠すように彼女は笑顔を浮かべ
用意されたフルーツウォーターや
温かな紅茶のトレーを手に取っていた。
テーブルはあらかじめ段差が調整され
車椅子でも無理なく座れる高さに
調整されている。
子供と職員が
交互に座る配置も工夫されており
手伝いが必要な場面にもすぐ対応できるよう
周囲に十分なスペースが確保されていた。
それでも──
ライエルも、職員たちも
子供たちに〝過剰に手を出す〟事はなかった
ライエルの隣には
盲目の少女が座っていた。
真っ白なワンピースに
小さな手で点字の名札をそっと撫でている。
ライエルはその様子を見守りながら
少女の手元にそっとカップを添えた。
「⋯⋯ありがとう、ライエル先生」
小さな声が、ぽつりと落ちる。
ライエルは微笑んで、そっと頷いた。
⸻
「はい、お待たせいたしました」
配膳のトレイを両手に、静かに歩くのは──
青龍だった。
幼子の姿。
だが、その全身は包帯で覆われ
指先まできっちり慎重に包まれている。
隙間からは
爛れたような赤黒い皮膚がわずかに覗き
見る者に痛ましさを抱かせるほどだった。
それでも
彼は堂々とした所作で配膳を行っていた。
「こちらが⋯⋯チーズリゾット。
口当たりは柔らかくしてあります。
出来立てでございますゆえ⋯⋯
どうぞ、ゆっくり召し上がってくださいね」
その口調は、静かで優しく
どこか〝お兄さん〟のような温もりを含んでいた。
彼の異様な外見に
最初は
ぎこちない視線を向けていた子供たちも
やがて、その声と動きの誠実さに
ゆっくりと心を和らげていった。
そして──
無表情ながら、いつもどこか飄々とした男。
ソーレンは、その日も制服の袖をまくり
子供たちの食事が
滞りなく運ばれているかを見て回っていた。
ふと、彼の足が止まる。
盲目の少女の前
テーブルに置かれた小さな点字の札に
目を留めた。
「⋯⋯へぇ。
こんなんで、字が読めんのか?」
少女が、少しだけ顔を向けた。
「点⋯⋯で、読むの。
こうやって⋯⋯指の先でね」
ソーレンは素直に感心し、顎を掻いて唸る。
「すげぇな、お前。
何て書いてんのか、教えてくれよ」
少女は、指先で札をなぞりながら
はにかんだように口を開いた。
「〝アメリア〟って⋯⋯私の名前」
「アメリア、か。
いい名前じゃねぇか。覚えたぜ」
そこに、そっと声が重なる。
「この男は、二十を超えても
文字を読めなかったのですよ」
ふいに背後から現れた青龍が
抑えた調子で告げる。
「お、おいっ!やめろ、チビ!
変なことバラすんじゃねぇっ!」
「だが、真実であろう?」
青龍はつんと背を伸ばし、腕を組んだ。
アメリアが、くすっと小さく笑った。
その声は、今日初めて聞く
心からの笑いだった。
ソーレンは顔を真っ赤にしながら
「⋯⋯ちっ!今は読めるわ⋯⋯」
と、目を逸らしたが──
その表情には、どこか誇らしげな
照れたような微笑が浮かんでいた。
⸻
静かに流れる昼下がり。
それでも、何かが確かに変わっていた。
閉ざされていた心が
ほんの少しだけ、扉を開いた。
刃の代わりに差し出された〝手〟が
受け取られ始めていた。
ここには、傷を抱えた子供たちのために──
〝居場所〟があった。
そしてそれを支える者たちの
温かく静かな連携があった。