彩寧さんの姿が見えなくなると、地面に座り込んでいた彼女が立ち上がり、ゆっくりと僕の方へ向かってくる。
彼女は僕の目の前まで来て立ち止まった。でも何も言葉を発しない。ただ恨めしそうに僕をにらみつけてくるだけ。
最終的に彩寧さんと別れて自分を選んだ僕への感謝。たった半日のこととはいえ、別れを告げてすぐに彩寧さんと交際を始め、濃厚なキスシーンまで見せつけられた僕への怒り。陸との黒歴史をまた嫌というほど僕に知られてしまったことへの恥ずかしさと、僕への申し訳なさ――
さまざまな感情が入り乱れて、なんて言っていいか分からないのだろう。でもいろいろな感情が呼び覚まされて、なんて話しかければいいか分からなくなっているのは僕も同じ。
なんて言っていいか分からないから、そっと彼女を抱きしめた。不意打ちはやめろと言われているけど、今だけは許してもらおう。実際、彼女も僕の腕を振りほどいたりしなかった。
「今から追いかければ、まだ六車さんとよりを戻すこともできると思うぞ」
僕の腕の中で彼女が最初に言ったセリフがそれ。
「どうしてそんなこと言うの?」
「ボクを選んでくれるのはうれしいけど、夏梅を後悔させない自信がボクにはない」
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