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日付が変わる頃、家に帰り着く。
ネクタイを外し、ソファに腰をおろしたとき、リビングのドアが開いた。
「おかえりなさい、遅かったのね」
「ただいま。参ったよ、盛り上がってこんな時間になってしまった」
「誰と?」
「え?」
背中がスッと寒くなった。
淡々とした杏奈の声だった。
「だ、誰って、職場の人たちだよ。言わなかったっけ?退職する人の送別会だって」
_____落ち着け、落ち着くんだ、俺!
できるだけ、いつも通りに答えないと。
それに退職する人(京香)の送別会というのは、まるっきりの嘘でもないんだから。
「あ、そうだったね。ほら、そのままだと上着がシワになっちゃうから脱いで」
納得したのか、杏奈が俺の前にまわって、スーツの上着を脱がせてきた。
いつもはこんなに近づかないのに、今日はわざわざ脱がせてくれる。
_____大丈夫だ、何もおかしなことはないはず……
「ん?」
杏奈がシャツの胸元をじっと見ている。
_____なんだ?何があった?
何を指摘されるのか、緊張が走る。
「なに?コレ」
シャツの胸元に、ピンク色の……おそらく京香の口紅だろうものが見えた。
言い訳、言い訳、いや、理由だ、理由。
「え?あー、電車が混んでたからなぁ」
「終電がそんなに混んでたの?びっくりだね」
_____そうか、終電がそんなに混むわけないか
また慌てて言い訳を作る。
「あ、いやいや、その、あれだ、宴会の店まで移動する時にさ」
電車なんて乗ってないけれど。
「宴会かぁ、最近そんなこともしてないなぁ、私。ね、どんなお店なの?今度私も連れて行ってよ」
「普通の和風居酒屋だよ、ほら、うちの会社がやってるような……」
「ふーん、洋風居酒屋かと思った……ってか、だったら自分とこのお店でやればいいのに」
「えっ、なんで?あ、いや……ほら、賄い飯とかいつも食べてるから、飽きてるし。で、その後はカラオケ」
_____ホントは洋風だったけれど!
「その後はどこへ行ったの?二次会だけじゃこんな時間にはならないでしょ?」
_____考えろ、なんとか理由を!あ、そうだ!
いざという時は話を合わせてくれるはずの佐々木のことを思い出した。
「えっと、それは……あ、そうそう、二次会が終わった時に、偶然佐々木と会ってさ、そのまま近くのスナックに行ったよ。そこで舞花ちゃんとのことで相談にのってさ、で、遅くなった」
佐々木から相談があったと言えば、遅くなった理由も言い訳がつく。
「佐々木さんと?どうでもいいけど、この安っぽい香水はいただけないね。若い子がつけるやつかな、学生とか?」
「香水?」
「この前のは、2回とも私でも知ってるちょっと高級なやつみたいだったけど、今日のコレは好きじゃないな」
2回、やっぱり、気づいていていんだ杏奈は。
なのに責めたりせず、お袋の手前、話を合わせただけだったのか。
「そ、そうか、まぁ、香水なんてこっちはどうにもできないしな。俺、風呂入るわ」
早くこの杏奈の尋問から逃げたかった。
「じゃあ、ズボンもここで脱いで行って、クリーニングに出すから」
「あ?まぁ、仕方ないな」
ベルトを外し、スルリとズボンが落ちた。
「えっ!やだ!どうしたの?なんでパンツが裏返しなの?」
「ひっ!!」
杏奈の大きな声にびっくりして、聞こえないフリで慌ててバスルームへ走った。
_____しまった、やらかした
とにかく早く全部脱いでしまって、風呂に入る。
もしかすると他にも何かの痕跡があるかもしれないと心配になって、頭から足先まで全部を洗い流す。
_____油断した……
わざわざ痕跡を残すようなことを、紗枝はしなかった。
京香もそうだろうと、勝手に決めつけていた。
_____いや、でもまだバレたとは限らない、決定的な証拠はないのだから……
「あのさぁ……」
バスルームの外から杏奈が声をかけてきた。
「ん?なに?」
ドキドキしながら返事をする。
「佐々木さんと別れたのは何時くらい?」
頭の中で時間を想像する。
二次会のあとの10時くらいに出会ったことにして、さっき帰ってきたんだから……
「何時だったかなぁ?12時半くらい?酔ってたからごめん、わからないや」
「ホントに?さっき、舞花ちゃんから連絡があったの、10時過ぎには佐々木さん、家に帰ってたらしいよ」
「え……」
詰んだ。