コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ミシェルさんに引っ張られるような形で、私達3人が連れてこられたのは菫の間という部屋だった。菫の間は王宮に何箇所か存在する会議室の1つで、ここで打ち合わせをする予定だったのだそうです。それが終わった後に、私の元へ挨拶にくる流れだったのだと……
レナードさん達は勘違いをしていたんですね。よくよく考えてみたら、中庭でお仕事の話なんてしないですもの。
「クレハ?」
「えっ、クレハ様……!」
部屋の中にはレオンとリズがいた。レオンは私の姿を見て怪訝な表情を浮かべる。そしてリズは、なぜだかとても疲れたような顔をしていた。会議室に呼び出されて緊張しているのだろうか。
「殿下! 聞いて下さい。このふたり、クレハ様と中庭で遊んでたんですよ。私を差し置いてっ……!!」
「トランプ楽しかったね、姫さん」
「はい」
「お待たせしてしまい申し訳ありません、レオン殿下。ちょっとした行き違いがあったようで……。先にクレハ様へのご挨拶をさせて頂きました」
「行き違いねぇ……」
レオンの声にどことなく含みを感じた。ふたりが遅刻をしたことに怒っているのか、瞳を細めレナードさんをじっと見つめている。レナードさんは、そんなレオンの無遠慮な視線を物ともせず、凛とした態度を崩さない。
「……分かった。どのみちクレハとは会わせる予定だったしな。クレハ、こっちにおいで」
レオンに手招きされ、私は彼の側に駆け寄った。レオンは私の前髪を軽くはらい、おでこを露出させる。普段下ろしている前髪が無いと落ち着かない……なんだかスースーする。彼はそのまま私の髪を弄りながら会話を続けた。
「クラヴェル兄弟と遊んでたんだって? ひとりにしちゃってごめんね。すぐにそっちに行くつもりだったからさ……」
「3人でポーカーやりました。楽しかったです。私、1回は勝ったんですよ」
「そう、それは良かったね。今度は是非、俺とも勝負して欲しいな」
「えー……レオン強そう」
ひとりにしたと言っても、ほんのわずかな間だ。途中からはレナードさんとルイスさんがいてくれた。レオンだって王宮内にいて外出していた訳でもないのだから、そんなに心配しなくても大丈夫なのに……
レナードさん達の事といい……私に対して過保護過ぎではないかと思ってしまう。けれど、護衛を増やすことをレオンが必要だと判断したのなら、私はそれを受け入れるつもりだ。それに私だって、いつ自分に襲いかかるか分からない脅威に備えて日々努力をしている。普段はできるだけ意識しないようにはしているけれど、将来殺されてしまうかもしれないと分かっているのはとても恐い。レオンがそれを知っているわけないのだけれど、彼は私の事をとても大切にし、守ろうとしてくれている。
最初の未来……ルーイ様が消してしまった私が18歳で死んでしまう世界では、私とレオンはどんな関係だったんだろうな。私にはその時の記憶は殆ど残っていない。今のように婚約者同士ではなかったのかもしれない……それでもきっと、彼は私にとって特別な人だったのではないかと思う。だって、私の体は戸惑いながらも彼のことを求めてしまうのだから……側にいたいと。
彼の手が好きだ。触れられると、恥ずかしくも嬉しさが勝る。そこから伝わる彼の体温や匂いにとても安心する。何も覚えていないのに……レオンの事、そして自分の事さえも。それなのに私は――――
「クレハ、大丈夫?」
「えっ?」
「急に喋らなくなるから……どうしたの?」
「……レオンにカードゲームで勝つのに良い作戦は無いかと考えていました」
「何だか凄く期待されてるみたいだけど、別に俺ゲーム強くないからね」
「そんな事言って……私を油断させようとしてますね」
「ほんとだって」
とっさに吐いた嘘にしては上出来ではないだろうか。私はレオンを誤魔化すことに成功した。成功したよね……? レオンが私に騙されるかな……いや、大丈夫……多分。
「ボスー……お楽しみのとこ悪いんだけどさ、やっぱりボスの方からもちゃんと俺らのこと紹介して欲しいんですけど。こういうのは、きちんとしといた方がいいだろ」
「予定が狂ったのはあんた達のせいなんですけどね!! でも殿下、私からもお願いします。仕切り直しさせて下さい」
周囲をほったらかしにして、別の話題で盛り上がりそうになっていた私とレオンを、ルイスさんとミシェルさんの2人が制止する。レナードさんは呑気に『噂通り仲良しね〜』なんて言っていて、私は気まずさから顔を赤く染めるのだった。
「それじゃあ……今更な気もするけど、俺の部下を紹介させて貰います」
レオンは私とリズを並んで椅子に座らせると、その正面に自身の部下を整列させた。3人の堂々とした立ち姿が美しい……揃いの黒色の軍服が、更にそれを際立たせているようだ。隣にいるリズも、うっとりしたように『カッコいい……』と呟いている。
「まずは1人目、ミシェル・バスラー。彼女とはクレハもリズも顔見知りだったな。彼女が今回リズと共にクレハに随行することになる」
「クレハ様……ミシェルと申します。こうしてお会いできるのを心待ちにしておりました」
「お店では色々と親切にして下さってありが
とうございました。ミシェルさん、付き添いよろしくお願いします」
「は、はいっ……!!」
ミシェルさんは瞳を潤ませながら、私の手を強く握りしめる。その勢いに押されながらも、ミシェルさんとの帰宅は賑やかになりそうで楽しみだ。
「次は2人まとめていくぞ。こいつらは兄弟で、背が高くて色素薄い方が兄のレナード・クラヴェル。黒髪で口悪いのが弟のルイス・クラヴェルだ」
「ちょっと、ボス。何か雑じゃない? 俺らの紹介」
「あんた達は遅刻したんだから文句言わないの」
「この3人を今後クレハ専属の護衛とする。だが、現状まだ手探りな部分も多い。その都度、臨機応変に対応していくつもりだが、しばらくはこの体制でよろしく頼む」
レオンの言葉に皆さんは綺麗に敬礼をする。やっぱり軍人さんってカッコいいな……軍服っていいよな。
「クレハもそれでいいかな? 窮屈な思いをさせて申し訳ないけど……」
「も、もちろんです! 私の為にして下さっている事ですから」
「ありがとう。この後はもうリズと一緒に戻っていいからね。俺はクラヴェル兄弟と話があるから少し遅れるけど、部屋で待っていて」
「はい」
「ミシェル、クレハとリズを部屋まで送っていけ。そして……レナードとルイス、お前達は俺に今回の遅刻の言い訳をして貰おうか」
やっぱりレオン怒ってたんだ……あんまり強く叱らないであげて欲しいな。ふたりに遊んでもらった手前、どうしても肩入れしたくなってしまう。
その後、私とリズはミシェルさんに連れられ菫の間を後にした。ミシェルさんは部屋から去り際に『お説教頑張ってね〜』なんて茶化すようにレナードさん達に言い放っていた。それに対してルイスさんの『うっせーよ!』という返しが聞こえた気がしたけれど、閉じられた重厚な扉によって遮られ、無残にもかき消されてしまったのだった。