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「サイラスはどうしているの? フロディーの件も含めて」
手紙を封筒に戻しながら、ジェシーは話題を変えた。いつまでも悲しんでいると、セレナも、目の前にいるロニにも心配をかけてしまうからだ。
「相変わらず事態を最小限に収めてくれているよ」
「お茶会で亡くなった令嬢のことは?」
まず気になったことから尋ねた。
「お父様には、フロディーではなく私の責任にしてほしい、と頼んだのだけれど」
亡くなった令嬢はケニーズ伯爵家の傘下の家門であるため、ソマイア公爵が収めることができる立場でもあったからだ。
「ジェシーも相変わらずだね。恐らく、メザーロック公爵とソマイア公爵との間で、そんなやり取りがあったんだろう。すべてコルネリオに罪を擦り付けた形を取っていたよ」
「そうね。コルネリオが私を殺そうとして、起こった事件だったから、妥当と言えばそうなるけど」
死人に口なしだった。
「ジェシーが気を揉む必要ないよ。ランベールのことも含めて、首謀者はコルネリオなんだから」
「セレナの手紙にも書いてあったわ。お香で眠らされていたって。王子宮の者たちは?」
「魔法で操っていたらしい。最初の内は魔法で、切れた後はフロディーが上手いこと言って、誘導していたと言っていたよ」
「確か、側近の三人は魔法が使えないから。コルネリオが?」
王族の血は、ゾド公爵家の血が流れているから、魔力よりも神聖力の方が出る割合が高い。だから、魔法が使えるとは思えなかった。
「いや、そこは魔術師を雇っていたんだよ。……ジェシーが襲撃された時、魔法を無効化されただろう。その魔導具を手配した者がいたはずだから」
襲撃された件に触れた時、ロニは言い辛そうにしていた。だから、ジェシーはすぐに別のことを口にした。
「コルネリオのことは、なんて公表したの?」
そのまま王のご落胤と公表したのだろうか。それとも、ルメイル侯爵家の者として罰したのか。
「王が自分の子だと公表したよ。これ以上、ルメイル侯爵家に迷惑を掛けたくなかったんだと思う。だから、コルネリオの名も、ルメイル姓ではなく、ゴンドベザー姓として告げられていた」
「第二王子として?」
「うん。コルネリオ・イグ・ゴンドベザーとね」
何と言う皮肉だろうか。死して、第二王子として扱うなんて。亡くなって初めて継承権を得られても、誰も喜ばない。残るのは、王の失態と第二王子の罪だけ。
「回帰したって、何も良くならないじゃない」
コルネリオは死に、セレナは修道女になって、一生教会から出られない。
「ジェシーは?」
「え?」
「ジェシーは良くないことだらけだった?」
ロニの問いに、すぐに言葉が出なかった。回帰した直後は、国外追放を望み。その願いはもう叶わない。フロディーの罪を肩代わりすることで、望みを叶えようとしたが、成し得なかった。
しかし、回帰前と比較して、変わったことはそれだけだっただろうか。いや、一つだけ違う。
「ううん。ロニの気持ちを知ったことは良かったわ。あのままは流石に……」
申し訳なさ過ぎて、ジェシーは俯いた。
「そのことでロニに提案があるの」
「何?」
少し弾んだ声に、ジェシーは顔を上げられなかった。
「別の方と結婚して欲しいの」
「何で?」
「セレナがあぁなった原因は私にもあるから。そんな私が、結婚して幸せになる資格はないのよ」
「本気でそう思ってる?」
「だって!」
だってそうじゃない! セレナが私を殺そうとしたのが、その証拠じゃない!
ジェシーは顔を上げて訴えかけようとした。が、できなかった。
「っ!」
いつの間にかロニの顔が近くにあり、キスされた。頭と腰を掴まれ、引き離せなかった。せめて、と肩を押すが、逆に押されて背もたれがしなった。
「はぁはぁ……っ、や、やめて……」
ようやく唇が離れ、抵抗の言葉を口にするが、ロニの目線はジェシーに向けられていなかった。
一体、何処を? と視線を追うと、そこにはメイドたちの姿があった。
「ちょっ、ロニ離れて!」
真っ赤な顔をしてメイドたちが逃げていく。それと同じくらいジェシーの顔も赤くなっていた。しかしロニは構うことなく、再びジェシーにキスをする。先ほどと同じ長いキスを。
「これでも、俺に他の令嬢を勧めるの?」
今度は体ごと離れてくれたが、意地悪な顔をジェシーに向ける。
「それで、わざとメイドたちに見せたというの!?」
「うん。首都じゃないのが残念だよ」
首都にある邸宅だったら、お父様やお母様の目や耳に入っていたところだ。いや、ここでも、時間の問題だろう。
これで、ロニが私以外の令嬢と婚約したらどうなるか。私だけではなく、ロニの名にも傷がつく。そんなことを一番嫌がるのが私だと分かっていてやったのだ。
ジェシーは立ち上がって、ロニを睨んだ。
「そんな顔をしないで。悪かったよ。でも、ジェシーがあんなことを言わなければ、こんなことはしなかった」
ロニが一歩近づくが、ジェシーも一歩下がった。
「でも、俺だって怒っているんだよ。これでも、ジェシーが俺のことを本気で嫌いなら諦めるけど」
そう言いながら、ロニは歩みを止めない。
「嫌いになった? 俺の横に他の令嬢がいてもいいの?」
すると、ジェシーの足が止まった。
「それは……」
「嫌だよね。ジェシーは幼い頃から、ずっとそうだった。俺の傍を離れるのを嫌がってた」
ジェシーが固まっていると、ロニが優しく抱き寄せた。
「捕まえた」
「意地悪」
「どっちが?」
もうジェシーは抵抗しなかった。先ほど言った言葉が、あまりにも現実的ではなかったからだ。
想像したのだ。ロニにエスコートされる自分以外の令嬢の姿を。自分以外の令嬢を抱き締める姿。優しく接するロニ。キスするロニの姿も、どれも嫌だった。
泣きそうな気持ちを、抱き返すことで抑えるしかなかった。だが、ロニに引き離されてしまう。
「あっ」
「ごめん。お詫びに、いつか言っていたよね。俺がソマイア邸に来る時、どうして青い服を着て来るのかって。教えてあげるよ」
そう言ってロニは、いきなりジェシーを抱き上げた。そして歩き出す。庭園に向かって。
***
着いたのは、庭園内にある噴水だった。そこを中心に、丸く形作られた少し背の高い垣根。ジェシーはその下にあるベンチに座らされた。
「服の色が、庭園に何か関係があるの?」
「勿論。庭園を散策する時に、青い服の方が映えるし、ジェシーを引き立ててもくれる」
「なっ」
「あと、その方が俺を見つけ易いと思ったから」
何て、仕様もない理由!
あまりにも馬鹿馬鹿しい理由に、ジェシーがわなわなしていると、再びキスされた。
「それくらい好きなのに、あんなこと言われたら、怒るに決まってるだろう」
「……ごめんなさい」
「これを受け取ってくれたら許すよ」
ロニは内ポケットから、小さな箱を取り出した。そして中の物を、ジェシーの左薬指に着ける。
「ロニ?」
受け取るも何もこれは、とジェシーは戸惑った顔を向けた。しかし、ロニは意に介さず、ジェシーの左手を持ったまま跪いた。
「俺の傍にずっといて欲しい。だから二度と離れるなんて言わないで」
「言わないわ。私こそ、ロニが傍にいてくれないと困るもの」
すると、左手を引っ張られ、そのままロニの方に倒れた。怖くはなかった。ロニがちゃんと受け止めてくれると信じていたから。