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それから、サミュエルとはよくランチを一緒にすることになった。
ルシンダとミアとサミュエルに、たまにユージーンも来て、魔術のコントロールの練習具合を報告したり、虫除けグッズ開発について話し合ったりした。
「ルーのために虫除けの道具を考えてくれてるんだって? どうもありがとう」
「あの、生徒会長はルシンダと幼馴染だって、本当ですか……?」
以前にユージーンが食堂で話したことを聞いていたのかもしれない。
サミュエルがおずおずと尋ねた。
「いや、それは間違いだ」
ユージーンがそんなことを言うので、ルシンダとミアは驚いてユージーンを見る。
すると彼はにっこりと微笑み、自信満々に言った。
「幼馴染ではなくて、兄妹のようなものだ」
「はぁ、兄妹……」
サミュエルが戸惑ったように返事をすると、呆れ顔のミアが話を変えた。
「ところで、虫を集める道具はどういう仕組みなの?」
「……匂いで誘き寄せるんだ。最初はこれを応用するのがいいかと思ったけれど、虫の種類によって匂いの好き嫌いが違ったりするから、虫全般を除けるには力不足で悩んでいる」
どうやらサミュエルは本当に虫除けグッズについて真剣に考えてくれているようで、ルシンダは思わず感動してしまった。
「他に方法はありそうなのかい?」
「昆虫標本の権威であるファーバル博士の著書で気になる記述がありまして。たまに虫を誘き寄せる道具を使っても全く虫が寄ってこないことがあったらしいのですが、それは決まってある人物が助手をしていた時だったんだそうです。アダム・ヘミングスという人物らしいのですが」
「ヘミングスというと、魔術師の家系の?」
「はい、彼は優秀な魔術師で師団長も務めるほどだったらしいのですが、昆虫標本に目がなくて、ファーバル博士に頼みこんで昆虫採集にお供することがあったようです。ただ、彼がいると毎回まったく虫に遭遇しないので、四回目で同行を断られてしまったとか」
「え、アダムさんが何か魔術を使っていたってことですか?」
首を傾げるルシンダに、ユージーンが優しく言った。
「いや、状況からすると、ヘミングス卿に虫を避ける理由はないのだから、魔術を使っていたということはないだろうね。身に付けていたものが影響していたのか、体質的なものなのか。……まあ、ただの偶然ということもあるだろうけど」
「アダムさんとお話してみたら何か分かるかな……」
「もういいお歳のはずだが、今でもたまに昆虫標本の愛好家を招いて昆虫談義を楽しんでいるらしいから、虫の話がしたいと言えば喜んで招いてくれると思う」
「よかった! それなら、サミュエルから連絡を取ってみてくれますか?」
「ああ、分かった」
「私たちだけだったら、アダムさんのお話についていけそうもないけど、サミュエルがいてくれたら心強いです」
ルシンダがしみじみと言うと、サミュエルが顔を赤くしながら無言で頷いた。
◇◇◇
あれからサミュエルがすぐにアダム・ヘミングスに連絡をしてくれ、アダムの屋敷で会う約束を取り付けてくれた。
そして今、ルシンダ、ミア、ユージーン、サミュエルの四人は、ヘミングス邸の客間で丁重にもてなされていた。
「いやはや、こんなにお若い方々が昆虫に興味を持ってくださっているとは嬉しいですな。しかも、フィールズ公爵家の御令息までお招きできて誠に幸甚です」
「僕たちも昆虫標本のコレクションで有名なヘミングス卿にお話を伺えるなんて光栄です」
「ええ、お会いできるのを楽しみにしていました」
アダムは若者がそろって自分の話を聴きに来てくれたことが嬉しいらしく上機嫌だ。
恰幅のいいお腹を揺らしながら朗らかに挨拶をしてくれた。
ユージーンとミアも愛想よく挨拶を返し、雰囲気作りは問題ない。あとはアダムの話を熱心に聞いて、目当ての情報を話してもらえるように頑張るだけだ。
「こちらが儂の自慢のコレクションでしてな」
「わあ、この蝶の標本、とっても綺麗ですねぇ〜! すごぉ〜い!」
「はっはっは、そうでしょう。このモルフォ蝶なんかは女性にも人気でしてな」
「飾り方のセンスが素敵だから、さらに魅力的に見えますねぇ〜! さすがですぅ〜!」
ミアのヨイショの凄さにルシンダは目を見張った。
前世では会社勤めをしていたようなので、そのときに培ったスキルなのかもしれない。
アダムも自慢の標本をしきりに褒められてすっかりミアを気に入っている様子だ。
(虫に一切興味がなくても、こんなに話を弾ませられるなんてすごい……)
専門的な話にはサミュエルが対応してくれて、アダムの機嫌を損ねることなく会話を続けることができた。
そうして蝶やら甲虫やらトンボやらカメムシやらの標本をじっくりと鑑賞した後はティータイムとなり、今度はアダムの師団長時代の武勇伝を延々と聞かされた。
「──と、そこで儂の十八番、アイシクルランスが火を噴きましてな。いや、氷が火を噴くのはおかしいですな、わっはっは」
「ヘミングス卿のご活躍ぶりは今でも魔術師団内で語り継がれているらしいですね」
「わはは! お恥ずかしい話ですが、これでも昔はもっとシュッとしていましてな。氷の貴公子だなんて呼ばれてご令嬢からもモテたものです」
「今のヘミングス卿も親しみやすくて、とっても素敵ですわ!」
「そうですかな。こんなに美人のお嬢さんから言われたら舞い上がってしまいますな、わっはっは」
ここでもミアとユージーンがヨイショをしたり絶妙な相槌を打ったりと、高いスキルを発揮していた。やはり社会人経験のある人間はこういう場に強い。
ただ、なかなか有益な情報を得ることはできず、タイムリミットが来てしまった。
「──おやおや、もうこんな時間になってしまいましたか。もっとお話したかったですが、皆さんはまだ学生ですからな。親御さんが心配なさるといけない。名残惜しいですが、今日はこの辺でお開きとしましょう」
「……残念ですが、色々お話を伺えて有意義でした」
「貴重なお話をありがとうございました」
ここで無理を言って長居するわけにもいかない。みんなで辞去の挨拶をして、ヘミングス邸を後にした。
「……結局、アダムさんが虫に遭遇しなかった理由は分からなかったわね」
ミアが溜息をつく。
会話の途中でユージーンがさりげなく質問してくれたのだが、「儂の昆虫採集への熱意が漏れ出して、虫が逃げてしまったのかもしれませんな、わっはっは」という回答しか得られなかったのだ。みんな笑顔で聞いていたが、内心かなり落胆した。
「今日は残念だったけれど、ヘミングス卿が虫に遭遇しないというのが事実であるのは分かった。また別の視点で検討してみよう」
「そうだね。みんな、今日は本当にありがとうございました」
「じゃあ、また明日、学園で!」
◇◇◇
みんなと別れて帰宅したルシンダが部屋で昆虫の本を読んでいると、クリスがやって来た。
「おかえり、ルシンダ。今日は何の用事だったんだ?」
「あ、今日はアダム・ヘミングスさんという方のお屋敷にお邪魔して、昆虫の話を伺ってきたんです」
「昆虫の? ルシンダは昆虫が好きなのか?」
「いえ、むしろ昆虫が苦手なので虫除けの道具を作りたいんです」
「ルシンダは虫が苦手だったのか……」
クリスが初めて知ったというような顔をするので、ルシンダは「あれ?」と思った。
(お兄様は私が虫嫌いだって知らなかったんだ)
五年も一緒に暮らしているのに、話したことがなかったのだろうか。と、ここでルシンダはあることに気がついた。
(……お兄様と一緒のときは、虫が寄ってきて怯えたことってなかったかも……)
たしか、そうだ。だからクリスも自分が虫嫌いだということを知らなかったのかもしれない。
「お兄様は虫は好きですか?」
「僕か? 好きも何も、普段虫を見ることがないからな。よく分からないな」
クリスの答えを聞いた途端、色々な情報の断片がパズルのように繋がり始めた。
アダムさんもお兄様も虫が寄ってこない。
そして二人とも魔力がずば抜けて高く、氷属性の魔術が得意。
──「熱意が漏れ出して、虫が逃げてしまったのかもしれませんな」
ルシンダの脳裏に、ある一つの仮説が浮かび上がった。
(虫は、氷属性の強い魔力の波動を避けるのかもしれない)
この仮説が正しいかは分からない。けれど、試してみる価値はある。
ルシンダは机の引き出しから、学園の授業の練習用に支給された魔石を一つ掴むと、クリスに差し出した。
「あの、お兄様。突然で申し訳ないですが、私のためにこの魔石に魔力を込めてもらえませんか?」
そうルシンダがお願いをすると、クリスは驚いたように目を見開いた。そして、真剣な表情でルシンダを見つめる。
「それは構わないが……ルシンダは、自分の魔力を込めた魔石を贈る意味を知っているのか?」
「意味、ですか……? ごめんなさい、分かりません。でも、どうしてもお願いしたいんです」
もしかすると何か失礼な頼み事をしているのかもしれないが、背に腹はかえられない。
上目遣いで改めてお願いすると、クリスはルシンダから魔石を受け取り、もう片方の手でルシンダの手を優しく握った。
「……分かった。一つだけ、僕が自分の魔力を込めた魔石を贈るのはルシンダだけだということは覚えておいてくれ」
どこか甘さを感じる表情に、ルシンダは思わずどきりとしてしまう。
「わ、分かりました……」
胸に手を当て、謎のドキドキを落ち着かせながら返事をすると、クリスは柔らかく目を細めて、水色の魔石に自らの魔力を込め始めたのだった。