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「叶わない恋を諦めた俺が言うんだ、そんなもん、とっとと忘れろ。案外すぐ傍で、おまえを見てるヤツがいるかもしれないぞ!」

「叶わない恋、か……。橋本も苦労したんだな」

「結婚したいと思った女性に逃げられた反動で、サラリーマン辞めてさ。今はハイヤーの運転手をしてるってわけ」


憐れむ視線を野木沢に注がれたせいで、橋本は参ったなぁと思いながら、過去の出来事をぽつりぽつりと語った。あえて榊のことを隠したのは、橋本の中で深いキズだったから。

一応笑って語れるネタを振ってみたというのに、野木沢はどこか暗い表情をキープしながら、淡々と口を開く。


「お互い、いろいろあったんだな」

「だけど今は幸せだ。アイツのお蔭で――」


微笑む橋本を見て、野木沢もやっと笑みを浮かべた。


「なんだかな~。橋本にそうやって惚気られると、仕事を恋人にしてる僕が、不幸みたいに思えてくるだろ」


互いに目線を合わせて笑ったそのとき、店の扉が大きく開かれた。


「すみませんっ、あの!」


息をきらして入店した宮本を、ふたり揃って出迎えた。


「いらっしゃいませ!」

「相変わらず遅刻とは、期待を裏切らねぇよな雅輝は」

「午前中の仕事が押してしまって。陽さんは早めに来ていたんですよね? 待たせてしまって、ゴメンなさい」

「大丈夫だ。ちょうど世間話に、花が咲いたところだったし。な、野木沢」


親しげに話しかけた橋本に、野木沢はにっこり微笑みながら、小さく首を傾げた。


「まぁね。橋本のデレた顔が拝めるとは、予想外だったよ」

「あの、おふたりって――」

「野木沢とは、中学高校の同級生なんだ。15年振りの再会ってわけ!」


野木沢と見つめ合う、橋本の様子を目の当たりにして、宮本は微妙な笑みを唇に湛えた。

たじろぐ宮本の様子を察し、野木沢は指輪のコーナーのショーウィンドウをさし示しながら、丁寧に説明をはじめる。


「さっそくなんですが、今回はお揃いの指輪を、当店でご購入するとのことでしたが」


ニッコリ微笑んで、ところどころにアクセントを置きながら喋る、商売上手な野木沢らしいセールストークに導かれて、宮本は橋本の隣に並んだ。互いに顔を突き合わせつつ、ショーウィンドウの中にある、たくさんの指輪を眺めた。

店内の照明を受けて光り輝く指輪を、隅から隅まで眺めるうちに、橋本が重たい口を開く。


「う~ん。こうしてみるとパッと見、どれも同じに見える。雅輝はどうだ?」


顎に手を当てながら、なおもショーウィンドウの中を覗き込む橋本に、宮本は若干呆れながら話しかける。


「確かにパッと見は、どれも同じに見えるかもですけど、よぉく観察したら、それぞれデザインが違ってますよ。リング本体に捻りが入っていたり、色だって違うじゃないですか」


指摘した指輪をガラスの上から指差し、橋本にわかるように指摘した。


「どれどれ。あ、ホントだ」

「橋本は昔っから、大雑把なんだよ。やっぱり変わっていないな」

「大雑把でも今まで問題なく、やっていけたんだって!」


カッとして顔をあげた橋本を、野木沢はニヤニヤしながら眺めた。


「傍で友達に補助されていたから、問題なかったというのに。宮本様も大変ですね」

「あーその……俺もそこまで細かくないので、陽さんの補助は、きちんとできていないと思います」

「橋本よりは細いってこと、思いっきり暴露しちゃったね」


ぷっと吹き出した野木沢に、橋本は思いっきりブーたれ、宮本は焦りまくった。


「いえいえ! 陽さんのほうが機微に聡いぶんだけ、俺なんかよりもしっかりしてるんです。まいったな……」


後頭部を掻きながら、弱った表情をありありと見せる宮本に、橋本はちょっとだけ躰をぶつけた。


「機微に聡すぎて深読みした挙句に、おまえにいらないお節介したのは、どこの誰だっけ?」

「これ以上、困らせないでくださいよ!」


見つめ合うふたりを見て、野木沢は柔らかく微笑みながら口を開く。


「仲がよろしいですね。そんなおふたりにぴったりな指輪を、僕がデザインしたいのですが」

「野木沢……それって本当にいいのか?」


突然の申し出に橋本は驚き、声を上ずらせて訊ねた。


「宮本様と橋本のふたりがいいって言うなら、特別に作ってみたくなったんだ。ここに展示されているものでもいいんだけど、なんていうか……。同性同士だからこそ、いいものを作ってみたくなって」


少しだけ照れながら告げられた言葉を聞いた宮本が、身を乗り出して話しかけた。


「俺が陽さんのネクタイピンをオーダーしたときに、想像以上のものを作ってくれたじゃないですか。あれを指輪で作ってくれるのなら、願ってもないチャンスです! お願いできますか?」

「雅輝、落ち着けよ」

「落ち着けませんっ。俺の話を聞いただけで、ネクタイピンにつける石をピックアップしてくれたとき、ロイヤルブルーのあの石を選んでくれたのは、野木沢さんなんです。感動を通り超して、ぞくっとさせられたんですって!」


両手に拳を作り、熱く語る宮本の肩を叩きながら、橋本は改めて野木沢に向かい合った。

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