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己の行動で反省しなければならないところを、数時間前まで一緒にいた友人達が目にすればぶっ飛んでしまいそうな情けない顔で思い浮かべていたリアムは、本当に情けない、酒の勢いを借りて不安に感じていた事をぶつけてしまうなんてと苦く笑い、頭突きを食らった額を大きな手で覆いながら肩を揺らす。
その時、目の前にあるドアが細く開いていることに気付き、さっきの事を謝罪をしたい気持ちと許してくれるのだろうかという不安が芽生え、細い隙間を作り出しているドアが見た目は木製なのに鋼鉄でできているもののように感じ、拒絶されているんだろうかと自嘲してしまう。
「────大きな図体をして、何だその顔は」
情けないと、心底呆れているにしては優しい表情でドアを開けつつやってきた慶一朗は、驚くリアムの前に同じように座り込んだかと思うと、さっき己がぶつけて赤くなっている額を指の背で撫で、痛いかとひっそりと問いかける。
「い、痛くない・・・」
自分の馬鹿さ加減に呆れているから痛みなんて感じないと、その優しい手を握りしめてただひたすら謝罪をしたくなったリアムだったが、もう一方の手がそっと伸びたかと思うと、頬を軽く抓り、もうさっきのようなことはごめんだぞと眉根を寄せる。
「・・・うん。ごめん」
酔っていたとはいえ、自分は何をしたんだと反省していたと顔を伏せるリアムに微苦笑した慶一朗は、伏せられた顔を覗き込むように上体を屈めてヘイゼルの双眸に小さく笑いかけると、頬づえをついて口の端を持ち上げる。
「Einmal ist keinmal.・・・一度は数に入らないという諺があって良かったな、リアム」
それはドイツの諺で、今回のことは一度として数えない、つまりは許すと慶一朗が言外に教えてくれていることに気付いたリアムが顔を上げて目の前にある端正な顔を見つめると、さっき抓られた頬を掌で覆われ、鼻の頭に小さな音を立ててキスをされる。
「・・・お前みたいなマッチョマンが無理矢理襲えばどうなるか分かるだろう?」
「・・・うん」
「さっきも言ったけど、俺は俺の意思を尊重してくれない人は嫌いだ」
同じ男だ、酒を飲んだり楽しかったりしてセックスしたくなる気持ちは分かるつもりだが、自分達の関係は少しだけ気をつけなければならないものであり、考えなしにやってしまうと後々面倒な事になると苦笑しつつハニーブロンドを労わるようになでた慶一朗の手をリアムが思い詰めた顔でぎゅっと握ると、その手を押し戴くように額に当ててごめんと繰り返す。
「みんなと飲んでいて楽しかった」
「ああ」
「・・・皆に、少しだけケイのことを紹介したら・・・普通に受け入れてくれて・・・」
はっきり言って考えることはなかった、男と付き合いだした現実を告げることでもたらされる反応を目の当たりにし、自分達の関係が実は難しいものでもあると気付いたと、慶一朗の手に許しを乞うように告白するリアムの頭をゆっくりと撫で、仕方がないなと苦笑した慶一朗の言葉にリアムが顔をあげる。
「帰ってくる時、仲良くしてるカップルを見て・・・」
でも、お前から送られてきたメッセージが素っ気ないもので、もしかして本当は付き合い出したことを後悔しているのではないかとの思いが芽生えた結果、玄関先で大声を出してしまい、お前を怒らせたと慶一朗の手を握り締めながら項垂れたリアムに慶一朗が顔を上げろと小さく囁きながら片手で再度リアムの頬を撫で、のろのろとあげられた顔に自嘲の笑みを浮かべる。
「俺と付き合い出して後悔するのはお前だろう?」
「後悔なんかしない・・・!」
「そうか? 俺は・・・お前の気持ちをメッセージみたいに踏み躙ったり無視したりもする。お前がセックスしたいと思っても、嫌だと言って断ることもある」
何から何までお前の願いを叶える事は無いぞと、リアムの手から己の手を抜き取ると、今度は両手でその顔を挟み込む。
ヘイゼルの双眸に浮かぶ後悔のようなものは、たった今己がしでかしたことへのものか、それとも慶一朗が言ったものかを読み取ろうとするが、確かにこちらの思いを踏み躙られるかも知れないが、その時はちゃんと口に出して伝えるから話し合いに応じてくれと懇願するように見つめられ、話し合いと鸚鵡返しに呟いてしまう。
「思った事は口にする────ケンカをしても、ちゃんと話し合いをしたい」
だからお前がこの間言った、自分達の関係をあまりオープンにするなの真意を教えてくれとも迫られて慶一朗が目を見開いてしまう。
慶一朗が自分達の関係をあまりオープンにするなと言ったのは、ひとつには自分と付き合う事でリアムのキャリアにデメリットが生じるのでは無いかという不安と、もしもいつか二人の関係が拗れて別れを選択する場合、周囲に知らせていなければ本人同士の問題だけでカタがつくとの想いだったが、リアムの中でそれが引っかかっていた事に気付き、分かった、ちゃんと説明をするからこんなところに座り込んでいないでベッドに行こうと誘うと、ベッドルームに入れてくれるのかと上目遣いで問われて小さく吹き出してしまう。
その顔が、まるで飼い主からこっぴどく叱られてしまった子犬のように見えたのだ。
堪え切れずに小さく笑った慶一朗に小首を傾げたリアムだったが、勿論、話し合いをするんだろう早く中に入れと笑いながら立ち上がって己の手をグッと握った慶一朗に無意識に安堵の笑みを浮かべて立ち上がる。
「その前に、ビールを取ってくる。何か飲むか?」
「・・・水が飲みたい」
「分かった」
キッチンに向かおうとする慶一朗に首を振って自分が行くと伝えたリアムは、返事を聞く前にキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールと水のボトルを手に戻ってくる。
「・・・ダンケ、リアム」
「どういたしまして」
開けたままのベッドルームのドアを潜る時、どちらからともなく手を伸ばして互いの腰に腕を回したのだが、それを当たり前に受け入れた時、慶一朗は自らが、リアムは恋人がもう許しているのだと改めて気付き、それぞれ少しだけ腕に力を込めるのだった。
ベッドヘッドにさっきとは違う気持ちで寄り掛かった慶一朗の隣、同じ様にもたれるリアムが飲んでいるのは水で、アルコール分を少しでも早く無くそうとするようにか、今は2本目のボトルを手にしていた。
「ケイは・・・俺と付き合ってる事をあまり知られたく無いのか?」
「そうだな・・・職場では知られたく無いな」
「どうして?」
今の時代、同性同士の付き合いを公表したとしても待遇に差が出る訳でも解雇される訳でも無いのにと、ボトルを見つめつつ納得がいかない顔で呟くと、慶一朗が微苦笑しそうでも無いと呟きビールを飲む。
「今日、部長に俺たちの付き合いについて少し考えろと言われた」
「部長・・・テイラー部長?」
「ああ。────彼は俺の恩人であり友人でもある。あの病院で誰よりも信頼できる人だ」
ただ、だからと言って彼の手を煩わせる様な事にはなりたく無いし、確かに彼の言う通り、ランチを作ってきて貰っていた事は俺の甘えだと苦笑を深めると、信じられないと言いたげな目で見つめられる。
「・・・俺の事をよく思わない奴からすれば、付け入る隙になるからな」
お前についての悪い話は耳に入ってこない事から目をつけられている訳では無いだろうが、俺はそうでは無いとビールをもう一度飲んで長く息を吐く。
「お前に敵がいるのか?」
「・・・どちらかといえば敵だらけだぞ」
あの病院にいるのは、何かあったときに積極的に攻撃してくる一握りの人と、日和見をして己の保身を図る圧倒的多数と、積極的に庇ってくれるごくごく少数の人達だと肩を竦め、ジャックは積極的に庇ってくれると小さく笑みを浮かべる。
「ジャック?」
「テイラー部長だ」
「あ、そうか」
だけどテイラーの話は今は良いと苦笑した後、手首を翻して空になったボトルをゴミ箱めがけて投げ、ボトルが突如飛び込んできた衝撃でゴミ箱が左右に揺れるのを見つめつつ慶一朗が口を開いて小さく呟いたのは、お前との付き合いを公表してしまうとお前の経歴に傷が付く、それが嫌だと言う、リアムにとっては信じられない言葉だった。
「なんだ、それ?」
俺の経歴というが、どちらかといえばお前の経歴の方が立派で、俺のそれに傷が付いたところで痛くも痒くも無いと、勢い良くベッドヘッドから背中を剥がして慶一朗を見つめれば、リアムの胸を掻き毟らせるあの笑みが小さく浮かび、どうしてと言葉を無くす。
「俺なんかと付き合うのは・・・」
やはり良くないと言いかけた慶一朗をリアムが両手を広げて抱きしめ、頼むからそんな事を言わないでくれと、湿り気を帯びた声で懇願する。
「リアム?」
「・・・お前なんか、などと言わないでくれ」
お前は俺が尊敬して止まない医師であり、多少のワガママや気難し屋であってもそれでもそんなお前が好きなんだと、以前ハーバーブリッジの下で告白した事を思い出してくれとも囁かれ、慶一朗の手が自然と上がって広い背中に重ねられる。
「・・・どうしてお前が泣くんだ」
いつかもそうだったがどうしてお前が泣くと耳元で聞こえる鼻を啜る音に苦笑し、背中を撫でて宥めると、泣きたくて泣いている訳じゃない、お前が泣かせたんだと反論があり、それが意外で軽く驚いてしまうが、自然とこみ上げる笑いを何とか堪えた慶一朗は、俺のせいかと問い返し、そうだと子供のような声で反論されてそれは悪かったと子供の機嫌をとるような口調で囁く。
「・・・もう泣き止め、Mein Stern.」
俺のことで泣く必要はないと笑うが、勢い良く肩を掴まれて真正面から見つめあってしまい、涙が滲んでいて宝石のようにキラリと光るヘイゼルの双眸にそっとキスをする。
「お前の気持ちは嬉しい。・・・なるべく、言わないようにする」
だからもう泣き止んでくれとただそれだけに困惑している顔でリアムの頬を撫でると、いい年をした大人が情けないと珍しい自嘲が聞こえるが、俺の前だけだろう、気にするなと笑って赤味が治ってきた額に口付ける。
「お前は笑っている方が良い」
お前の泣き顔なんか見たくないとさっきとは違う穏やかな笑顔で告白する慶一朗の前、リアムが己の腕で目元をぐいと拭うと晴れ渡る夜空を連想させる笑みを浮かべて小さく頷く。
「うん────今回の事、本当にごめん、ケイ」
許してくれと謝罪をするリアムの頭にポンと手を乗せ、もう分かったからと謝罪を受け入れた慶一朗は、言葉の謝罪はもう良い、後は態度で示せと口の端をニヤリと持ち上げる。
「ロブスターが食いたい。ああ、そうだ、シーフードメインのバーベキューをしてみたい」
「う・・・」
「ロブスターにワタリガニ。ああ、オイスターも食いたい」
バーベキューをしたい、その言葉は嬉しいものだったが、シーフードメインとなると色々買い出しにいかなければならず、また慶一朗が楽しそうに口にした食材はそれぞれ多少値が張るものだった。
それを食わせろと言われて一瞬躊躇したものの、仕方がないと腹を括って頷いたリアムの様子にクスリと小さく笑った慶一朗だったが、真面目な話と前置きをした後、職場でのランチはもう俺の分まで持ってくる必要はないと告げ、リアムの目を限界まで見開かせるが、最後まで話を聞けと苦笑しつつリアムの鼻をぎゅっと摘む。
「んっ!!」
「お前と裏庭でランチを食っていれば確かに色々勘ぐられる。だからこれからはカフェで一緒に食わないか?」
「・・・え?」
「カフェだと二人で食っていても何も勘ぐられる事もない」
あそこのカフェはまだ食えるものがあるからと笑う慶一朗が言いたい事を察したリアムは、食後の美味いコーヒーを飲めなくなるのかと未練たらしく呟くと、朝一番に飲ませてやるからそれを飲んで仕事に行けと笑われてそれもそうかと素直に頷く。
「俺は、・・・お前と、その・・・」
素直なリアムの言葉に慶一朗が何かを言いかけて言い淀み、どうしたと小首を傾げられて咳払いをする。
「・・・付き合った事、後悔してもいないし・・・一緒にいるのが、嫌な訳じゃ、ないからな?」
職場でお前と一緒にいると落ち着くし仕事に対するモチベーションも上がるからと途切れ途切れに呟いた慶一朗に目を丸くしたリアムだったが、端正な顔が赤く染まっていることに気付き、もしかして恥ずかしいのかと問いかけると、リアムが更に驚いてしまうほど顔が真っ赤になる。
己の恋人が、本心を素直に口にするだけのことができない恥ずかしがり屋だというのをこの時初めて知ったリアムは、恥ずかしいのかと問いかけつつ頬に手を宛てがうと、うるさいというドイツ語が返ってくるものの、頬の手を跳ね除けられることがなかった為、そっと顔を寄せるとじろりと睨まれる。
頬を赤くした顔で睨まれても効果は無いと思いつつそのまま顔を寄せると綺麗な手が両頬を挟んだ為、そのままキスをする。
さっきリアムが慶一朗を怒らせた時には冷たい顔と声で出て行けと言い放ったのに、今照れたように顔を赤らめつつキスを許してくれる人が同じ人とは思えず、何だか可愛いと思いながらキスをすると、首の後ろで手が交差して引き寄せられベッドに危うく慶一朗をさっきのように押さえつけそうになり、腕をついてなんとか堪える。
「・・・今日はそんな気になれないけど一緒に寝る事は許してやる」
「寝るだけ?」
「当たり前だ。それ以上は明日のバーベキュー次第だ」
頑張ってくれたのならそれに見合ったご褒美を用意しようと慶一朗がニヤリと笑みを浮かべ、今夜は大人しく横で寝ろ、Mein Stern.と、慶一朗だけが呼ぶ呼び方をし、素直に頷いたリアムが慶一朗の横にごろりと寝転がる。
「酒臭いのもマシになったな・・・・・・そろそろ寝るぞ」
「うん」
掛布団を引っ張り上げながら苦笑する慶一朗にリアムが頷いて痩躯を抱きしめるが、互いにいつもの寝る時の格好では無いことに気付いて何だかおかしいと笑いながらリアムが服を脱ぎ慶一朗も下着姿になると、再度向かい合うようにベッドに倒れ込んでくすくすと笑い合う。
リアムの頬に手を載せて今日はこのまま寝ると笑う慶一朗の言葉に素直に頷いたリアムだったが、恐る恐る同じように慶一朗の頬を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じ分厚い胸板にすり寄るように痩躯が寄せられ、頭の下に腕を差し入れるとすっかりなじんだように頭が載せられる。
「腕が痺れるから適当に抜けよ」
「・・・大丈夫」
慶一朗の言葉にリアムが笑顔で返しつつ頬にキスをすると、小さなため息が一つ溢れ、何か嫌だったかと何時間か前の己の失態を思い出してリアムが声に焦りを滲ませる。
「・・・・・・腕枕をしてくれるような人は、今までいなかった、から・・・」
気恥ずかしいと、柔らかくウェーブをする髪の下に隠れた耳が真っ赤に染まっていて、ああ、本心を話しているんだと気付いたリアムがそれ以上何も言わずにもう一度頬にキスをすると、もう寝ろと口早にドイツ語で叫ばれてしまう。
「うん、おやすみ、ケイ」
同級生らに俺の宝と紹介したが本当にお前は俺の宝だと内心で呟きつつ大きなあくびをしたリアムは、慶一朗の規則正しい鼓動に眠気を誘われたように目を閉じ、あっという間に眠りに落ちてしまうのだった。
だから、そんなリアムを慶一朗が羞恥が勝って言葉には出せない情愛を込めた顔で見つめている事に気づかないのだった。
休み明けの月曜日、やっと訪れたランチタイムを楽しみにした病院スタッフがカフェにやって来ては、今週のオススメランチについて話をしたり、いつも同じものを食べる人が違うものを食べたりと、午前中のそれぞれの激務から解放された安堵を顔に滲ませていた。
そんな中、いつもならばランチボックスを持って来ていた為にカフェに殆ど顔を出さないリアムが姿を見せ、仲良くなったスタッフらが珍しいとその背中を叩いたり今日は寝坊してランチボックスを持ってこれなかったのかと笑いあっていたが、リアムが黙ってテラス席を指し示した為、納得の頷きを残して立ち去って行く。
リアムが指し示した席には人待ち顔−と言うよりは眠くて仕方がないと言いたげな顔で長い足を投げ出してぼんやりとしている慶一朗がいて、友人と待ち合わせているのかと好意的に皆が判断してくれた為、リアムも今日のオススメランチを購入し、トレイを持って慶一朗が待っているテーブルへと近付く。
「ハロ、ケイ」
「・・・今日のランチは何だ?」
「今日はイタリアンだったな」
何種類かのパスタやリゾットなどもあったがお前は何を買ったと椅子に座りながら慶一朗の前のトレイを見ると、エビとアボカドのサラダとコンソメらしきスープがあり、食べるようになったかと自然と口の端を持ち上げる。
「・・・一昨日食ったエビの方が美味い」
慶一朗の不満そうな声にリアムがそりゃあそうだろう、ここで使われているエビとあの時のものを一緒にするなと苦笑すると、そんなものかとエビを食べるが、何か思うことがあったのか、もう一つ食べて小首を傾げる。
「どうした?」
「・・・味が変わった?」
さっき少し食った時とは何か違う気がすると呟くが、リアムが口を開く前にああと自ら回答を見つけた顔で頷くと、リアムを手招きし、寄せられる耳に楽しそうに囁きかける。
「────お前が来たから、だな」
「・・・・・・ケイ、それは・・・」
「ん?」
囁かれた言葉にリアムが額を抑えて溜息を吐くが、慶一朗の顔をちらりとみればその言葉がもたらす感情の起伏に気付いていないようで、どうしたと首を傾げて不思議そうに返されてしまう。
「恥ずかしがり屋なんだよな?」
「リアム?」
好きと言うだけで真っ赤になる程なのに、俺が来たから料理が美味く感じるようになる、その告白恥ずかしくないのかと、そちらの方がよくよく考えれば恥ずかしいのではと疑問を呈すると、ようやく己の言動の真意に気付いたらしい慶一朗の顔にさっと赤味がさす。
「────!!」
「ケイ?」
「う、うるさいっ!」
急にうるさいと怒鳴られて目を丸くするリアムの前、顔を赤くした慶一朗が腹癒せのようにリアムのトレイに乗っているカルボナーラのベーコンを奪い取っていき、あ、また人のものを食うとリアムが眉を寄せる。
「俺に食って欲しいんだろう?」
「・・・まあ、そうだけど」
本当に子供じみたことをするんだからと、呆れつつも慶一朗のすることだから全てを受け入れ認める顔で頷くリアムに何も言えなかった慶一朗だったが、午前中の激務のストレスが少し解消された気がし、やはり一緒にいることで己の心身のメンテナンスがされていることに気付く。
「じゃあ代わりにアボカドをくれ」
「いいぞ、好きなだけ食え」
「ケイ、それじゃお前の食う分がなくなるだろ?」
お前が買ったサラダなんだ、最後まで食えとじろりと睨むと綺麗な顔がそっぽを向く。
そんな二人の様子を仲が良いと笑いながら周囲の人達は見守っていて、慶一朗が内心胸をなで下ろすのだった。
ランチタイムが終わり、今日は午後から手術が入っている、帰りの時間がわからないから先に帰っていろと側にいるのにメッセージアプリでメッセージを送った慶一朗は、サムズアップのイラストで返事をもらい、帰ったら大好きな俳優が出ているドラマを見るから今夜は家で一人で寝ると返すと、再びサムズアップのイラストが返ってくる。
それは、先週末に慶一朗が与えた罰のシーフードバーベキューを、罰ながらも楽しんでいた二人の間で決めた新たな約束事だった。
プライベートの話は極力しない、する時は二人きりではなく第三者が介在する話題にすることを決め、まどろっこしいと思いつつもいまもその約束を守るために隣にいながらそれぞれメッセージを送っていたのだ。
まどろっこしかろうがおかしかろうが、二人こうして同じ病院で働くために必要ならばそれをするだけで、それぞれのオフィスがある廊下へ進もうとした時、リアムが午後の手術を頑張れと告げてそっけなく頷く慶一朗に手を挙げて背中を見せるが、何歩か進んだ時に名を呼ばれて肩越しに振り返り、同じ距離だけ離れた場所で前髪をかき上げる直前、左手の薬指を自然な動作で唇に押し当てる慶一朗を発見して目を見張る。
その行為が意味する所を正確に理解したリアムは、そのキスをしっかりと受け止めて胸ポケットにボールペンを挿す前に胸を一つ拳で叩くと、慶一朗の顔にニヤリと太い笑みが浮かび上がる。
「チャオ、リアム」
「ああ」
短い言葉だけを交わして互いに背中を向けあった二人は、その日帰宅するまで顔を見ることも声を聞くこともできなかったが、予定と違って慶一朗がリアムの部屋に転がり込み、驚きつつも受け入れてくれる彼の部屋の居心地の良いリビングでテレビを見始めるが、いつかのようにあっという間に眠り込んでしまい、呆れながらも内心嬉しそうなリアムにベッドルームに運ばれてしまうのだった。
こうして、互いが抱えた不安を解消するためのケンカが終わり、ティーンのように浮かれた顔を見せないようにと気持ちを引き締めた二人だったが、周囲は本当に仲が良いと二人の関係を親友同士のそれと受け止めてくれた為、それ以上誰にも何も言われずに済んだ。
その陰にテイラーの根回しなどがあったのだが、テイラーはそれを口にせず、慶一朗も薄々感じていたがそれについては何も言わないのだった。