テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
日も沈みかけた頃───
調査兵団一行は、壁内へと帰還した。
出迎える住人たちの視線。
それは歓迎とは程遠く、非難や軽蔑に満ちた、冷たいものだった。
兵士達の表情は暗く、視線を落とし
ただ黙々と兵舎へ向かい馬を進めていく。
(……壁外の惨状を知らない人々の声。これほど皮肉で笑える言葉はない、)
レイは奥歯を噛み締め、悔しさや怒りの籠った拳を固く握った。
その時───
「リヴァイ兵長殿!」
その雰囲気を掻っ切るような、明るい男性の声
リヴァイがその声に振り向く事はなく、
代わりにレイが背後に視線を向ける。
「っ………」
彼女はその姿を見て、息を詰まらせた。
そこに居たのは──
「娘たちが世話になってます!」
「ペトラとレイの父です!」
ペトラの父だった。
「お……父さん……」
レイの声は、微かに震ていた。
「おぉ、レイ!
今回も無事で帰ってきてくれてなによりだ!」
レイの姿を見て、心底嬉しそうに笑う。
その笑顔が、彼女の胸に突き刺さる。
「おっと、ペトラに見つかる前に兵長殿に話してぇ事が」
「ペトラが手紙をよこしましてね。腕を見込まれて、貴方に仕える事になったとか、貴方に全てを捧げるつもりだとか!」
娘からの昇進報告ともいえる手紙を片手に持ち、嬉々とした様子でリヴァイに話しかける。
「兵長殿やレイの隣に立てた事を凄く喜んでるようで、何枚も手紙が入ってましてね。あいつもまだ若けぇし、親としては心配が尽きないものですが、2人と一緒なら安心だなぁ…なんて」
ペトラの父の言葉を聞くリヴァイとレイの表情は暗く、終始無言でただ前に進み続けた。
「リヴァイ兵長殿、どうかしましたか?」
そんな様子を見たペトラの父は、どこか嫌な予感がしながらも、不思議そうに彼に尋ねた。
相変わらず、リヴァイからの返答はない。
数秒、沈黙が続く。
そんな中、レイは重い口を開いた。
「兵長、少しだけお父さんと話をしてから戻っても良いでしょうか」
「……あぁ」
リヴァイからの許可を貰い、彼女は軽く頭を下げる。そして ペトラの父の手を引き、人通りの少ない場所まで足を運んだ。
━━━
「レイ、急にどうしたんだ?」
「兵舎に戻って、後処理とかをしないといけないんじゃないのか?」
状況を呑み込めていない様子の父。
彼女は彼の方へ向き直り、
真剣な眼差しで父の目を見つめた。
「お父さん。いえ、ペトラのお父様。」
「急にどうしたんだ……?そんな他人行儀な呼び方はよしてくれ、俺たちは家族だろう。」
「どうした、何があったんだ?一人で抱え込まなくて良い、助け合うのが家族ってもんだ。」
彼女の畏まった態度に驚きつつも、
“娘”の様子がおかしい事に気づき、
頭を撫でながら穏やかな口調で尋ねた。
その瞬間、レイの目頭が熱くなり
また感情が溢れそうになる。
(……ここで、泣く訳にはいかない。)
溢れる気持ちをグッと堪え、
彼女は目線を逸らさず、告げた。
「今だけは娘ではなく、
調査兵団一兵士として申し上げます。」
一度息を整え、告げた。
「ペトラ・ラル、貴方のご息女は……」
「女型の巨人に応戦の末、命を落としました」
レイの声が、静かに響く。
ペトラの父は目を見開き、
愕然とした表情を浮かべる。
その間、僅か数秒。
しかしレイには、
この時間がとても長く感じられた。
彼からの返答はないが、彼女は続ける。
「ペトラは特別作戦班の一員として責務を全うし、その命を持って、人類の希望である少年を守りました。」
「彼女の力がなければ、この程度の被害では済まなかったでしょう。」
冷静に話す彼女だが、その声は震えており、
その瞳には 後悔と哀惜の念が浮かんでいた。
「そしてここからは、私個人として話します。」
レイの声色が変わる。
そして、同時にペトラの父へ深く頭を下げた。
「ペトラを命を懸けて守ると約束したのに、私は何も出来なかった。助けられないどころか、あの子を差し置いて私が生き残ってしまった。」
「本当に、ごめんなさい」
実の娘ではなく、暖かい家族の間に割って入った偽りの娘だけが生き残ってしまった──
レイの心に、
そんな皮肉な現実が重くのしかかる。
父からの返答はなく、
その間も彼女は頭を下げ続けた。
そして──
「……いつまで、そうしているつもりだ」
「顔を上げなさい」
思いのほか冷静な父の声を聞き、
レイは体を縮こまらせる。
(……そうだ、私なんかが頭を下げてもペトラが帰ってくる訳じゃない。)
(私が何を言おうと、しようと、ペトラの両親の気持ちを救う事は出来ない……)
彼女は唇を噛み、恐る恐る視線を戻した。
「っ……」
顔を上げた瞬間、瞳に映った父の表情を見て、
レイは驚いたように目を見開く。
そこには、涙を浮かべて微笑む父の姿があった。
「……お父さん、なんで、」
「……なんでも何も、娘が無事に帰ってきたんだ。それを喜ばない親はいないだろう?」
驚くレイに、
当たり前のように優しく言葉をかける父。
「っ……でもペトラは、、」
彼女は涙ぐみ、言葉を詰まらせる。
しかし、父は穏やかな声で続けた。
「……ペトラはもう帰ってこない。
でも、お前が帰ってきてくれたじゃないか。」
「俺や母さんは大切な宝物を失ったけれど、全てを失った訳じゃない。」
「レイが帰ってきてくれた、これだけで十分だ」
そう言い、
父はレイに歩み寄り優しく抱きしめた。
「おかえり、レイ」
その瞬間、抑えていたはずの涙が溢れる。
同時に、レイも強く父に抱きついた。
“ ただいま、お父さん─── “
━━━
「落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫。」
しばらくして、レイは落ち着きを取り戻した。
2人は並んで木のベンチに座り、向き合う。
「謝らなくていい。それだけペトラの事を大切に思ってくれていたって事だ。」
「それに、あの子のことはレイが見送ってくれたんだろう?」
父は穏やかな口調で問いかけた。
「……うん、でも遺体を持ち帰ることは出来なかった。」
「……そうか、でもあの子の最期をお前が見届けてくれて良かったよ。」
「きっとあの子も、最後にレイに会えて嬉しかったはずだ。」
そう言いながら、父は彼女の頭を優しく撫でる
「そう……だったら良いな、」
「そうに違いないさ」
2人の声が、閑静な住宅街に木霊する。
「そうだ。そろそろ兵舎に戻らないといけないんだろう?母さんには俺から伝えておくから、レイは戻って務めを果たしなさい。」
「……うん、ありがとう」
「お母さんには、後日私からも詳しく話すから」
「あぁ、またゆっくり出来る時に帰っておいで」
「うん、また絶対に帰るから。」
やり取りを終え、レイは立ち上がった。
そして父の目の前まで行き、膝をついて屈む。
「レイ?」
父は目を丸くし、
不思議そうに彼女を見つめる。
するとレイは、胸ポケットからペトラの紋章を取り出し、父親の手に握らせた。
「これは……」
手元の紋章に目線を落とす。
「ペトラの紋章」
「遺体は持ち帰れなかったけど、せめてこれだけは、2人に持っていて欲しくて」
暫くの間、沈黙が流れた。
そして、彼の目から一滴の涙が零れる。
「そう……か……」
「これが、ペトラの生きた証なんだな。」
「うん」
静かに言葉を交わすと、
抑えていた涙が一気に溢れ出した。
「……ありがとう。ありがとう、レイ」
嗚咽混じりの声。
父は娘の紋章を強く固く握り、縋るように泣いた。
(……実の娘が亡くなって平気な親なんて居ない。きっとお父さんが私に言ってくれた言葉は本当の気持ち。だけど、見せないようにしてくれていた本心もあったはず。)
泣き崩れる父の姿を瞳に映し、
レイは決意を固める。
そして静かに立ち上がると、
自身の心臓に拳を当て、父に告げた。
「お父さん。私はペトラや他の仲間の意志を紡いで、必ず巨人を殲滅する。」
「そして彼らと目指した自由を、必ず私が実現させてみせる。」
父は顔を上げ、彼女の目を見つめる。
その瞳は、計り知れない程強い決意の熱を帯びていた。
その目を見て、父は穏やかに微笑んだ。
「あと……すっかり日も沈んじゃったけど、そろそろ兵舎に戻ろうと思う。」
「あぁ、そうしなさい。辛かっただろうに、沢山話してくれてありがとうな。」
「ううん、お父さんのお陰で前を向けた。」
2人は顔を合わせ笑い合う
「……また、2人で帰ってきなさい」
「……!」
父から飛び出た予想外の言葉を聞き、
レイは目を見開く。
「お前や私たちの中にあの子はいる。だから、必ず2人で帰ってくるんだ。」
「……うん、必ず」
レイは力強く頷き、それを見た父は安心したように笑みを零した。
そしてレイはその場を後にし、兵舎へ向かった
━━━
特別作戦班 会議室───
どこか重い空気が漂う扉
コンコンと軽くノックをし、入室する。
「……戻ったか」
扉が開いた事に気が付き、
リヴァイがレイに話しかける。
「はい、遅くなってしまい申し訳ございません」
「問題ない」
いつも通りの淡白なやり取り。
しかしレイは、この雰囲気に安心感を覚えた。
ふと、リヴァイの手元に目をやる。
「紅茶、ですか」
静まり返った部屋の中に、紅茶の注がれる音が響き、芳しい香りが漂う。
「後は私が用意するので、兵長は座って休んでいてください。」
彼女はリヴァイに歩み寄り、紅茶ポットを受け取ろうと手を差し出した。
「今日は俺が入れてやる、座って待ってろ。」
「ですが……」
「命令だ」
上司に茶を注がせるなどと、普通であれば不敬に当たるが、命令と言われてしまえばそこまで。
レイは行き場の無くした手をスっと戻し、
近くの椅子へ腰をかけた。
「……思ったより早かったじゃねぇか」
レイの分の紅茶を注ぎながら、
リヴァイが口を開く。
「そうですか?自分としてはかなり遅くなってしまったと思っているのですが……」
「それに報告書の作成もまだ出来ていないので、明日までに必ず準備しておきます。」
“報告書”
調査兵団が壁外調査へ赴き、どのような結果を得られたのか、各班でいつどんな事があったのか、班長や副班長が書き記し、団長へ提出する書類の事だ。
リヴァイ班は他の班と異なり、兵長の仕事の多さを鑑みた結果、副班長であるエルド・一班員のレイが報告書の作成を担っていた。
普段は帰還早々にレイが書類をまとめ、その日のうちに報告を終えている。
しかし今回は、書類提出よりも優先すべき事があった為、未提出の状態だった。
提出期限は基本的に調査の翌日
レイは頭の中で出来事を整理しながら、紅茶を入れるリヴァイを見つめていた。
すると───
「報告書なら既に提出済みだ」
彼は注ぎ終えたティーカップを、レイに差し出しながら言った。
その言葉を聞き、彼女は目を見開いた。
「えっ……兵長も今回の調査に伴う仕事はかなりあったはずでは……」
「それも一緒に出してある」
「そう、ですか……」
「すみません……負担を増やしてしまって」
レイは少し頭を下げながら、申し訳なさそうに謝罪した。
「俺の仕事のついでだ、問題ねぇ。」
「それにいつもは俺の仕事を手伝ってもらっているからな。その礼だとでも思っておけ。」
リヴァイも椅子に腰をかけ、
紅茶を啜りながら返答する。
「……わかりました、ありがとうございます」
「あと紅茶も、頂きます」
レイも目の前に置かれた紅茶を手に取り、静かに啜った。
優しい香りが鼻を通り、温かさが胸に広がる。
一息をつくと、レイが口を開いた。
「兵長」
「なんだ」
「その……今更ですが、先の戦いの帰りは年甲斐もなく泣いてしまい、申し訳ございませんでした……。服も汚してしまって……」
彼女は気恥しそうにしながら、ティーカップの縁を撫で、目線を落とす。
「服は汚れてねぇ。いきなりピーピー泣き始めた時は驚いたがな。」
「ただ……大事な奴を殺した敵を前にして、為す術なく退避しないといけねぇってのは、思うところもあるだろう。」
「俺も似たような事があったしな」
リヴァイはティーカップを置き、
紅茶の波紋を見つめながら言う。
「……兵長もピーピー泣いた事が?」
「お前と一緒にするな、俺は泣いてねぇ」
「ですよね、すみません」
軽い冗談を交わしながら、彼は話を続けた。
「仲間の名前は “イザベル” “ファーラン”」
「俺やお前と同じ地下街出身だ」
リヴァイが旧友の名前を出すと、レイは目を丸くし固まる。
「どうした」
そんな彼女を見つめ、彼は不思議そうに尋ねた
「……あ、いえ。昔地下街に居た頃、似たような名前の方に助けていただいた事があって…」
「確か──”イザベル・マグノリア”さん」
「”ファーラン・チャーチ”さんだったかと……」
その名前を聞き、
リヴァイも驚いたような表情を見せた。
「……そいつらだ、面識があったのか」
「はい」
「あの時は確か……飢えた輩が子犬に暴行を加えていたので、私がそれを助けようとしたところ、俺たちの食事を取るなとかなんだとかで、私も標的にされてしまったんです。」
「そこにイザベルさんが大声を上げながら飛び込んできて、体格差があったにも関わらず、身につけていた武器を器用に操って男達を蹴散らしてくれました。」
「そしてその後、処理みたいな感じで、ファーランさんが来て場を収めてくれました。」
「今思えば、あの武器は立体機動装置に似てたような……」
彼女は過去の記憶を辿り、イザベルやファーランとの出会いを語った。
そして、その話を静かに聞いていたリヴァイが口を開く。
「……あいつららしいな」
そう言う彼の顔には、
うっすらと笑みが浮かんでいた。
「とても良い仲間だったんですね」
そのの表情を見たレイも微笑み、
2人の間には穏やかな空気が流れた。
「兵長にそこまで大切に想っていただけるなんて、おふたりは幸せですね。」
「それに兵長も、あんなに優しいおふたりに慕われているんですから、とても羨ましいですし、素敵な関係だと思います。」
その言葉に一瞬、リヴァイの顔が曇った
「……あぁ、良い奴らだった。」
「今はもう、この世にはいないがな」
予想はできていた。
しかし、リヴァイのどこか嬉しそうな顔を見て、つい口走ってしまった。
そして咄嗟に頭を下げる。
「す、すみません……!
辛い記憶なのに、私はなんて事を……」
「気にするな、お前のおかげでアイツらの楽しそうな姿を久々に思い出せた。」
「ありがとうな、レイ」
表情を暗くするレイの頭に手を乗せ、普段のリヴァイからは想像もできないほど優しい声で感謝を述べた。
「それに、俺にとってはお前も大事な仲間だ」
「いつも言っているが、絶対に死ぬな」
紅茶を飲みながらそう告げ、目線は合わない。
傍から見れば心のこもっていない建前的言葉に聞こえるが、命をかけて当たり前と言われる調査兵団員に対し “死ぬな” “大事な仲間だ” というのは、これ以上ない程大切にされている証拠だ。
ましてや一班員から言われるのではなく、多くの部下を従えるリヴァイから出た言葉。
レイはこの言葉の真意を汲み取り、
胸が熱くなる。
「……はい、死にません。」
「でもそれは、兵長もです。兵長は強いので心配無用かとは思いますが、壁外では何があるか分かりません。」
「私にとっても兵長は大切です。
ずっと、隣で戦わせてください。」
そして彼女も、自分の気持ちを伝える。
「……当たり前だ。生きて、この世から奴らを消し去るまではこの刃を振るい続ける。」
「その時お前がいれば早く片付くだろうからな」
(……要するに、隣で戦い続けても良いってこと)
不器用な物言いだが、信頼してくれている事はこれまでの経験でよく分かっている。
レイは嬉しそうに微笑み、
残りの紅茶を飲み干した。
リヴァイも続いて飲み終わり、2人は席を立つ
「明日から、また忙しくなるぞ」
「今回の調査はこのザマだ。他の兵団や壁外の事を何も知らねぇバカ共からの風当たりも強くなる。」
「だから今日はさっさと帰って寝ろ」
そう言いながら、レイのティーカップも回収し、淡々と片付けを進める。
「はい、そうします」
「兵長も早めにお休みになってくださいね」
「あぁ」
そして片付けが終わった事を確認し、
レイはリヴァイに続いて会議室を出た。
「準備から片付けまで、ありがとうございました」
「気にするなと言ったはすだ」
「明日も朝からエルヴィンと俺には召集が掛かるだろうが、その後で時間があればアイツらの家族へ報告に回る。いいな?」
「はい、分かりました。」
明日の打ち合わせを軽くし、話を終えた。
「そろそろ俺も戻る。」
「はい、おやすみなさい。兵長。」
返事はない
ただ彼女の声がけに静かに頷いた。
そして背を向け、
彼は照明の落ちた薄暗い廊下を歩いていく。
その背を見つめ、レイは小さく呟いた。
「……本当に、貴方に出会えて良かったです」
彼女の心の傷は消えない。
しかし リヴァイと話した事で、心に重くのしかかった黒い鉛のような感情が、軽くなっていくのを感じた。
そして、彼の姿が見えなくなった事を確認した後、振り返り自身の部屋へ向かう。
静かなる闘志を胸に────