コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝六時。既に外は明るくなり雀かなにかの鳥の声がチュンチュン聞こえてくる。爽やかな朝なのに気分はどんより雲のよう。あどけない寝顔でぐっすり眠っている美桜を起こさないように静かにベッドから降りTシャツとデニムを手に持ち寝室を出た。 美桜が起きた時に用におにぎりと味噌汁の準備をし、マンションを出る。今から向かう場所は車で二十分ほどのアパートの一室だ。東に向かって走るので朝日が物凄く眩しい。
来客用の駐車場に止め、アパートのインターフォンを押す。
「はい、隆一さんですね、今開けます」
幸の薄いと言ったら悪い言い方だか、本当に張りのない細々とした声質の男の声。
ガチャリと出てきた男は声にぴったり当てはまるような黒髪短髪のヒョロリとした体型、目は一重で細く、けれど雰囲気は優しいオーラが漂いまくっている。
「広志(ひろし)さん、おはよう御座います。今日は呼び出されて来ました」
「先生から伺ってます。今締め切りの佳境でかなり先生も参っているみたいなので……」
申し訳なさそうな広志さんの態度から、だから呼び出されたのかと納得した。
「隆一〜? 来たなら早く入って! やる事いっぱいあるわよ!」
あぁ、悪夢がこれから始まると思うとアパートに入るあと一歩が踏み出せない。入ったら地獄の始まりだ。
「早くさない! じゃないと過激なポーズさせるわよ!」
「っつ……」
重い足取りで部屋に入ると、それはもう地獄絵図だった。
そう、今日のここに呼び出した張本人は俺の八個上の姉、高林姫咲(たかばやし きさき)だ。姫が咲くと書いてきさきと読むが、全く姫の要素がない。むしろ女王様のようで俺を下僕のように扱う。
長い黒髪をお団子頭にし、ヘアバンドでさらに髪が落ちてこないように留めている。眼鏡越しでもわかるほどの目の下の黒い隈に、中学時代のジャージ上下と他の人には見せられないようなボロボロな姿。(一体何年着てるんだよ)
姫咲は超売れっ子BL漫画家だ。ペンネームは確か高森亜弥(たかもり あや)だった気がする。
「よくぞ来てくれた。じゃあ早速広志と絡んで欲しいんだけど、ベットに寝そべってアンタが広志を腕枕してくんない?」
「はぁ!? この前も腕枕しただろ! 同じポーズする必要あるか!?」
「……文句あんの?」
ギロリと俺を睨むその目つきは獲物を捕らえた豹のように鋭い目つき。半年に一回は呼び出されてこうして漫画の資料として担当の広志さんと俺を絡ませ、ポーズをとらせる。いや本当に毎回しんどい。BLが嫌いとかじゃなく、俺はノーマルだから男とくっ付きたいとは思わない。まぁせめてもの救いが基本俺は攻めの体制だって事くらいだ。広志さんは本当に見ていて可哀想になるくらい……
「くそッ……やるよ」
俺は姉の姫咲には逆らえない。
俺が三歳の頃に母親が病死し、父親一人で俺たち二人を育ててくれた。それでも仕事が忙しい父親に代わって姫咲が小さい俺の面倒を見てくれていたのだ。保育園のお迎えも当時小学六年生の姫咲が毎日来てくれていた。思い返せば同級生と遊ぶ暇なんてなかったんだろうなぁと思う。俺は姫咲にたくさん面倒を見てもらい、母親代わりを一生懸命にしてくれた姫咲の頼みを断る事ができない。そして単に凶暴化した姫咲に逆らえないだけだ。
渋々ベッドの上に横たわり腕を差し出す。何が好きで男を腕枕しなきゃなんねーんだ。俺は柔らかくていい匂いの美桜だけを抱きしめたいのに。
「じゃ、じゃあ隆一さん、すみませんが失礼します」
申し訳なさそうに広志さんが俺の胸元に顔を寄せ腕枕の体制になる。広志さんも担当になってから姫咲の無茶横暴に文句一つ言わずに従っている。本当プロの編集者魂ってやつなんだろうか。
「あ〜、いい。いいわ。そのままその体制キープしてね〜、あ、隆一もっと広志のこと引き寄せて」
(これ以上引き寄せろっての!?)
「……早く、やれ」
叫び出したい気持ちを我慢してグイッと広志さんを引き寄せる。これは美桜、これは美桜、自分に暗示をかけながら必死に耐えた。
「よし、オッケー。次は広志を壁に追いやって、隆一が広志の左脚を持ち上げて攻めてるシーンで」
どんどん俺の生気が姫咲に吸い取られていくのに対して姫咲はテンションマックスで目をギンギンに見開いて手を動かし絵を描いている。まじで漫画家って凄すぎ……
「てかさ、隆一結婚するんでしょ? 相手はどんな女なの?」
「女って……まぁ素直で可愛い子だよ。少女漫画が好きなんだってさ」
(いや、こんな格好しながら話す話か!?)
「少女漫画か〜いいねぇ〜。今度合わせてよ、そしたらBL沼に引っ張り込むから」
いや、まじで姫咲の誘導尋問が凄い上手いから美桜は素直だからコロッと沼にハマりそうだ。BLを読む事自体は別に何も問題はない。何が問題かってこうやって俺が男と絡んでいるっていう事実を知られたくないだけだ。だって好きな人の前では格好つけたいだろ?