甘々のはずが愛重になったぞ……。
⚠️直接描写はありませんがそれらしい表現はあります、苦手な方はご注意を。
涼ちゃんの頭の後ろに右手を回し、そっと自分の方へと引き寄せた。
徐々に近づき、お互いの顔がぼやけるくらいになる頃に涼ちゃんが目を閉じる。まつげまで可愛いわ。
きっと涼ちゃんは口にキスすると思っているだろうけど。
「んぇ」
前髪を口で払っておでこに口付ける。
びっくりしたのか変な声を出して目を開ける涼ちゃんを、細めた目でじっと見つめる。
「あんまり煽んないでよ……我慢できなくなるでしょ」
自分でも驚くほどに掠れた熱い吐息に混ざった言葉に、涼ちゃんが不満げに眉根を寄せた。我慢しなくていいのに、って声が聞こえてきそうなくらいで、その物足りなげな表情にまた煽られる。
それをどうにか我慢しながら小さく笑って、きゅむと寄せられた眉間にキスをしてから、少しずらしてまぶたにもキスをする。
「ゆっ……くり、ね? いきなりメインを食べたらおもしろくないじゃん」
本当は、すぐにでも口を塞いで舌を捩じ込んで、やわらかで熱い舌を絡ませたい。細くなってしまった肩を抱いて薄く滑らかな皮膚に噛みついて、俺のものだって証を残して、深くまでつながり合いたい。
だけどそれ以上に、さっきまでは込み上げてきた劣情に負けそうだったのに、今はひとつひとつ確かめながらゆっくりと愛し合いと思うようになってた。時間に追われるように、翌日を気にしながら性急に求める必要がないからだろうか。
それと、ほんの少しの意趣返しもある。
涼ちゃんがいない夜を過ごした俺が、どれだけ涼ちゃんを求めていたのかを知ってほしくて。
「……いじわる」
拗ねたように口を尖らせて潤む目を伏せがちにした目元にもう一度キスを贈り、
「なんとでも」
と、くすくすと笑いながら涼ちゃんの手を引いてソファに座らせた。
放置されっぱなしの卵雑炊を記載通りに温めて小さなおぼんに載せ、水切りカゴに放置されっぱなしのスプーンを軽く水で流してからリビングに戻る。
ありがとうと受け取ろうとした涼ちゃんを無視しておぼんを持ったまま横に腰掛けて、体ごと涼ちゃんに向けた。
「はーい、口開けて」
「自分で食べれるって」
「いいから、ほら」
蓋を取ってスプーン半分くらいすくった雑炊を、涼ちゃんの前に差し出す。涼ちゃんは恥ずかしいのかスプーンを奪おうとするけれど、頑として譲らない俺の様子に小さく溜息を吐いて、顔にかかる髪を耳にかけて顔を寄せ、薄く口を開けてスプーンを口に含んだ。
……えろ。
ちろ、と覗いた舌の赤さがまたさぁ……三十を超えて色気増し増しになったと思うんだよね、可愛くもなったけど。意識してやってるときもあるけど、基本無意識でやるから質が悪い。
これに釣られたとなると負けた気がするから、押し倒したくなるのをグッと我慢する。
「どう?」
「ん、おいひい」
「でしょ」
「はんれもひょきぁどやはおふんの」
「なんて? ……俺と食べると、美味しいでしょ?」
若井と食べてるときよりも、とは言わない。これもまた負けた気がするから。
言わなくてもなんとなく分かったのか、ふふ、と笑いをこぼして口の中のものを飲み込んだ。
それを確認してからまた同じくらいの量をすくって差し出しす。涼ちゃんが口に入れてそれを食べる……をひたすら繰り返し、ちゃんと卵雑炊を完食した。
「ごちそうさま」
ふにゃ、と笑った涼ちゃんの口の端についた食べかすを、ついてるよ、と舐め取ると、普通に取ってよ、と頬を赤くした。恥ずかしさもあるんだろうけど、それ以上に、目がもっと、と語っている。
……うん、いい調子。もっと焦れて、もっと求めて? 俺のことしか考えられないくらいに。
「じゃ、次はお風呂ね」
にっこりと笑って、おぼんを持って立ち上がる。洗うのは後でいいかとシンクに容器とスプーンを置いて、水だけ掛けておく。お風呂の前に水分補給をしておこうかと、購入してきたペットボトルのお茶を冷蔵庫から取り出した。
ソファから立ち上がった涼ちゃんが、俺もちょうだい、と寄ってきて、俺が飲んだあとのペットボトルを受け取る。
涼ちゃんが帰ってくる前にお湯は張っておいたけれど、時間が経っているから冷めてしまったかもしれない。一応追い焚きしておくか、とボタンを押すと、お茶を飲み終えて冷蔵庫に片付けた涼ちゃんが、くい、と俺の服を引っ張った。
「……ほんとにしてくれないの」
ええい、耐えろ俺の理性。
「しないなんて言ってないでしょ。次はお風呂入ろって言ってんの」
そんなにしたいの? とは言わない。したいって言われたらそれこそギリギリの理性なんて焼き切れるから。
むぅとする涼ちゃんの手を握り、何か言われる前にバスルームへと連れ立って向かう。
ムスッとしたまま服を脱ごうとする涼ちゃんを、脱いじゃダメ、と止める。
「脱がしてあげる」
シンプルな白いボタンシャツの一番上のボタンに指をかけ、ひとつひとつ丁寧に外していく。
プレゼントの包装紙を剥いでいくような高揚感を覚えながら、晒された白い肌にうっすらと残っている二週間前の痕に触れる。
「……あとでたっぷり上書きしてね」
聞こえてきたあまりに魅力的な言葉に、いい加減にしろよ、と言いたくなる。
目を向ければ妖艶に微笑む涼ちゃんがいて、この野郎……とこめかみをひくつかせた。
ほんと、覚えとけよ?
今度は俺がムスッとする番だった。涼ちゃんは楽しそうに笑って、元貴は俺が脱がしてあげる、と俺のシャツの裾を持った。
お互いにベルトを外して、ジーンズのボタンを外す。そうして生まれたままの格好になったところで浴室のドアを開けた。
もわもわと湯気がたちのぼる中、バスタブからお湯をすくって身体にかけ、二人並んで身を沈めた。涼ちゃんを俺の脚の間に座らせ、後ろからお腹に両手を回す。
ちょっと前まで、ぽにょ、とした感触のあった腹部から余分なお肉が減っていた。夏までには痩せる宣言をしていたから、ダイエット成功といえばそうなんだろうけれど、褒められた痩せ方じゃない。
「……痩せたね」
「そう?」
「うん」
「元貴といたら、すぐ太るよ」
「ご飯美味しいから?」
「そう」
ふふ、と笑う涼ちゃんは、きっとやさしい顔をしているんだろう。
俺のせいじゃないし、結果としてたくさんの苦しむ人が救われたし、俺たちの関係も元通りなんだから、ハッピーエンドと言えばそうなのだろう。
だけど、そうだけど。涼ちゃんを傷つけてまで、あんな想いをさせてまで、つらいことをさせてまで、やらなければならなかったのだろうか。
もしも俺が涼ちゃんを諦めていたら? もしも俺がUSBを見つけられなかったら?
終わりよければ全てよし、なんて嘘だ。その過程で傷つき、捨てられたものがある以上、それを無視することなんてできるわけがない。考えたって仕方がないことだと、頭では分かっている。
だけど、巣食う恐怖が、どうしても拭えない。
ぐ、と涼ちゃんを抱き締める腕に力を込めると、涼ちゃんが労るように俺の手をお湯の中でさすった。
「ねぇ、元貴」
「……なに?」
「たくさんわがまま言っていいからね」
こて、と俺の肩に頭をもたれさせ、やわらかな視線を俺に向ける。
「ぜんぶ、俺が叶えてあげるから」
お風呂の温度がじんわりと身体を温めていくように、涼ちゃんの言葉が染み込んでいく。
涼ちゃんを甘やかそうと思っていたのに、俺の方が甘やかされている。
悔しい、けど、ただただ、愛しい。
「……二度と俺から離れないで」
「うん」
「俺と一緒に生きるって約束して」
「うん」
「これからずっと、俺だけを愛して」
「うん」
自分の目から涙があふれる。
「……おれを、ひとりにしないで」
涼ちゃんが身じろいで、俺の腕から抜け出した。
よいしょ、と言いながら向きを変えて、俺の脚の上を跨いで向き合う形で腰を下ろした。
「俺はずっと、元貴だけを愛してるし、元貴と一緒に生きていくよ」
お風呂のおかげであたたかくなった涼ちゃんのてのひらが俺の頬を包んだ。
涼ちゃんを見上げると、彼の頬もお湯ではないもので濡れていた。
「絶対に元貴を独りにしないし、もう二度と離れない」
ぎゅぅ、と腕の中に俺の頭を抱き込んで、ぽんぽん、と頭を撫でる。
「……約束だからね」
「ふふ、うん」
涼ちゃんの腕の中からじっとりと見上げると、涼ちゃんは相変わらずの可愛らしい笑顔で頷いた。
俺の中に住まう涼ちゃんへの愛情は、どこか狂気じみていると自分でも思う。
誰にも見せたくないし、俺だけを見ていて欲しいし、俺のことだけ考えていて欲しいし、俺にだけ笑いかけててほしい。子どもの持つ可愛らしい独占欲なんかよりも、ずっと重苦しい感情だ。
そんなの現実的ではないし、実際には行動にできないだろうとも思うんだけど、もしも涼ちゃんを取り戻すことができなかったら、この“世界”から涼ちゃんを連れ出してしまっただろう。
誰にも渡さないために。本当に、俺だけのものにするために。
「……破ったら、殺しちゃうかも」
ぽつ、と口をついて出た本音に涼ちゃんは少しだけびっくりしたように目を瞬いて、
「いいよ。そのときは元貴も一緒にきてね」
子どもみたいに無邪気に言った。
しばらくそのままじっと見つめ合って、ふふ、と同時に笑った。
その後、涼ちゃんの髪を洗い、涼ちゃんに洗ってもらい、ちょっとした触れ合いをしながらお互いの身体を洗い合った。
我慢しきれなくなった涼ちゃんに腰を押し付けられたときはヤバかった。耐えきれず首筋に噛み付いて、涼ちゃんも俺の肩を噛んで、お互いの熱を高め合った。
のぼせたら困るから、と浴室を出て、タオルで適当に身体を拭いて髪なんて乾かす暇もなくベッドに向かう。スキンケアはすべきだと分かっていたけど、もう無理だった。
もう我慢なんて要らない。理性なんて溶けて消えてしまえばいい。
本能のままに、目の前の存在を愛すればいい。
「は、もと、き……っ、ん、ぁ……ッ」
噛み付くようにキスをして、身体中をまさぐって、舌で、指先で、俺の全身で涼ちゃんを感じる。
「涼ちゃん……、涼架……ッ」
終わりを見据えたあの日の情交を忘れられるよう、ひたすらに互いを求め合った。
世界に俺たち二人だけだったら、こんな想いをしなくて済んだのになんて、どうしょうもないことを思いながら。
何度果てたか数えられないくらい肌を重ね、汚れたシーツをなんとか変えてベッドに抱き合って横になる。
荒かった呼吸が落ち着いて、激しかった鼓動もゆったりとしたものになった頃。
「……寝ないの?」
とろとろと閉じそうなまぶたと格闘する涼ちゃんを見て、ふっと微笑む。
この二週間の疲労と先ほどまでの運動で、すぐにでも寝てしまえそうなのに、寝付けなかった。
答えを待つ涼ちゃんに、困ったように眉を下げて見せる。
言うべきか迷ったけれど、言わないと涼ちゃんも寝ないだろうな、と思って口を開いた。
「……目、閉じて開けたらさ」
「ぅん……」
ぎゅ、と抱き締める。
「涼ちゃんがいなくなってそうでこわいんだよね」
確かに今腕の中にいるのに、これが夢だったらどうしようって、都合のいい幻影を見ているんだったらどうしようって、そんな恐怖で胸がいっぱいになる。
どれだけ抱いたって満たされなくて、どれだけ熱を分け合ったって凍りついたままの部分があって。
涼ちゃんといるとそれが少しだけやわらいで、でも今回の一件でしっかりと俺の中に傷として刻まれてしまった。
しっとりとした空気に落ちる沈黙に、気にしなくていいから寝な、と声を掛ける。
考え込むように俺を眠そうな目で見つめていた涼ちゃんが、それなら、と呟いて、もぞもぞと身体を起こした。
「……涼ちゃん?」
俺の肩を押して仰向けにした涼ちゃんが、俺の上に跨って、
「一晩中、えっちしよ」
すり、と俺の内腿を撫で上げてやわらかに笑った。
「……はは、ほんと」
離してなんかやらない。
続。
期待されてたフルコースじゃないですよね。どうしてこうなった?
次回最終話です。あと少しだけお付き合いくださいませ。
コメント
10件
最後怖がる元貴の気持ちを思うと涙が溢れましたが、涼ちゃんの一言で頭がパーンてなりました(語彙力消失)
全然フルコースすぎました😇 何回も言うと思うけど、また幸せになれて良かったです!! 次回で終わりもなんだか嬉しいような、寂しいような...。楽しみにしてます😆
2人の深い傷と深い愛とお互いが絶対不可欠なところの表現力がスゴいです!うまく言えないのですが、フルコースありがとうございます✨ 終わってしまうのが寂しい気持ちとありがとうございますの気持ちで、また読み返してきます🥹