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「今日はありがとな、楽しかったよ」
木田との二次会が終わり、店の前で木田が結衣と類に挨拶をする。
「佐々木、佐伯と……ルシエルと幸せに。それから、これからも仕事頑張れよ。あ、でも佐々木は頑張りすぎるところがあるから、頑張りすぎないこと。何かあったら、いつでも俺のこと頼ってくれていいから」
「はい、ありがとうございます!木田さんが支店に応援に来てくれたおかげで本当に助かりました。木田さんも、本社に戻ってもお体に気をつけて頑張ってください」
結衣が嬉しそうに微笑んでそう言うと、木田は結衣を優しい眼差しで見つめ、手を伸ばした。その手は結衣の頬近くの手前で止まりそうになるがすぐに方向を変え、結衣の頭に置かれると、優しく撫でる。
(新入社員の頃、木田さんこの大きな手に何度も助けられて、励まされたんだよね。困った時、弱った時、頭を優しく撫でて私の背中を押してくれた。あの頃は、これじゃセクハラになってしまうか、なんておどけたように言っていたっけ)
木田に撫でられながら、結衣は懐かしくなって自然と微笑んでしまう。そんな結衣に気付いて、類はムッとする。
「そろそろ離してもらっていいですかね?でないとセクハラで訴えますよ、俺が」
結衣の横から類のドスの効いた低い声が聞こえてきた。ハッとして木田は手を離して降参したように両手を上げると、類は結衣の頭をパッパッとはらうようにしながら木田をジトっとした目で睨んでいる。そんな類を見て、木田はくつくつと楽しそうに笑った。
「はいはい、わかったわかった。それじゃそろそろ行こうか。駅までは一緒になるけど我慢してくれよ」
そう言って歩き出す木田の後ろを、結衣と類はついていこうと歩き出した。
ドンッ
「あっ、すすすすみません」
「いえ、こちらこそ」
結衣の肩に一人の小柄な女性がぶつかった。眼鏡をかけ、茶色の緩くウェーブかかった髪の毛が揺れている。地味そうな服装に反して、眼鏡越しの顔は見るからに可愛らしかった。
(わあ、可愛い人)
結衣がそう思っていると、その眼鏡の女性は木田と類に視線を向けてハッとする。両目は今にも落ちそうなほど大きく見開き、まるであり得ないといったような顔で急に青ざめた。
「……だいじょうぶですか?」
結衣が心配そうに声をかけると、女性はまたハッとして結衣へ視線を戻し、後ずさりながら首をふってからうつむいた。まるで、顔を見られたくないと言わんばかりの様子だ。
「だ、大丈夫です!ぶつかってごめんなさい!」
そう言って深くお辞儀をすると、その女性は急ぐようにその場から走り去っていく。
(どうしたんだろう?木田さんと類くんを見ながら驚いた顔をしてたけど、知り合いなのかな?でも知り合いだったら声をかけるはずだよね?)
「結衣さん?どうしたの?」
類が立ち止まっている結衣に気付いて声をかける。前を歩いていた木田も立ち止まって振り向いていた。
「あ、ううん。なんでもない。ちょっと人とぶつかっちゃって」
そう言って結衣は類の隣に足早に歩み寄ると、何事もなかったかのように三人は歩き出した。
*
(本当に、あの可愛い人はなんだったんだろう)
木田と別れて類と一緒に類の家に帰って来た結衣は、ソファに座りクッションを抱きしめながらぼーっと壁を眺めていた。
二次会で木田が言っていたことをふと思い出す。この世界に、類や木田のように乙女ゲーム『終末のホーリーナイト』のキャラたちが他にも転生しているとしたら。
(もしかして、あの人も転生者だったりして?いや、そんなまさかね。でも……)
類と木田を見た瞬間、あり得ないと言わんばかりの顔で驚いていた。類と木田の二人を同時に知っているとしたら、転生者かもしれない。
(でも、だったらなんで二人に声をかけなかったんだろう?まるで声をかけられたくないような素振りだったし……もしも転生者だったとしたら、昔二人と何かあったとか?)
そもそもあの女性が転生者だという確信は全くないし、結衣はルシエルたちが生きていた本当の世界のことは何も知らない。創作物である『終末のホーリーナイト』のことしか知らないのだ。
「はい、結衣さん、ココアできたよ。なんでそんな眉間に皺寄せて壁を睨んでるの?何か見えてる?」
類が両手にマグカップを持ってやってきた。マグカップをテーブルに置くと、結衣の隣に座ってくすくすと笑っている。ずいぶんと不思議な顔をしていたようだ。
「え、そんな顔してた?」
「もしかして、木田さんが言ってたこと?」
慌ててむにむにと自分の頬をつまむ結衣に、類は真面目な表情で聞き返した。
「うん、……私、ゲームの内容とかは知ってるけど、実際のルシエル様たちが生きていた世界のことは何も知らないんだよなと思って」
「……知りたいの?」
「うーん、ちょっと前までは別に知らなくてもいいかなと思ってたけど、木田さんの話を聞いて、私が何も知らないせいでもしもの時に類くんやルシエル様の役に立てなかったら困るな、とはちょっと思った」
クッションに顔を半分埋めながら、結衣はすこし寂しそうに言う。自分が何も知らないせいで、類が他の転生者と何かあった場合に何もできないかもしれない。そう思うと、結衣の心はざわついてしまう。
「気にしなくていいのに。俺はむしろ、昔のことに結衣さんを巻き込みたくない。結衣さんは『終末のホーリーナイト』のルシエルしかしらないでしょ?あれは一部は正しいけど、結局は創作物だからね。もしも他の転生者がいたとしても、会いたくない人間だってたくさんいるんだよ、お互いに」
類は少し厳しい顔でそう言い放つ。その様子に、結衣の胸はさらにざわついた。剣や魔法が当たり前にある世界だ。きっと、結衣の想像もつかないような複雑なことがその世界にはあったのだろう。
「それに、俺は木田さんと違って他の転生者に会いたいと思わない。俺は、確かにルシエルの記憶を持ってるけど、今は佐伯類だから。佐伯類として結衣さんに出会って、結衣さんを好きになったから。まあ、きっかけはルシエルが関わってることは否めないけどさ」
そう言って、そっと結衣の顔にかかった結衣の髪の毛を結衣の耳にかけた。
「俺は、佐伯類として結衣さんとこれからも幸せな時間を過ごしていきたい。もし、結衣さんがあの世界についてもっと知りたいならもちろん教えるけど、でも大切なのは今だと思ってるから。それだけは、わかってほしいな」
類の言葉に、結衣はクッションから顔を上げて類を見つめる。
「わかった。私も、類くんと今をたくさん大切に過ごしていきたい。ルシエル様だった頃の話を全部を聞きたいとは言わないよ。でも、類くんが話せると思ったことは、少しずつでも教えてほしいな。何も知らないのは、彼女としてなんだか不安というか……それに、推しのことはやっぱりもっとちゃんと知っていたいし」
結衣がそう言うと、類は少しだけムッとして結衣の両頬に手を添え、ムニッと頬を挟んだ。
「ルシエルとしては嬉しいけど、類としてはやっぱり複雑だな。これだけ推されてるってわかると推し変されることはないんだろうし安心だけど、なんかなー。やっぱり類としてはちょっと不満」
「そんなに?でも、私にとっては類くんはルシエル様で、ルシエル様は類くんだから、どちらかだけじゃないよ。類くんはルシエル様だけど、でも、あなたはあなたでしょ?私にとっては大切なたった一人の存在だよ」
クスクスと嬉しそうに笑いながらそう言う結衣を、類は目を大きく見開いて見つめてから、フフッと笑った。
「結衣さんには敵わないな。……もし、万が一の話だけど、これから他の転生者に出会って何かあったとしても、絶対に俺が結衣さんを守るから。だから、安心して」
類の真剣な瞳が結衣を射止める。今が大切だと言いながらも、もしも他の転生者に出会ってしまったら何かを避けることはできないと言わんばかりだ。それでも、類の瞳を見つめていると、結衣は不思議と不安にはならなかった。
「うん、大丈夫。だって、他の転生者に絶対出会うとも限らないでしょう。それに、どんなときでも類くんのこと頼りにしてる。あ、類くんも何かあったら私のこと頼ってね。私ができることなんて限られてるかもだけど、それでも、私だって大切な人のためにできることはしたいもの。今回のことだけじゃない、他のことでも、なんでもだよ」
しっかりと力強く類を見つめ返す結衣に、類は嬉しさを隠し切れない顔で微笑む。そして、結衣の額に自分の額をくっつけた。
「結衣さんには本当に敵わないな。そんな結衣さんだから好きになったんだけどね。結衣さんに出会えて、俺――ルシエルも類も幸せだよ」
そう言ってフフッと微笑みながら、類は静かに結衣の唇にキスをした。
ー完ー
#歳の差