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『別れたはずの元彼が毎晩うちに帰ってくる』~m×s~
side佐久間
元彼が俺の洗濯物を畳んでいる。
しかもやたら上手い。
俺がいつも裏返したまま放り込む靴下を丁寧に戻して左右をそろえて引き出しの定位置にしまっている。
持ち主の俺より俺の靴下の居場所に詳しい。
どういうことなんだよ。
いや靴下の話ではなく。
「佐久間君これもう片方けない?」
黒い靴下を一本持ち上げた蓮が当たり前の顔で振り返る。
その膝の上には俺の部屋着がきれいに重なっていた。
「……知らない」
「またベッドの下かな」
「知らないけど」
「後で見とくね」
見ておかなくていい。
そこまでしなくていい。
そう言えば済むのに口が動かない。
代わりに俺は自分の膝の上でクッションの角を折った。
一回二回。
折っても何も解決しない。
俺らが別れたことはクッションを何回折ればこの部屋に反映されるんだろう。
蓮は畳み終えた部屋着を抱え寝室へ運んでいった。
開きっぱなしの扉の向こうで引き出しが滑る。
いつもと同じ音。
いつもと同じ背中。
ただ一つ違うのはあの背中を持つ男がもう俺の恋人ではないということだけだった。
「そろそろ寝よっか」
戻ってきた蓮が小さくあくびをしながら言った。
俺はクッションから顔を上げる。
ちょっと待て。
寝よっかではない。
なんでそんな今日もちゃんと一日が終わりましたみたいな顔をしてるんだよ。
終わったのは一日だけじゃないぞ。
「……俺ら別れたんだよね?」
蓮はあくびを飲み込んだ。
俺を見てそれからうんと頷く。
そこは即答なんだ。
俺の心臓にぐさっと刺さった返事を本人は知りもしない顔をしている。
「じゃあなんで今日も泊まるの?」
自分で尋ねたくせに答えを聞くのが怖かった。
帰ったほうがいいと言われたらどうしよう。
言ったのは俺なのに。
どうしようもない。
蓮は少し首を傾げた。
「別れたけど佐久間君のことは好きだから」
……え。
俺はクッションを抱き直した。
その一言をいったんどこかに置きたい。
できれば俺の胸以外のもう少し丈夫な場所に。
好きだから。
そんなにきれいな言葉でこんなにわけの分からないことをしないでほしい。
好きならなんで別れたの。
今ここに帰ってくるならなんで俺の彼氏をやめたの。
何から聞けばいいのか分からなくて俺は結局何も言えなかった。
蓮の後ろの寝室には枕が二つ並んでいる。
一つを片づける日は今日も来なかった。
――――――蓮から別れようと言われたのはその一週間前だった。
三年近く付き合ってこんなに静かに終わるものなのかと俺は変なことを考えていた。
大喧嘩をしたわけでもない。
ほかに好きな人ができたと言われたわけでもない。
仕事から帰ってきた蓮が手も洗わず玄関でしばらく動かなかった。
どうしたのと声をかけた俺に少し話せると聞いた。
それだけで嫌な予感はした。
付き合ってからずっと別々に借りた部屋を行き来していた。
けれどこの一年ほどは蓮の服も歯ブラシも俺の部屋にあるほうが多かった。
こっちのほうが落ち着く。
そう言われた日俺は何でもないふりをして洗面台の端を空けた。
俺が歯ブラシのために空けた場所に蓮は暮らしごと入ってきた。
朝なかなか起きない俺の肩を揺らす手。
帰りが早いほうが夕飯を用意するという曖昧な約束。
日曜の昼どっちが洗濯物を取り込むかで揉めながら結局二人でベランダに出る時間。
そういうものを少しずつ増やしていた。
だから減ることなんて考えていなかった。
蓮の仕事が忙しくなるまでは。
会えない日が増えるのは仕方がないと思った。
疲れているのも分かった。
約束していた映画に行けなくなった日も仕方ないと言った。
二度目も言えた。
三度目はスマホを置いてから一人で少しだけ顔をしかめた。
会いたかったな。
口にしたのは誰も聞いていない部屋の中だけだった。
蓮に届いたのはいつもの俺の返事だけ。
仕事だもんしょうがないよね。
気にしないで。
俺は平気だよ。
その最後の一文だけはちょっと嘘だった。
「佐久間君、最近ちゃんと寝てないでしょ」
別れ話の夜蓮はソファの端に座っていた。
俺との間に一人分くらいの空白がある。
それを詰めようとしたところで名前を呼ばれて俺は動けなくなった。
「寝てるよ」
「俺が来るかもしれないって起きてるんじゃないの」
「それはたまにだよ」
「ごめん」
あのとき寂しかったと言えばよかったのかもしれない。
毎日じゃなくていいからゆっくり話す日がほしいと。
でも俺は笑った。
やっと顔を見られた夜を嫌な時間にしたくなかった。
「そんなことで謝らないで。蓮が忙しいの分かってるし」
「分かってくれるから余計に嫌なんだ」
蓮は自分の手を見ていた。
いつも俺の手を簡単に包んでしまう大きな手。
今は膝の上で固く組まれている。
「俺、このまま佐久間君に我慢させ続けるの嫌なんだ」
「……うん」
「約束しても守れないし。俺のせいで佐久間君が予定を空けて待ってるのも」
「待つのは、俺が会いたいからだよ」
「でもそれがつらいんだよ」
胸の中にあった言葉がそこで全部止まった。
会いたいと思うことが。
好きな人を待つことが。
蓮にはつらいのだと言われた気がした。
俺の好きが知らないうちに重たくなっていたのかもしれない。
「……別れよう、佐久間君」
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R-18『ツン99%、デレは俺限定。そろそろ好きって言って』
本編とはひと味違う、特別な一篇。↓
「許してほしい?じゃあ俺のこと好きって言ってよ。好きって言ってくれたら優しくしてあげる」
「……っいやだ……っ」
「嫌なの?こんなに気持ちよくされて声まで出してるのに?」
「きらいだ……っれんのことなんか、めっちゃ嫌いだ……っ」
ここまでされてもなお佐久間君は頑なにその言葉を口にしようとはしなかった。
震える唇から紡がれるのは相変わらずの「嫌い」という拒絶の言葉だけ。
普通なら心が折れそうになるほどの徹底した拒絶だが俺にとってはそれが極上のスパイスでしかない。言葉では嫌いと言いながら俺の服を握りしめる手は絶対に離そうとしないし俺の体温を求めるようにすり寄ってくるその体は完全に俺の愛撫に依存しきっている。
この圧倒的な矛盾。素直になれない不器用すぎるツンデレ具合が俺の理性をさらに深い泥沼へと引きずり込んでいく。
好きと言わないなら言いたくなるまでいや言葉すら発せなくなるまでその体を徹底的に甘やかしてぐずぐずに溶かしてやるしかない。
俺は口角を少しだけ上げ暗い欲望を隠すことなく佐久間君に微笑みかけた。
「そっか。まだ嫌いなんだ。じゃあもっと嫌われるようなこといっぱいしないとね」
「ひゃっ……!んんっ……あぁっ……!」
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
読了しました……これ、めちゃくちゃ刺さるやつです💔 別れたのに「好きだから」って言って毎晩帰ってくる蓮、なんだそれずるいよって思うけど、一番きついのは佐久間くんの「待つことを我慢して笑ってしまう」ところ。仕事だからしょうがないって言いながら、実はちゃんと寂しかったんだよね。そのすれ違いが別れを呼んだのに、今も隣で寝ようとするの、反則すぎる…… R18の方の“嫌い”連呼しながら離れない佐久間くんも、もう完全にツンデレの教科書。続き、めっちゃ気になります…!