コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
映画や料理番組の収録が出来そうな立派なキッチンの片隅に小さなテーブルを置き、壁に一方を接しその反対側に椅子を並べた質素すぎるダイニングテーブルに、リオンが注文した-為にモッツァレラチーズとトマトのピッツァに何故かトッピングでチーズが大量に載っていた-ものと、デザート系も食べたかったとの言葉通り、ピッツァの生地にチーズを敷き詰めその上にハチミツを掛けたものが並び、その横には申し訳程度のにんじんサラダとコールスローが並べられていた。
帰宅したウーヴェを僅かに尖った唇とそれでも嬉しいと言いたげな顔で出迎えたリオンは、いつもならばただいまのキスをするのに今日はお帰りのキスだと笑ってウーヴェの腰に腕を回し、半日ぶりに感じる体温に小さな吐息を零していた。
テーブルに並ぶピッツァとサラダ、そしてリオンが冷蔵庫から取りだしたビールを目にしたウーヴェが感心したように頷くと、誉められた事が嬉しい子どもの顔でリオンが頷いて椅子を引く。
そうして始まる二人のささやかな夕食だったが、こうして二人肩を並べて食事をする時、いつの頃からか暗黙の了解として一日の予定や今日あった出来事を話し合うようになっていて、今日もまたウーヴェが溜息混じりに厄介な患者が来る事になった、だがそれでも自分を頼ってきてくれるのだから誠実に対応するだけだと肩を竦めると、リオンがピッツァを自分好みの大きさに切り分けながら口笛を吹き、訝るウーヴェの頬にキスをする。
「オーヴェなら大丈夫だって」
どんな患者が来たとしても大丈夫だと太鼓判を押し、今度はウーヴェの為に切り分けて皿に載せると、いつものようにウーヴェが掌を向けて合図を送ってくれるのを待つ。
「どうぞ召し上がれ」
「ダンケ!」
児童福祉施設にいる時は誰がどれ程口を酸っぱくして注意しても食前の祈りをしなかったリオンだが、ウーヴェと一緒に食卓に着くようになってからは何故か合図を待つようになっていた。
心境の変化だと一言で終わらせるリオンにウーヴェも何も言わずに合図のように掌を向け、自らもそんなリオンと肩を並べて食べ始めるが、モッツァレラチーズとトマトのピッツァを頬張っていた時、リオンが呟いた言葉に思わず喉を詰めそうになる。
「今日さ、エマっていうセフレに久しぶりに会った」
「!?」
ウーヴェの喉が奇妙な音を立て、次いで苦しそうに咳き込んだ為リオンがその背中を撫でながら何を慌ててるんだと呆れた様な声でウーヴェを見ると、見られた方は目尻に涙を浮かべながら誰でもそんな事をいきなり言われたら喉を詰めると反論する。
「そっか?」
「当たり前だ……!」
セフレ、つまりは大人の遊び友達がいたことは理解していたし仕方がない事だと思っていたが、本人の口から開けっぴろげに告白されるとやはり面白い気持ちになるはずもなく、涙を手の甲で拭いたウーヴェがじろりとリオンを睨む。
「まさかとは思うが、昼の電話はその彼女からだったのか?」
「さすがはオーヴェ、勘が良いな」
でも俺がそれを知ったのは美術館のカフェで偶然出会った本人から文句を言われた時だと肩を竦めたリオンは、久しぶりに遊ぼうと誘われたことも告げて何食わぬ顔でピッツァを頬張ると、その横顔にウーヴェが視線を突き刺してくる。
「ちょっと話をしてもう遊ばねぇって言ったら納得してくれた。それだけだって」
「ふぅん」
「あー、信じてねぇな、オーヴェ!」
どうして信じてくれないんだと声を大きくするリオンに冷めた横顔を見せたウーヴェは、本当に話をしただけだと言い募られて根負けしたように横目で見つめつつ本当かと呟くと、リオンの頬がピッツァ以外のものの為に膨らむ。
「むー。……あ、これを見りゃあ信じてくれるよな、オーヴェ」
「?」
世紀の大発見だと言いたげな顔で立ち上がり、訝るウーヴェの前でいきなりジーンズをずり下ろしたリオンは、まだテディベアは裏返ったままだと胸を張る。
その、一瞬どのように反応すればいいのか分からなくなる証明方法に呆気に取られるが、こみ上げてくる笑いを堪えられず、拳で口元を覆い隠してくすくすと笑い出す。
「オーヴェ?」
「……面倒くさがりのお前のことだ、下着を脱ぐようなことにならない限りわざわざ履き替えたりはしない、か?」
「そう! さすがはオーヴェ、良く分かってる」
裏表を間違えて穿いていた下着だが、昼に指摘されてからもまだ裏返ったままだと笑うリオンに苦笑したウーヴェは、早くジーンズを穿けと告げてビールを飲む。
「な、これでパンツを脱ぐようなことはしてねぇって分かってくれたか?」
「ああ、分かった」
とんでもない証明方法だがリオンの場合は的確だったと苦笑し、コールスローを一口食べようとしたウーヴェの手をリオンが掴んでそのまま口元に引き寄せたかと思うと、大きく口を開けて苦手なはずのサラダをウーヴェよりも先に頬張る。
「……うまい」
「もっと食べればどうだ?」
「んー、オーヴェが食わせてくれるのなら野菜を食っても良いかな」
「バカ」
他愛もない日常の会話を繰り広げ、ピッツァとサラダを総てきれいに平らげたリオンは、ウーヴェも満足そうな顔で頷いたのに目を細め、小さな声でウーヴェを呼ぶ。
「どうした?」
「うん………マジでさ、セフレなんてもう必要ねぇって思った」
それは今からほぼ一年前にお前がもう一人ではないと教えてくれた事、仕事で疲れても楽しい心のままであっても帰ってくる場所を俺の為に用意してくれたこと、離れていてもいつもお前の心を感じられるからだと、悲しい事件の後に二人でずっと一緒にいる約束の証として買い求めたリングを撫でながら訥々と告げたリオンの頬をウーヴェの手が無言で包み、顔を上げてリオンが破顔一笑する。
「本物を手にすると偽物なんて必要無くなるんだな」
偽物ならば数が多くあればいいと思っていた己の考えも変えてくれたお前には本当に感謝していると囁くと、額に優しいキスが降ってくる。
「オーヴェ……ダンケ」
「ああ」
あの日、あの夜、家に帰ろうと手を差し伸べてくれたお前が本当に大好きだとも告げてウーヴェの唇にキスをすると、何かを期待させるキスが唇に返される。
「……デザートはどうする?」
「んー、今日はいらねぇ」
いつもならばデザートがどうこうと騒ぎ出すリオンだが、今夜はその代わりにいつも以上にウーヴェの傍にいたいと伏し目がちに囁き、己の願いを聞き入れてくれる優しい恋人の掌で頬を撫でられて目を細める。
「あっちのバスタブに湯を張ったんだったな?」
「うん、そう」
だから一緒に入ろうと笑いかけて同じような笑みを浮かべながら頷かれ、照れたように頭に手を宛がったリオンは、とにかくここを片付けてからだとウーヴェが宣言した為に面倒くさそうな顔で立ち上がり、二人でてきぱきと片付けをしてしまうのだった。
オーヴェと熱の籠もった声で名を呼んだリオンが己の膝と両手で崩れ落ちそうになる身体を支えると、ウーヴェが汗ばむ背中に胸を重ねながらくすんだ金髪の中に見え隠れする耳に口を寄せてどうしたと問い返す。
「……ん……、気持ち、イイ……」
自分が得ている快感を素直に口に出したリオンにウーヴェが苦笑し、本当に素直だなと笑うと不満そうな吐息がひとつこぼれ落ちる。
「オーヴェが……素直じゃねぇんだ……ッァ……!」
気持ち良いのだから気持ち良いと言って何が悪い、そんな不満をぶつけようとしている事を察したウーヴェが軽く腰を押しつけると肌と同じ汗ばむ髪が上下に揺れ、ウーヴェの肩に後頭部を擦り付けるように左右にも揺れる。
「なぁ、リーオ」
「……ん……?」
リオンの手に手を重ね、汗ばむ首筋に口を寄せてウーヴェが名を呼ぶと快感に赤く染まる顔が振り返り、何だと視線で先を促してくる。
「……今まで付き合ってきた彼女達やセフレ達にも同じように言ってきたのか?」
過去の女性達にも今のような素直な態度を見せていたのかと、答えを知っている癖に意地の悪い質問をした途端、リオンの手に重ねていた手の薬指に光るリングに軽く歯を立てたのか金属の擦れる音が小さく響く。
「……んなこと……聞かなくても分かって……んだろ……?」
薬指のリングを噛む行為に含まれている意味を正確に把握しているウーヴェが苦笑し、謝罪の意味も込めてリオンの青い石のピアスにキスをする。
「悪かった」
少し意地の悪い事を言ったと反省を耳に囁き、同じ手の同じ指に鈍く光っているリングを撫でたウーヴェは、リオンが己の身体を支えていた手を後ろに向けて伸ばしてきたことに気付き、その手に招き寄せられるように身体を更に密着させると、満足そうな吐息がシーツの上に落ちていく。
「……オーヴェ……っ」
「――どうして欲しい?」
いつもお前が聞いてくれることだが今日は俺が聞こうと笑い、赤く染まる頬にキスをしながら囁きかけたウーヴェにリオンが快感に染まる顔を限界まで振り向けたかと思うと、同じく汗ばんでいるウーヴェの髪の中に手を突っ込み、軽く握りしめて顔の傍へと引き寄せる。
「今、さ……すげー気持ちイイ……か、ら……」
もっともっと気持ちよくしてくれと快感を強請るにしては挑発的な笑みを浮かべて先を強請ったリオンにウーヴェも同じく太い笑みを浮かべ、いつものように顔が見たいとも囁く恋人の願いを叶える為にリオンの汗ばむ背中をシーツに沈めて膝を抱えながら身を寄せる。
「――ッ……ハ……ッ……!」
初めての夜も、それ以降もこうして何度もウーヴェを受け入れるようになったリオンだが、感じるのは強烈な快感だけで挿入される痛みを感じることはほぼ無かった。
だから今も入って来る熱と押し広げられる感覚に自然と息を吐き、ウーヴェの口から小さな吐息が零れたことに気付くと、目の前にある白い肩に手を乗せて同じく汗ばむ身体に身を寄せる。
こうして互いの身体の隅々まで見せ合い、身体の奥深くで繋がるだけではなく背中も抱きしめながら感じるのは、いついかなる時であっても己を気遣う恋人の優しい心で、それを感じ取ったから初めての夜は涙が止まらなかったのだと今ならば思えるリオンは、訝るような気配を感じて見下ろすターコイズ色の宝石に目を細める。
「オーヴェ……っ……」
「……どうした?」
「……本物がひとつあればいい。……だ、から……」
今日の午後エマに話をしたように、本物を手に入れてしまえば山のような偽物も必要がないと笑い、己にとってのウーヴェがそうであるようにウーヴェにとってもそうありたいと願望を告げると、ウーヴェが驚いたように瞬きを繰り返すが、思わずリオンが見惚れてしまうような笑みを浮かべて名を呼ぶ。
「リーオ。俺の太陽」
太陽がこの世に一つしかないように、お前も俺にとっては唯一無二の人であり紛れもない本物だと笑ってリオンの唇にキスをしたウーヴェは、あの夜告げたように自分ですら所有できない俺を持っていてくれと囁かれて驚きに目を見開くが、意味を正確に理解した後に艶然と笑って今度はリオンの目を瞠らせる。
「当たり前だ……お前は俺のものだ」
それと同じに俺もお前のものだと囁きキスをしたウーヴェにリオンが満足そうに頷き、だったらもう何も要らないとも囁くと、ウーヴェの腰に足を絡めて身を寄せ合い、後は言葉を必要としない時間に二人揃って身を投じるのだった。
気怠く汗ばむ身体を己よりも丁寧な手付きで拭かれて寝返りを打ったリオンは、手早く身綺麗にしたウーヴェがコンフォーターを持ち上げて横に入って来たことに気付くと今度は逆に寝返りを打ってウーヴェの腰に腕を乗せる。
さっきまでの嬌態を思い出せば本気で逃げ出したくなるが、そんな気力がまず無いこととウーヴェにならば構わないという思いから実行しなかったリオンだが、それを誉めるようにかウーヴェが額にキスをしてきた為、くすぐったそうに首を竦めて笑みを浮かべる。
「くすぐってぇ、オーヴェ」
「……お休み、リーオ」
今日は休みだったが明日は仕事があるのだ、いつものようにしっかりと働いて街で暮らす人々の安全を守ってくれと、リオンの気力を奮い立たせるような言葉で本心を伝えたウーヴェは、くすぐったいと笑いながらも頷くリオンに笑みを浮かべつつお前は本物だと告げて目を開かせる。
「オーヴェ?」
「さっきも言ったが、お前は俺の太陽なんだ」
ただひとつしかない太陽と同等の存在でありそれ以上の存在でもあると笑い、俺は本物しか必要としないし持たないんだと笑うとリオンが顔中で驚きを表すが、自分とは違う一本筋の通った恋人の言葉を素直に受け入れて頷き、満足そうに顔を寄せる。
「お休み、オーヴェ」
明日の朝はとっておきの朝飯が食いたいとリクエストをし、返事の代わりに背中をひとつ叩かれて言いようのない安心感と睡魔を感じたリオンは、額に濡れた感触も感じ取るとそのまま眠りに落ちていくのだった。