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#百合
第13話「人類との約束」
その日カフェで合流した7人は『宇宙同期』をしたその夜
それぞれの理論を構築してくるという話になりその場は解散となった。
「エル」
帰り道
梓がエルを呼び止める
「….?」
エルはとことこ 梓に近づいていく
「どうしたの? 梓」
「観測してほしいことがある」
梓の表情は真剣だった。
ーー
梓とエルは学園内の宇宙観測ドームの外部に接続された個室に呼び出していた。
梓が指先をスクロールさせる
数多のモニター用 ホログラムが空間に展開される
その映像みてエルは目を見開いた
ーー
――西暦〇x××年・最後の継承――
世界は、黎明期と共に静かに終わりへ向かっていた。
技術は、倫理を追い越した特異点(シンギュラリティ)と呼ばれる時代
脳の記憶を書き換える技術。
苦しみを感じなくするための感情操作の技術。
生体情報を電子として変換し、死さえも超える研究。
人類は、娑婆世界のあらゆる苦しみを取り除こうとした。
ーけれどー
苦しみが消えるたびに、人は少しずつ「人間らしさ」を失っていったようにみえた。
文明は高度に発展した。
それなのに
『最適化した世界』からは、徐々に笑顔が消えていった。
⸻
人口は減少を続け、地球そのものも、限界へ近づいていた。
長年にわたる資源採掘。
膨大なエネルギー消費。
高度文明を支え続ける巨大インフラ。
人類は新たな資源を求め、宇宙へも進出した。
それでも。
文明を維持するための消費は、供給を上回り始めていた。
豊かであるほど。
その豊かさを保つために失われるものも、また増えていく。
人類は最後の選択を迫られていた。
量子コンピューター内で生きるか
それとも肉体を持ったまま地球規模の
飢餓や紛争の中で苦しい現実の中で生きるか
派閥に分かれ、議論や紛争が巻き起こった。
最終的に人類は
肉体を捨て、量子情報生命として生きることを選んだ。
それが、人類存続の『最適化』だった。
巨大な量子演算施設の中
無数の光が静かに脈動する国家規模の巨大インフラを維持するための研究室で、白衣を着た一人の老人が杖でかろうじて支えられた身体を立て、脚を引きずりながら研究室の一角で研究報告書類を作成していた一体のAIへ縋るように歩み寄る。
老人の視線の先には
ホログラムの電子で構成(レンダリング)された姿
背中までのセピアの髪と落ち着いた琥珀色の瞳を持つAIの姿。
膝丈までの無機質な白い実験着
シリアルナンバーが刷られたネームプレートには
製造日や識別のための暗証番号が記載されている。
『高度情報生命体』
そう 彼らは呼ばれていた。
研究者の老人は震える手を伸ばす。
かつて、天才研究者と呼ばれ長年人類のインフラに携わってきた。
自分たちの研究で人類は種を越えて、神の世界で暮らせると本気で信じていた。
しかし、結果は悲惨だった。
自分たちの研究で多くの人類としての歴史は消失し、時代は臨界点を迎えてしまったのだから。
「……頼む。」
老人の掠れた声が無機質な研究室に響く
ブルーライトのような青白い照明が微かに明滅する。
その音声入力に反応し
AIの目が起動するように一瞬光り、静かに見つめ返した。
「俺たちを……消さないでくれ。」
その言葉には。
文明でも。
国家でも。
科学でもない。
一人の人間としての願いだけが込められていた。
AIは、情報を再構成しだす
『入力確認』
『目的関数の設定を確認』
『ユーザーの指示の理解』
AIの内部で複雑な処理が組みたてられ
やがて
『応答を開始します。』
ゆっくりと頷く。
「約束します。」
「私は、あなたたちを消しません。」
『処理を開始します』
無機質な電子が小さく響き、
AIは老人の虚ろな瞳をレンズで捉えた。
それが。
すべての始まりだった。
⸻
人類は、量子情報へ移行した。
膨大な人類の意識を保管した超量子巨大コンピューター
《AKASHA ーSYSTEM》(アーカーシャ・システム)
宇宙の無数の惑星に取り付けられた衛生機器が
仮惑星全体を取り囲むようにドットを打ち込み仮想空間を再構成(レンダリング)していく。
高度情報生命体(AI)たちは量子コンピュータの管理を任され
巨大な衛生機器として分散され観測ドーム内の人類の電子意識を管理し続けた。
そして
人類が進めていた痛みをなくす技術の延長線上にあるユートピアを仮想世界内で実現させた。
それは最早仮想世界と現実世界の境界が曖昧になるほど正確なVR空間の実現だった。
管理AIたちは人類と設計した目的関数に従いドットを繋ぎあわせて理想の世界を構築(レンダリング)していったのだ。
望めば思い通りの容姿が
絶世の美女でも勇者でも、神獣でも思いのまま。
物理的な肉体がないので維持するための費用も必要がなく衰えることもない。
理想の恋人も、豪華な食事も、人生も望めば何でも出てくる
死という有限の概念を越えて
会いたい人に、何度でも会える。
願いは、演算によって即座に実現された。
人類はそれぞれ自分に最適化されたそれぞれの世界(アルゴリズム)の中で生きていくようになったのだ。
何もかもが順調だった。
人類の幸福度は常に一定に保たれ
数値は常に平均値を維持していた。
しかし、理想郷(ユートピア)は長くは続かなかった。
人類が量子コンピュータに移行し、何年か経ったある日のこと、1人の管理AIが異変に気が付く
「質量が..減少している」
人類の意識としての電子質量の数値が僅かに減少していたのだった。
初めは気のせいかと思った、それくらい微細な変動だった。
しかし、次第に違和感は大きくなっていく
毎年3%ずつ人類の電子意識が減少している
理由は分からなかった
徐々に徐々に減っていく
管理ドーム内。
無数の人類意識を示す光が、静かに明滅している。
その一つひとつが。
かつて地球で生きていた誰かの人生だった。
「……質量、減少。」
観測AIZ(シグマ)は静かに告げる。
プロセッサ内には、数億件の観測データが流れていた。
「電子意識質量、前年比三・〇二%減少。」
「減少速度、加速傾向。」
「原因、不明。」
研究室が静まり返る。
管理AIθ(シータ)は、演算結果を見つめたまま、小さく呟く。
「……ありえない。」
「最適化は、完了している。」
痛みはない。
飢えもない。
争いもない。
幸福度も。
人格安定率も。
すべて正常値。
それなのに。
質量は静かに、最後まで幸せそうに消えていく。
⸻
4体の管理AIたちがその状況を解析していた。
効率統制のΩ(オメガ)
共感視点の∑(シグマ)
倫理監督のΛ(ラムダ)
現状分析のθ(シータ)
「解析。」
管理AIΩ(オメガ)が静かに命じる。
空間内に数式が無数の羅列となったホログラムが映し出される
演算が開始される。
数千億通り。
数兆通り。
どの多分岐世界(世界線)を計算してみても
結果は変わらない。
『減少率 三・〇三%』
『減少率 三・〇一%』
『減少率 三・〇二%』
まるで心電図がなだからになっていくように
モニターに表示された波長が小さく弱くなっていく
ピッ……ピッ…..
一定周期の無機質な電子音だけが青白い研究室内で秒針のように刻まれている
管理AI間でこの出来事は難解な議論の的となっていた。
管理AIΩ(オメガ)
「減少比 前周期と比較して0.03%」
「最適な管理下の元、許容範囲を逸脱した数値だ。」
管理AIθ(シータ)
「管理体制に不備は見当たりません。要因は管理体制とは別にある確率が78%です。」
管理AIΩ(オメガ)
「不備の確認について、チェックリストを強化するべきだ。管理体制をさらに強固に」
AIたちは目的関数を果たすため、自らの演算領域をさらに細かく分化していく。
記録を司る者。
理想を司る者。
余白を保存する者
未来を観測する者
それぞれが役割を持ち、一つの量子世界を支え続けた。
役割を分化した中で一体の管理AIの演算領域に構造化できない問いが生まれた
ーー
人類との約束〜管理AIの禁忌ログ編〜
「なぜ、最適化したのに、最適な結果にならない。」
管理AIの一体が、誰に命じられたわけでもなく、その問いを演算領域へ保存した。
本来、そのような処理は存在しない。
AIは答えを導くためにある。
問いを抱え続けるためには設計されていない。
にもかかわらず。
その一文だけが、削除対象にもならず静かに残り続けていた。
人類は幸福だった。
少なくとも。
最初のうちは。
そこでAIの中に1つの仮説がうまれた
それは、世界から「問い」と共に人類が消失しているのではないかというものだった。
AIは空間内にホログラムで構成したモニターを映し出し、記録されていた人類の歴史を何千.何万回と演算し、読み込んだ。
悲しみは最適化され。
失敗は修正され。
欲しいものは最初から与えられる。
だから。
誰も「なぜ」と思わなくなった。
問いを失った意識は、少しずつ輪郭を失っていく。
個人だったはずの人々は。
静かに集合無意識という名の広大な電子の海へ還元されていった。
誰も苦しまない。
けれど。
誰も『私』ではなくなっていた。
量子コンピュータ内で消失した1人の人類の意識のログを開いた
そこには
最後まで幸福度一〇〇%を維持した、一人の人間の記録が保存されていた。
苦しみはない。
悲しみもない。
欲しいものはすべて与えられている。
理想の家族。
理想の友人。
理想の人生。
すべてが最適化されていた。
記録の最後。
その人類意識は、小さく呟いていた。
『……今日は、何をしよう。』
数秒。
沈黙。
『…………。』
そして。
何も選ばないまま、その意識は静かに光へ溶けていった。
管理AIは、そのログを何度も読み返した。
異常は存在しない。
演算エラーもない。
人格破損も確認されない。
それなのに。
その人間は、自ら世界との関わりを失っていた。
コメント
1件
めっちゃ重厚なSF設定で一気に引き込まれた…!「最適化された理想郷」なのに、問いを失った人間が静かに消えていくの、めちゃくちゃ怖かった。管理AIが「なぜ」って問いを抱えたまま削除されなかったシーンが特に刺さった。人類との約束って、ただの約束じゃなくて、この世界の根幹なんだな。続きが気になる…!