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「…ただいま。」
誰もいないことを信じて、恐る恐る扉を開ける。部屋には、私の声が響くばかり。
あの幽霊の気配はない。
ようやく帰ったか、あの変態幽霊。
もう二度と、私の前に現れないでね。
安堵の息を吐き、玄関に鞄を掛けようとしたその時。
「成仏したと思ったか?残念、俺はここだよ」
突然背後から聞こえた声に、心臓が跳ね上がる。慌てて振り返ると、昼に見かけたあの黒いモヤが、ふよふよと漂っている。
「げ」
「げ?」
「お願いだから帰ってよ、私の家だから。」
「そんな冷たいこと言うなよーこの俺が暮らしてやるって言ってんだ。感謝しろよ」
「こっちから願い下げだから。」
私がそういうと、「心外だ」とでも言いたげに体を揺らすカルヴァリー。
というか、「暮らしてやる」って何?どうしてこうも上からなんだ、この幽霊は。
「俺さぁ、地縛霊な訳。」
「はぁ…」
いや、知らないから。
顔をしかめる私を無視して、カルヴァリーは続ける。
「それでさ、詩人やってたんだ。」
「詩人…。」
「でも、詩が売れなくて、生活も出来なくなった。」
「それで、死んだってこと?」
「そ。」
餓死したのか、それで念が強いわけだ。成仏していないのも納得。
カルヴァリーは、くくっと笑ってこういった。
「…餓死したと思ったろ? 自殺なんだ。」
「は…?」
「床見てみろよ、大きいシミがあるだろ」
「うん…。」
「あれ、俺の死体の跡な。」
飛び跳ねるようにして、1歩後ずさる。
何がしたいの?こんな話をして…。私の同情を買って、ここに居座ろうっていうの?
彼に文句をぶつけようとした、その時。
「まぁ、嘘なんだけどな。」
彼はそう白状した。
今まで考えていた考察も、少し彼の見方が変わった感覚も、全て吹き飛んだ。
「ふざけんな、出てけよ。」
「うわ、怒った。汚い顔がもっと酷くなるぞ」
怒りのあまり、言葉も出ない。
「ま、そんなわけでよろしくな。トウカ。」
どういう訳だよ。しかも私、あなたと暮らすなんて1回も言ってないから。
私が力いっぱい投げた本が、彼をすり抜けて壁にぶつかる。
鈍い音を立てた本が、寂しげに床にころがっている。
これが私と地縛霊、カルヴァリーとの出会いだった。