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「優ちゃん……」
「すみません。今日は……もう帰ります。ごちそうさまでした」
わたしは席を立って、出口に向かった。
すると彼もすばやく席を立った。
後ろからわたしの腕をつかんで引き寄せ、そのまま強い力で抱きしめてきた。
その瞬間、玲伊さんのコロンの香りに包まれた。
その香り、彼の体温、何もかもに惑わされ、そして耐えられないほどつらくなる。
身をよじって、わたしは言った。
「言いましたよね。ハグは嫌だって」
玲伊さんは何も言わない。
わたしを抱きしめたまま、離してくれない。
「離して……」
さらに体をよじって無理やり離れると、彼はわたしの肩をつかんで引き寄せた。
「玲伊さん、離してってば」
「そんな顔、するなって」
そう呟いた次の瞬間、玲伊さんはわたしの後頭部に手を添えて、覆いかぶさるように口づけた。
……なんで、そんなことするの。
「やめて!」
渾身の力をふりしぼって、彼の胸を両手で押した。
「やめてください! 誰かと間違えてキスするほど、酔っているんですか!」
「違うよ。優ちゃんがあんまり悲しそうな顔をするから……」
その言葉が刃のようにわたしの心を貫いた。
「同情でキスなんかしないで!」
「違う……優ちゃん、聞いてくれ」
「何を聞くんですか? だって……だって玲伊さん、彼女がいるのに!」
「彼女? 彼女なんていない」
「嘘! だって、わたし見たんですから。日曜日、外苑前で笹岡さんと玲伊さんがデートしているところ」
「デート? いや、それはね……」
そのとき、玲伊さんのスマホに着信があった。
彼は舌打ちしてポケットから出し、画面を見た。
無視できない電話だったようだ。
「はい、香坂です……えっ? どういうこと?」
緊急な要件らしい慌てた声で応答している。
話はすぐ終わりそうになかった。
その隙に、わたしは屋上を出て、置いてあった荷物を手に取ると、玲伊さんの部屋を飛び出した。
頭ががんがんする。
スパークリングワインのせいもあったけれど、それだけじゃない。
玲伊さん、なんでキスなんかしたんだろう。
彼には、笹岡さんがいるのに。
わたしより数百倍も聡明で美しい、あの人が。
また涙が出てきた。