テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1,461
3
「ララさん、お願いします」とボーイの戸田さん。
「はい!」
「ララさん、いってらっしゃ~い」
「うん、今日もみんな、頑張ろ」
「エイエイオ~!」
ハイタッチし合う嬢たち。
またすぐに戸田さんが顔をのぞかせた。
「遥さん、ご新規さんがご指名です、よろしく!」
「はい」
『夢と黒猫』は雑誌の取材も来たことがある人気店だ。女の子たちがボーッと待機している時間はあんまりない。
「フ~……疲れた~」
ロッカールームで私服に着替えつつララ。
「お疲れ様です!」
お昼の部最後のお客様をお見送りした安湖ちゃんがロッカールームに入って来た。
「お疲れ~」
そして十木恵ちゃんと遥ちゃんはいつも二人そろって帰るのが一番早い。たまに社長出勤する二人が…… 。二人はプライベートでも友達付き合いをしていて、よくごはんを食べに行く。
ララは水商売20年だが、そういったことが一度もない。あくまで仕事仲間。プライベートまで仕事の延長、という空気を感じちゃいそうで、そういうのが好きじゃない。
それに……恋人のなおちゃんに早く逢いたい。
きのう電話で珍しく、なおちゃんのほうから『明日は仕事が終わったら、麗三(プライベートではもちろん『ララ』の仮面を脱ぎ『麗三』だ)のお家へ行くよ!』と言ってくれたのだ。
『なおちゃん』こと『元山直季』50才はチェーン店のカフェ『菫の歌』で店長をしている。
ちなみに彼は25回も結婚していない。彼は1度の離婚経験者で、19才の娘である早季ちゃんと二人暮らしだ。
麗三となおちゃんの交際は、なおちゃんの家族や友人には秘密にしている。もう19才だが、娘ちゃんの気持ちを考えなおちゃんは、内緒にしておきたいと言う。
なおちゃんの言っていることが痛いほどわかる麗三。
麗三の両親は、麗三が幼いころ別れている。
のちに、母親が(今後、自分の身に何かあったらいけない)と考え、麗三が中学1年生の時に父親に再会させてくれた。
数日間父子で仲睦まじく過ごしていた。ある日父親が「パパの友達が経営しているレストランへ連れて行ってやるよ!」と言った。
「ハンバーグが旨いんだぞ~」と言って。
するとお世辞にも美人とは呼べない中年女性がママさんだった。ハンバーグはとっても美味だった。そして帰りの車の中でパパが言った。
「パパね、あのおばさんと付き合ってんの!」
「え!」
衝撃だった……。そして翌日、麗三は涙が出そうになるぐらいヤキモチを焼いた。
だって……「植物園へ遊びに行こう!」となった時、なんと、そのおばさんがついて来たのだ。
(うっわ、最悪。久々の父と子の再会でこれですか)と中1の麗三は呆れたし不快だったのだ……。仲良しの娘が父を想う心持ち、独り占めしたいような気持ちを、麗三はよく知っているのだ。
麗三へと変身のララはいつもよりさっさと着替え胸躍らせている。
*
なおちゃんとは、推しのインディーズバンドが同じで、初めはネットサークルの友人という間柄だった。
そのうち、ロックバンド『イワシの煮込みうどん』のLIVEをサークルメンバーで観戦することとなり、リアルでなおちゃんに出逢ったのだ。
出逢った途端……二人は恋に堕ちた。
初めての『イワシの煮込みうどん』ステージのあと、みんなで居酒屋へ呑みに行った。麗三は呑めないけど、そういった場は好きだ。
オレンジジュースを頼んだ。座敷席になおちゃんと麗三を含め6人の仲間がいた。
麗三はパッとみて、なおちゃんを好きになってしまい、モジモジしていた。
なおちゃんもなんだか恥ずかしそうにずっとこちらを見ていた。
「座ろ」と見つめ合っていたなおちゃんが隣に座った。
(なおちゃんもあたしを気に入ったんだ)と麗三はすぐにわかった。
「オレはさ、ドラムの狂矢さんがやっぱ好きなんだよな! 麗美ちゃんは?」
「あ……」
相変わらずテーブルについてもモジモジしている麗三に、なおちゃんが優しく話しかけてきてくれた。
「あ、あたしは! ボーカルの歌喜さんのデス声がクールだと思うよっ」
「そうなんだー! あ、麗三ちゃん、お酒じゃないんだ」
「うん。あたしずっと前にアルコール辞めたのよ、タバコもね!」
「そっか。オレ、タバコ吸うよ。席変わんなくて大丈夫かな?」
(いや! 絶対、お隣がいい! そばにいてっ)
「ううん、大丈夫だよ」ニコッ。
麗三が微笑むと心なしか、なおちゃんの頬が紅くなったように見えた。
そのあとも、二人の話は盛り上がる。
「オレね『はなむけの鼻剥け』聴いて、『イワシの煮込みうどん』の大ファンになっちゃったの!」
「キャハハハ! ほんとふざけてるのよね 題名とか歌詞がさ。でも演奏はバリバリ上手いし、超重いハードコアでカッコいいバンドだよね」
「うん、うん」
するとサークルの多田さんという男性がチャチャを入れてきた。
「オ? 仲良いね~。二人デキてんじゃないの? アハハハ」
みんな嬉しそうに笑う。麗三は真っ赤になってしまった。
「あれ~、麗三ちゃん、オレンジジュースでお顔紅くなる?」だなんて同じくサークルの真里子さん。
(キャー、恥ずかしい……)
心臓バクバク。
チラッ。隣のなおちゃんを見ると、気にせずモグモグ枝豆を食べてる。
(な~んだ片想いかな……)
でもでも、なにやら運命を感じてならない麗三。
居酒屋の箸袋に自分の携帯番号をこっそりメモし、大胆にもなおちゃんの……ズボンのポッケに滑り込ませた。
「プッ!」
その瞬間びっくりしたなおちゃんは、口から1粒枝豆を吹いた。
(なにっ?)て感じでこっちを見たからウインクした。
なおちゃんは(これは極秘だよのサインだな)と飲みこんだらしく、いきなり太ももにチャーミングな女性の手が伸びてきた件について、みんなになにか言うような野暮はしなかった。
その翌日の夜、なおちゃんが麗三に電話を掛けた。
『麗三ちゃ~ん、すんごくオレ、驚いちゃったんですけど』と冗談ぽく電話口から聴こえてくる。
「ンフフ……お電話ありがとう」
『ン。なんか、照れるね……』
「うん……あたし、あたし、ね、もしなおちゃんさえよかったら、二人きりでお食事したいな……って、思ったんです」
『え!?』
なおちゃん、なんだか嬉しそう。
ロングヘアーの先を指に巻きつけ、ちょっぴり沈黙を楽しんでみる麗三。ドキドキ……ドキドキ……。
『も、もちろんいいよ! あ、オレ、素敵なレストラン知ってるの。ごちそう……させてくれるかい?』
「え、あたしから誘っているのに、いいの? なおちゃん」
『もちろん。レディに誘われた事の喜びをお返しさせて、ネ!』
「ありがとー」
そうして二人は初めてデートしたのだった。
麗三は、あの時のなおちゃんとの事を今でもよく憶えている。
二人は麗三の自宅の最寄り駅で待ち合わせた。なおちゃんが車で迎えにきてくれていた。
朝の10時。その日は土曜日だった。
なおちゃんの休みは(土)(日)(祝)だと言う。
麗三は祝日はお仕事だが(土)(日)はナオちゃんと一緒で、お店から毎週休みをもらっている。その働き方は、息子である葉也途のためにこれまでそうしてきた癖が抜けないから、そんな感じだ。
無論『夢と黒猫』にしてみれば、看板娘である『ララ』を(土)(日)なんて休ませたくないのだが、そこはナンバーワンの強みで我儘を聴いてもらっている。